episode3(vacation)Chapter18
しばらく談笑しながら料理を平らげると、店員が最後の一皿を運んできた。
「お待たせしました。パンナコッタでございます。」
真っ白な陶器の器に盛られたパンナコッタ。
生クリームをたっぷり使ってゆっくりと冷やし固められたそれは、スプーンを近づけるだけでぷるりと震えるほど滑らかだった。
表面には艶やかな森苺のソースがとろりとかけられ、真紅の木苺やブルーベリーが彩りを添えている。
さらに香り高いミントの葉が一枚。
甘酸っぱい果実の香りと、生クリームの濃厚で優しい甘い香りがふわりと漂った。
クリスティアンは思わず目を丸くする。
「綺麗だ……。」
スプーンを入れる。
抵抗なくすっと沈み、その柔らかさだけで口当たりの良さが伝わってきた。
ひと口運ぶ。
濃厚なのに軽い。
舌へ触れた瞬間にふわりと溶け、生クリームのコクとミルクの優しい甘みが口いっぱいに広がる。
そこへ森苺の爽やかな酸味が重なり、後味は驚くほどすっきりしていた。
「うまい……。」
自然と笑みが零れる。
マウロも満足そうに頷いた。
「さぁ。」
パンナコッタを口へ運ぶ。
「少々臭いのするものを食べたからな。」
オッソブーコやゴルゴンゾーラを思い出して苦笑する。
「ドルチェで口直しだ。」
話題を切り替えるように微笑んだ。
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マウロはスプーンを置くと、悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「それで。」
クリスティアンを見る。
「今夜はどんな女性とデートなんだ?」
クリスティアンは耳まで赤くなる。
「ロマニスタってラウンジの女性で……。」
照れ臭そうに頭を掻いた。
マウロは目を細める。
「ほう。」
少し感心したように笑う。
「貧乏訓練生なのに夜職の女とは、やるじゃないか。」
クリスティアンは慌てて首を振る。
「いやいや。」
苦笑する。
「俺も未だに半信半疑です。」
肩を竦める。
「待ち合わせ場所に暴漢がいたらどうしましょうかね。」
冗談交じりに言う。
マウロは即答した。
「その時は叩っ斬れ。」
真顔で頷く。
「特別に許可する。」
数秒。見つめ合った二人は同時に吹き出した。
クリスティアンも笑いながら返す。
「はい。なるべく正当防衛になるようにしますね。」
「はははは!」
マウロは腹を抱えて笑った。
「頼もしいな、君は。」
笑いを落ち着かせると、懐中時計を取り出す。
「……では。」
時間を確認して立ち上がった。
「そろそろ時間だな。」
代金を卓へ置き、クリスティアンへ視線を向ける。
そして片目を閉じる。
「レディとの待ち合わせは十分前が基本だぞ。」
クリスティアンも立ち上がり、姿勢を正した。
「はい!」
サンシーロ式敬礼を行う。
「ごちそうさまでした。」
マウロも静かに敬礼を返す。
「行ってこい。」
「今日は剣ではなく、紳士として戦う番だ。」
その言葉にクリスティアンは照れ笑いを浮かべた。
「……頑張ってきます。」
二人は店を出ると、夕暮れの街角で別々の道へ歩き始めた。
一人は愛する女性たちの待つ夜へ。
もう一人は、人生で初めての「デート」と呼べる約束の場所へ向かって。
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夕暮れのサンシーロ。
石畳は茜色に染まり、街灯には一つ、また一つと明かりが灯り始めていた。
約束の時間より二十分ほど早く。
クリスティアンは待ち合わせ場所へ到着していた。
周囲を見回す。
人通りは多い。
恋人同士。
家族連れ。
酒場へ向かう騎士たち。
至って平和な夕暮れだった。
「……まさかとは思うけど。」
ケイスケやマウロとの会話を思い出す。
「一応、構えとくか。」
腰に提げた『レジスタ』へそっと手を添える。
いつでも抜刀できる位置を確認する。
もし本当に暴漢が現れたなら。
すぐに動けるように。
……そう自分へ言い聞かせながらも。
(いや違う。)
心臓がうるさい。
理由は敵ではない。
人生初のデート。
それだけで胸が張り裂けそうだった。
(何話せばいいんだ……。)
(手とか繋ぐのか?)
(いやいや早いだろ。)
(そもそも本当に来るのか?)
落ち着かない。
同じ場所を何度も行ったり来たりしてしまう。
そして十五分ほど経った頃だった。
「クリスティアンくん。」
鈴のように艶やかな声。
クリスティアンは反射的に振り向く。
その瞬間。
思わず息を呑んだ。
そこに立っていたのはセリーナだった。
昨夜ラウンジで見た姿とはまるで違う。
深みのあるワインレッドのドレスは身体のラインを上品に引き立て、歩くたびに裾が優雅に揺れる。
ウェーブのかかった赤みを帯びた長い茶髪が夕風を受けてさらりと靡き、耳元で揺れる小さな宝石が街灯の光を受けてきらりと輝いた。
片手には上質な革で仕立てられた高級感のあるバッグ。
その立ち姿はまるで一枚の絵画のようだった。
クリスティアンは見惚れたまま固まる。
「ごめんね。」
セリーナは少し照れたように笑う。
「待った?」
肩をすくめる。
「プライベートでデートなんて久しぶりで、準備に時間かかっちゃった。」
クリスティアンは慌てて首を振った。
「い、いえ!!」
声が裏返る。
「ぜ、全然待ってません!」
その瞬間。
(もっと洒落た服を着てくればよかった……。)
自分の服装を見下ろし、心の底から後悔した。
セリーナはそんな様子がおかしくて、小さく微笑む。
「うふふ……ありがとう。」
彼女が一歩近づく。
ふわり。
ほのかに甘いベリーを思わせる香水の香りが風に乗って漂い、クリスティアンの胸をくすぐった。
思わず息が止まりそうになる。
「あ……あの、その……。」
顔が熱い。
「と、とても綺麗です!」
やっと絞り出した言葉だった。
セリーナは思わず吹き出す。
「ぷっ。」
肩を震わせながら笑い、小さく頷いた。
「ありがとう。」
そして人差し指をそっとクリスティアンの唇へ当てる。
「知ってるわ。」
悪戯っぽく微笑んだあと。その瞳が優しく細められる。
「でも。」
真っ直ぐクリスティアンを見つめる。
「今までどの男から聞かされた『綺麗』よりも、一番嬉しいわ。」
その一言だけで。
クリスティアンの顔は耳まで真っ赤になった。
「あ……その……。」
視線が泳ぐ。
「お、俺……デートって生まれて初めてで……。」
情けないほど緊張していた。
セリーナは優しく笑う。
「うふっ。でしょうね。」
そして自然な仕草でクリスティアンの腕へ自分の腕を豊満な胸を当てる様に絡ませた。
「だから。」
柔らかな微笑みを浮かべる。
「お姉さんに任せて。」
そのまま軽く腕を引く。
「今日はいっぱい楽しみましょう。」
クリスティアンは完全に固まったまま、小さく頷くことしかできなかった。
「は……はい。」
こうして。
少年にとって、生涯忘れることのない初めてのデートが静かに始まった。




