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ビリンデッリの血〜東西大陸百年戦記〜  作者: エリカサファイア
episode3(vacation)

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episode3(vacation)Chapter21

セリーナはそっと微笑み、クリスティアンの手を取った。

「さぁ……行きましょう」

彼女に導かれるまま、クリスティアンは静かな夜道を歩く。

やがて辿り着いたのは、街の一角に佇む小さな家だった。


扉が開く。

中へ一歩足を踏み入れたクリスティアンは思わず息を呑む。


柔らかな間接照明。

磨き上げられた家具。

繊細な装飾品。

壁に飾られた絵画や花瓶まで、一つ一つが上質な空間を作り上げていた。


「……すごい」


思わず漏れた言葉に、セリーナは少しだけ寂しそうに笑う。

「全部、いただき物よ。」

部屋を見渡しながら静かに続けた。

「何一つ、私が本当に欲しくて手に入れたものじゃないの。」

その横顔には、ラウンジで見せていた華やかな笑顔はなかった。

「どれだけ”騎士たちの女神”なんて言われても……所詮は夜の女。」

自嘲するように肩を竦める。

「……軽蔑した?」


クリスティアンは慌てて首を横に振った。

「いえ……軽蔑なんて。」

部屋をもう一度見回す。

「ただ……驚きました。」


飾らないその言葉に、セリーナは目を細める。

「ふふっ……そういうところ、本当にパオロ様に似てる。」

優しく抱き寄せ、そのままソファへ並んで腰掛ける。


静かな夜。

窓の外から街の灯りが差し込む。


セリーナは両手でクリスティアンの頬を包み込んだ。

「ねぇ。」

囁くような声。

「この家には、私の欲しいものは何もないの。」

視線が真っ直ぐ重なる。

「だからね…一つだけ置きたい欲しいものがあるの。」


クリスティアンは思わず息を呑む。


セリーナは穏やかに微笑んだ。

「私は見たいわ。あなたが、自分の信じる騎士になっていく姿。」

その言葉とともに、彼女は額へそっと口づけを落とした。

「ビアンコ・ネーロに相応しい騎士になれるように……あなた自身の道を歩けるように。私に手伝わせて」

「そしたら私の夢は叶って、欲しいものも手に入るわ」


その夜は静かに更けていく。

互いの胸に様々な想いを抱えながら、二人は寝室へと沈んでいく



--



深夜。


クリスティアンは波打ったシーツに包まれながら呆然とする。

セリーナとの情事を思い返しながら、胸の奥に複雑な感情が渦巻く。


安堵。

戸惑い。

そして…。


昨日浜辺で涙を流していたアウローラの笑顔が、不意に脳裏へ浮かんだ。


「……。」


思わず目を閉じる。

胸が締め付けられるように痛い。


乱れたシルクのガウンを直しながら、セリーナはそんな様子を見つめ、優しく問いかけた。

「どうしたの?」


クリスティアンは小さく首を振る。

「いえ……なんでもありません。」

少しだけ目元を潤ませながら、それでも笑顔を作る。

「ちょっと……涙が。大丈夫です。ありがとうございました。」


その笑顔の奥にある迷いや罪悪感を、セリーナは何も問いたださなかった。

ただ静かに微笑み、彼の肩にそっと手を添えた。



--



翌朝

部屋は静まり返っていた。

窓の外からは、遠く港を渡る潮風の音だけが微かに聞こえる。


寝室には淡い灯りだけが残り、波打ったシーツが静かに揺れていた。

クリスティアンは天井を見つめたまま、何も言えずにいた。


胸の奥が、締め付けられるように苦しい。

隣ではセリーナが穏やかな寝息を立てている。

その優しい横顔を見ても、心は少しも晴れなかった。


「……」


ゆっくりと目を閉じる。

その瞬間だった。


脳裏に浮かんだのは、ほんの数日前の浜辺。

泣き笑いしながら自分に抱きついてきた少女。


『身体はあの女に譲ってやる……でもキスはアタシが最初だ』


照れ隠しの悪態。

真っ赤になって怒った顔。


「バーカ」と泣きながら笑った最後の表情。


そして…


『絶対に死ぬな。帰ってこい』


自分が抱き締めた、あの震える身体。


「……っ」

クリスティアンの瞳から、一筋の涙が零れた。

止めようとしても止まらない。


「アウローラ……」


小さく名前を呼ぶ。


届くはずもない。

今頃、彼女はゼネラリへ向かう馬車の中だ。

命を懸けた戦場へ。

自分は安全な首都で眠ろうとしている。

その現実が胸を締め付けた。


「俺は……」


震える声が漏れる。


「もう……綺麗な身体のまま、お前を抱き締めてやれないんだな……」


アウローラは冗談めかして言っていた。

「綺麗なままの身体のクソガキに甘えたかったな」


その時は照れ笑いしか返せなかった。

けれど今になって、その言葉の重みが胸に刺さる。


もし。


もし彼女が帰って来られなかったら。

もう二度と笑い合えなかったら。


「俺は……」


涙が次々と零れる。

後悔なのか。

罪悪感なのか。

それとも、自分でも気付いていなかった想いなのか。


何一つ整理できない。

ただ胸が苦しかった。


その様子に気付いたセリーナが、ゆっくりと身を起こす。

「クリスティアンくん……?」

優しく髪を撫でる。

「眠れないの?」


クリスティアンは慌てて涙を拭う。

「……すみません。」


笑おうとする。

だが、うまく笑えない。


「どうしても……考えてしまうんです。」


セリーナは何も責めなかった。

ただ静かに、その言葉を受け止める。

そして、小さく微笑む。


「そう。」


それだけだった。

責めるでもなく。

引き止めるでもなく。

ただ優しく頷く。


「それだけ大切な人がいるということね。」


クリスティアンは黙って頷いた。

涙はまだ止まらない。


戦場へ向かった猫耳の少女の笑顔だけが、何度も何度も心に浮かび続けていた。


クリスティアンが自らに言い聞かせるように呟く。

「すいません…セリーナさんと一緒にいるのに……あいつの事でこんな…こんな事じゃダメだ俺」


セリーナはそっとクリスティアンの頬に手を添えた。

「そうね……そんなことじゃダメだわ」


背後から優しく抱き寄せる。

震える肩を包み込むように、温もりだけを伝える。


「ねぇ、クリスティアンくん」

耳元で穏やかに囁いた。

「私とアウローラちゃん、どちらかを選ぶなんて……そんなつまらないことはしないでね」


「えっ……?」


クリスティアンは振り返る。


セリーナは微笑んだまま首を横に振った。

「強くなりたいなら、視野を狭くしちゃ駄目。」

その瞳は、ラウンジで見せていた妖艶さとは違っていた。

どこか人生の先輩として諭すような、優しい光だった。

「人を大切にすることと、一人だけを見て他を切り捨てることは違うの。」


クリスティアンは黙ってその言葉を聞く。


「強くなりたいなら選んじゃダメ。両方ものにしなさい」

少々語気を強めて囁く。

「私もアウローラちゃんもあなたの意のままに扱って。一流の騎士なら誰もが通る道よ」

そう言いながらクリスティアンの身体を摩る。

「私は「やり方」は全部教えたわ。さぁ私を「扱って」みせて」

そして再び囁く


意を決したクリスティアンが今度は自らが主導となり、セリーナとベッドに沈んでいった。


クリスティアンは静かに目を閉じた。


アウローラの涙も、ケイスケの言葉も、マウロの期待も、セリーナの優しさも。


そのすべてを胸に刻みながら、彼は新たな一歩を踏み出す覚悟を少しずつ固めていった。






episode3(vacation) fin

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