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ビリンデッリの血〜東西大陸百年戦記〜  作者: エリカサファイア
episode4(ambush)

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episode4(ambush)Chapter1

サンシーロを発ってから、およそ六時間。

街道をひた走るネラッズーロ第五十五番隊の馬車は、深い夜の森を抜けていた。


車輪が石畳を軋ませる音だけが、静かな夜に響く。

馬車の中では、重苦しい沈黙が続いていた。


アウローラは丸く身体を縮め、壁にもたれ掛かって眠っている。

頬には乾いた涙の跡が残っていた。


犬獣人の戦士も。

マラカナン人の女弓使いも。

大柄なマクシミール人の戦士も。

皆、少しでも体力を温存しようと深い眠りについていた。

二日後に待つ地獄へ備えるために。


そんな中。

起きているのは二人だけだった。


アルヴァロ・ファヴァッリ隊長とケイスケ。


ファヴァッリは窓の外へ視線を向け、小さく呟く。

「……そろそろパルクだな。」

鼻で笑う。

「ビアンコ・ネーロ共の休憩所だ。」


ケイスケも窓の外を眺めながら肩を竦めた。

「ケッ。」

鼻を鳴らす。

「戦前に高級パルク料理のコースで一杯引っ掛けて、そのままパルクジェンヌを現地妻にして一晩ってか。」

ため息交じりに吐き捨てる。

「ご機嫌な連中だ。」


ファヴァッリも苦笑した。

「まぁ、あいつらは明日も生きる前提で送り出される部隊だからな。」

「俺たちは今日死ぬ前提だ。」

「違いってやつさ。」


やがて前方に灯りが見え始めた。

森の向こう。

暖かな橙色の光が夜空を照らしている。


ファヴァッリはその光景を見て呆れたように肩を竦めた。

「やれやれ。」

「ビアンコ・ネーロの二番隊と二十四番隊か。」

「休憩所であんなに灯りを点けて……ノー天気な連中だ。」


その瞬間だった。


ケイスケの表情が凍り付く。

目が大きく見開かれる。


「……いや。」


低く呟く。

さらに身を乗り出した。


「違う……。」


次の瞬間。怒鳴った。


「隊長!!」

「今すぐ全員起こせ!!」

「ありゃ火だ!!」


ファヴァッリも目を凝らす。

そして顔色が変わった。


夜空へ立ち上る黒煙。

赤く揺らめく炎。


「まさか……!」

「待ち伏せ!!」


その瞬間だった。


ヒュンッ!!

ヒュンッ!!

ヒュンッ!!


闇を裂く無数の矢。


御者の胸。

喉。

額。

三本の矢が同時に突き刺さる。


「がっ……!」


血を噴きながら御者はその場で絶命した。


手綱が離れる。

暴走する軍馬。


「しまっ…!」


馬車は制御を失い、大きく横転した。


ドゴォォォォォン!!


木材が砕け散る。

荷物が宙を舞う。

隊員たちの身体が次々と外へ投げ出された。

地面を何度も転がる。


「ぐぁっ!」

「うああっ!」

「くっ……!」


砂煙が辺りを包み込む。



--



ケイスケは木片を押し退けながら立ち上がった。

額から血が流れている。

それでも大声を張り上げる。

「ちくしょう……!」

「生きてるか!? 全員!!」


返事が返ってくる。

「……うぅ。」


犬獣人の男が肩を押さえながら起き上がる。

「腕は折れてねぇ……。」


マラカナン人の女弓使いも頭を押さえた。

「平気……弓も無事。」


ファヴァッリも咳き込みながら立ち上がる。

「これくらいなら戦える。」


アウローラも瓦礫を押し退けながら起き上がった。

「いってぇ……。」

頭を振る。

「なんとか生きてる。」


その瞬間。


ヒュッ。


夜風を裂く一本の矢。

誰も反応できなかった。


ドスッ。


「……え?」


大柄なマクシミール人の男が、自分の胸を見下ろす。


矢。


心臓を正確に貫いていた。

口から血が溢れる。


「母……ちゃん……。」


膝を折る。

そのまま前のめりに倒れた。


ドサッ。


動かない。


「っ!!」


場の空気が凍り付く。

誰もが武器を抜く。

静まり返る森。


その奥から。

ゆっくりと拍手が聞こえた。


パン

パン

パン


甘く。

そしてどこか愉悦を含んだ男の声が、炎に照らされた闇の中から響く。


「なんだ。」

「ビアンコ・ネーロは二部隊で終わりか?」


短く笑う。

その声は穏やかでありながら、底知れない冷たさを帯びていた。

「……舐められたものだ。」


「テメェら逃げろ!!」

アルヴァロ・ファヴァッリが咄嗟に剣を抜き放つ。

その声には、これまで見せたことのない切迫感が滲んでいた。

「コイツぁヤベェ!!」

目を見開き、迫る男を睨みつける。


「ロス・ブランコス第七番隊隊長。ジョルディ・バケーロだ!!」


その名を聞いた瞬間。

生き残った隊員たちの顔から血の気が引いた。


西大陸でも最悪の激戦区を支配する天才剣士。

その名は敵味方を問わず恐怖の象徴だった。


ジョルディは静かに剣を構える。

その美しい顔には、感情らしい感情は浮かんでいない。


「逃すと思うな」


ただ、それだけ呟いた。

次の瞬間。


シュン。


風が鳴った。

いや。

風よりも速かった。


ファヴァッリの視界からジョルディの姿が消える。

「な…」

言葉が最後まで続かなかった。


一閃。


白銀の軌跡が夜闇を裂く。

ファヴァッリの身体がゆっくりと2つに別れ、大量の血液と共にそのまま崩れ落ちた。

勝負にすらなっていなかった。


「……隊長?」

誰かが震える声で呼ぶ。

返事はない。

アルヴァロ・ファヴァッリは、その場で静かに息絶えていた。


「いや……」

マラカナン人の女弓使いの膝から力が抜ける。

隊長が。あまりにも一方的に倒された。

恐怖で身体が言うことを聞かない。

弓を握る指が震える。

逃げなければ。

そう頭では理解しているのに、一歩も動けなかった。

「お願い……」

か細い声が漏れる。


その瞬間。

闇の中から無数の矢が放たれた。


ヒュンッ!


一本。

二本。

三本。

次々と矢が降り注ぐ。

彼女もまた悲鳴を上げる間もなく倒れ、そのまま動かなくなった。


ケイスケが血走った目で剣を抜く。

「逃げろ、にゃんこ!!」

叫びは怒鳴り声というより懇願だった。


しかし。

アウローラは周囲を見回し、震える声で叫び返す。

「どこに逃げるんだよ!!」


視界に映るのは炎。

横転した馬車。

そして街道一面に横たわるビアンコ・ネーロの兵たち。


「周り一面ビアンコ・ネーロの死体だらけじゃねえか!!」


逃げ道など、どこにもなかった。


アウローラの猫耳がぴんと立つ。

全身の毛が逆立ち、瞳孔が細く収縮する。


「フゥゥゥ……」


喉の奥から低い唸り声。

そして。


「うにゃああああああ!!」


爆発的な脚力で地面を蹴る。

猫獣人特有の跳躍力。

夜空を裂くようにジョルディへ飛びかかった。

その速度は常人の目では追えない。


だが。

ジョルディはわずかに口元を緩めた。

「ほう……」

迫るアウローラを静かに見据える。

「スピードも猫そのものだな」

感心したように呟く。


そして。

剣先が僅かに動いた。


一瞬だった。

アウローラの身体が空中で止まる。


「……え?」


遅れて鋭い痛みが脇腹を貫いた。


ジョルディの剣は、飛び込んできた勢いを利用するように、寸分違わずアウローラの脇腹を捉えていた。


「がっ……!」


口から血がこぼれる。

力が抜け、アウローラの身体は地面へと崩れ落ちた。


視界が霞む。

耳鳴りがする。

遠くでケイスケが何か叫んでいる。


でも。

もう聞き取れない。

頭に浮かぶのは、たった一人の少年。


浜辺で笑っていた顔。

不器用な励まし。

そして最後に交わした約束。


(ごめん……)

涙が頬を伝う。

(クリスティアン)

意識がゆっくりと闇へ沈んでいく。

(約束……守れねえ)


その呟きは、戦場の喧騒に静かに飲み込まれた。

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