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ビリンデッリの血〜東西大陸百年戦記〜  作者: エリカサファイア
episode3(vacation)

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episode3(vacation)Chapter19

すっかり暗くなったサンシーロ。

昼間の喧騒が少しだけ落ち着き、石畳は橙色の街灯に照らされ始めていた。


「まずは歩きましょうか。」

セリーナは微笑む。


「え?」


「デートって、目的地へ急ぐものじゃないの。」

彼女はくすりと笑った。

「好きな人と歩く時間そのものがデートなのよ。」


クリスティアンは思わず固まる。

(好きな人……。)

その言葉だけで心臓が暴れ始める。


「ほら。歩くのはあなたがエスコートして。」

「えぇっ!?」

「男の子でしょう?」


困ったように笑われる。

クリスティアンはぎこちなく歩き出した。

セリーナは嬉しそうにその腕へそっと手を添える。


「うん。」

満足そうに頷いた。

「合格。」

「な、何がですか?」

「ちゃんと女の子を歩道の内側に歩かせてくれた。」


クリスティアンは慌てて周囲を見る。

本当に無意識だった。

「父様が……女性は守れって。」


「そう。」

セリーナは少しだけ寂しそうに笑った。

「あなたは本当にパオロ様に似てる。」


その言葉に。

クリスティアンは首を横へ振る。

「違います。」

珍しく即答だった。


セリーナが目を丸くする。


「俺は父様みたいになりたい。」


夜風が二人の間を通り抜ける。


「でも。」

クリスティアンは前を向いたまま言う。

「父様じゃありません。俺は俺です。」

その横顔は、昨晩の少年ではなかった。

真っ直ぐ未来を見る、一人の青年だった。


セリーナは思わず立ち止まる。

(……違う。もう重ねちゃ駄目。)

胸の奥が少しだけ痛む。


最初はパオロの息子だから気になった。

懐かしかった。

でも今。

自分の心を動かしているのは。

この少年自身だった。


「どうしました?」

クリスティアンが不思議そうに振り返る。


セリーナは小さく笑う。

「ううん。」

そっとクリスティアンの袖を掴む。

「少しだけ。こうしててもいい?」


「もちろんです。」

迷いのない返事だった。


「……ありがとう。」

その一言だけで。

セリーナの胸は少し熱くなった。


(本当にずるい子。)

(そんな真っ直ぐな顔で言われたら。)

(本当に好きになっちゃうじゃない。)


二人はゆっくりと夜のサンシーロを歩き始めた。


誰も急がない。

誰も言葉を急がない。


ただ隣を歩く時間だけが、何よりも幸せだった。


夜風が吹き抜けるたび、クリスティアンの制服のネクタイが少しだけ傾く。

それを見たセリーナが、ふっと笑った。


「もう。」

「え?」

「動かないで。」


クリスティアンが首を傾げる。

セリーナは一歩近づくと、そのまま胸元へそっと手を伸ばした。


「わっ……」

思わず肩を震わせる。


「そんなに驚かなくても取って食べたりしないわ。」

くすり、と悪戯っぽく笑う。

細く綺麗な指先がネクタイへ触れる。

少しだけ曲がっていた結び目を丁寧に整え、軽く引き締める。

その仕草は慣れたものだった。

「うん。これでよし。」


しかし、それで終わらない。

今度は制服の襟へ指先を滑らせる。

折れていた襟を優しく起こし、肩についた小さな糸くずを摘まみ取った。

「せっかく格好いいんだから。」

「身だしなみは大事よ。」


クリスティアンは顔を真っ赤にしながら固まっている。


距離が近い。

ほのかに漂う淡いベリーの香水。

優しい体温。

視線をどこへ向ければいいのか分からない。


「な、何ですか……その……」

「心臓が飛び出そうなんですけど。」


その一言に、セリーナは思わず吹き出した。

「うふふ。そんなに?」


「そりゃそうですよ!」

クリスティアンは照れ隠しに頭を掻く。

「女性にこんなことされたことなんて一度もありません。」


「でしょうね。」

セリーナは優しく微笑んだ。

そしてほんの少しだけ背伸びをすると、クリスティアンの前髪を指先で整える。


「これで完璧。」

満足そうに頷いた。

「ほら。鏡がなくても分かる。」

「今のあなた、とっても素敵。」


クリスティアンは照れ臭そうに目を逸らす。

「……ありがとうございます。」


その素直な返事に、セリーナの胸が小さく高鳴る。

(この子、本当に真っ直ぐ。)

(褒められたら照れて、嬉しかったらちゃんとお礼を言う。)

(こんなの反則じゃない。)

自然と笑みが零れる。

「行きましょうか。」


セリーナはそう言って再びクリスティアンの腕に身を任せる。

さっきまでよりも二人の距離は、ほんの少しだけ近くなっていた。

夜のサンシーロを二人並んで歩く。

石畳を照らす街灯の明かりが、セリーナの髪を柔らかな琥珀色に染めていく。


「そこを右に曲がって。」

「右ですか?」


クリスティアンは言われた通り路地を右へ曲がる。

するとすぐ先に、小さな洒落た店が見えてきた。


ガラス張りの店内には暖かな灯りがともり、ショーケースの中にはジェラートが入ってるであろう銀の蓋が並んでいる。


セリーナが微笑んだ。

「うん……そこ。入りましょう。」


クリスティアンは看板を見上げる。

「ジェラートですか?」


「もう食べてきたんでしょ?」

セリーナはいたずらっぽく首を傾げる。

「だからジェラートに付き合って。」


その艶やかな笑みに、クリスティアンは思わず背筋を伸ばした。

「は……はい!」

勢いよく扉を開ける。

店内へ足を踏み入れると、甘く香ばしい香りが二人を包み込んだ。


すると奥から女性店員が顔を上げる。

「あら、セリーナ。いらっしゃい〜。」


「こんばんは。」

セリーナは親しげに笑う。


その様子を見てクリスティアンが尋ねた。

「お知り合いですか?」


「えぇ。」

セリーナは頷く。

「ハイスクールの同級生よ。」

少し照れ臭そうに笑いながら続けた。

「私みたいな夜の仕事をしている人間のために、遅い時間まで営業してくれてるの。助かるわ。」


店員はクリスティアンへ視線を向け、にっこりと笑った。

「あー!あなたが噂のパオロ様のご息族様ね。」

まじまじと顔を見つめる。

「どことなく似ているわ。」


「う……噂ですか??」

クリスティアンは耳まで赤くなる。


店員は肩を竦めて笑った。

「サンシーロはすぐ噂が回るからね。」

「まして、あのパオロ様の息子となれば尚更よ。」

「気をつけて。」


「はは……。」

クリスティアンは苦笑いを浮かべるしかなかった。


セリーナがショーケースの前へ歩み寄る。

銀色の蓋が並ぶ冷たいケース。

蓋の前には、一つひとつ味が書かれた小さなプレートが並んでいた。


「ほら。どれにする?」


クリスティアンは真剣な表情でプレートを眺める。

「で……では、リモーネ(爽やかなレモンの香りと程よい酸味が特徴のさっぱりとした味)で。」


「私はノッチョラ(香ばしいヘーゼルナッツの風味が濃厚な味)で。」

セリーナは迷いなく答える。

そして店員へ微笑みかけた。

「あとエスプレッソも二つね。」


「はーい。」

店員は片目を閉じる。

「すぐ用意するわ〜。そこの端の席に座って。」

軽くウインクを送る。


二人は窓際の席へ向かった。

クリスティアンは慌てて椅子を引く。


「どうぞ。」

「ありがとう。」


セリーナは優雅に腰を下ろした。

その姿はラウンジで見た時とはまた違う、穏やかな大人の女性そのものだった。


クリスティアンも向かいへ座る。

店内を見回しながら思わず呟く。

「ジェラート屋さんですけど……凄く高級感があって緊張します。」


天井から下がる照明。

磨き上げられた木のカウンター。

磨かれた銀色の容器。

「ジェラートも高そうな銀の入れ物に入ってますし。」


セリーナは楽しそうに笑う。

「ふふっ……。」

「アウローラちゃんじゃ、こんなお店連れてこないでしょ?」


「えっ!……あっ……いやっ……その……。」

クリスティアンは一瞬で狼狽えた。

視線が泳ぎ、言葉が続かない。


その様子を見てセリーナは柔らかく微笑む。

「いいのよ。サンシーロ首都は一夫多妻制よ。」

「クリスティアンくんがアウローラちゃんとどう過ごしていようと、かまわないわ。」


そう言うと、そっとクリスティアンを見つめる。

「私もしっかり見てくれたら、それでいいの。」


真っ直ぐな視線。

その穏やかな微笑みに、クリスティアンは思わず息を呑んだ。


ちょうどその時だった。


「お待たせ〜。」

店員が銀のトレーを運んでくる。


淡い黄色に輝くリモーネ。

香ばしい色合いのノッチョラ。

そして小さな白磁のカップに注がれた湯気立つエスプレッソ。


二人の前へ丁寧に並べると、店員は意味ありげに二人を見比べ、

「ごゆっくり。」

そう言って、悪戯っぽくウインクを残し、静かにカウンターへ戻っていった。

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