episode3(vacation)Chapter16
見送りが終わる頃には、街道の先へ伸びていた馬車の列も小さくなっていた。
クリスティアンは最後までその背中を見送り、ゆっくりとサンシーロ式敬礼を解く。
「……。」
胸の奥が重い。
無事に帰ってきてほしい。
その願いだけが頭を巡っていた。
隣に立っていたマウロが静かに歩き出す。
「行こうか。」
クリスティアンも頷き、二人は見送り場を後にした。
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しばらく並んで歩いていると、マウロが苦笑する。
「休暇は満喫しているか?」
横目でクリスティアンを見る。
「訓練生の分際で一週間も休暇を与えられたとは……前代未聞だぞ。」
揶揄うような口調だった。
クリスティアンも照れ笑いを浮かべる。
「もう休みすぎて感覚が鈍らないか心配ですよ。」
肩を回しながら笑う。
マウロも肩を竦めた。
「ロッソ・ネーロも今日は緊急休暇だ。」
ため息をつく。
「僕も突然の休みに戸惑ってるよ。」
珍しく戯けた表情だった。
クリスティアンは思わず吹き出した。
「隊長殿。」
真剣な目になる。
「私がどれだけ強くなったか……見てもらえませんか?」
その瞳には自信が宿っていた。
マウロの口元がゆっくりと吊り上がる。
「ほう。」
木刀を肩へ担ぐ。
「ちょうど退屈していた所だ。」
そして笑う。
「せっかくの機会だし、見てやろう。」
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二人は騎士団訓練所へ移動した。
朝の訓練が中止となった広い訓練場は人気が少ない。
武器棚から木刀を一本ずつ手に取る。
向かい合う二人。
互いに一礼。
そして。
ドンッ!!
同時に踏み込んだ。
ガァァン!!
木刀が激しくぶつかる。
そのまま連撃。
ギィン!!
ガンッ!!
バキィッ!!
息をつく暇もなく何度も木刀が交差する。
踏み込み。
切り返し。
受け流し。
間合いの奪い合い。
砂煙が舞い上がる。
マウロが小さく笑った。
「ほう……。」
木刀を受け止めながら言う。
「流石に腕を上げたな。」
その瞬間。
クリスティアンがさらに一歩踏み込む。
「まだまだぁぁぁ!!」
気迫と共に渾身の一撃を振り下ろす。
マウロの目が鋭くなる。
「ちぃぃっ!!」
ギィィィン!!
辛うじて木刀を滑り込ませ、受け流した。
衝撃で数歩後退する。
「……驚いた。」
汗を拭いながら笑う。
「一対一なら、すぐにでもロッソ・ネーロでも通用するな。」
その評価だった。
だが。クリスティアンは首を横へ振る。
木刀を構え直し、真っ直ぐマウロを見る。
「ロッソ・ネーロじゃありません。」
迷いはない。
「ビアンコ・ネーロしか見てませんから。」
言い切った。
一瞬の静寂。
そして。
マウロは豪快に笑った。
「生意気な奴め!!」
その顔はどこか嬉しそうだった。
「なら、その口に見合う実力を見せてもらおう!」
ドォン!!
爆発的な踏み込み。
再び間合いを詰める。
クリスティアンも迎え撃つ。
「くっ!」
木刀を振り抜く。
「この程度!!」
ガァァァン!!
真正面から弾き返した。
二人の打ち合いは、さらに激しさを増していくのだった。
休むことなく。
二人の木刀は何度もぶつかり合っていた。
ガァァン!!
ギィィン!!
バキィッ!!
踏み込み。
受け流し。
切り返し。
互いの間合いを奪い合い、一歩も譲らない。
クリスティアンの斬撃をマウロが紙一重でいなし。
マウロの鋭い突きをクリスティアンが木刀で逸らす。
砂煙が舞う。
汗が飛び散る。
木刀を握る手はとうに痺れていた。
それでも。どちらも止まらない。
一撃ごとに剣速は増し。
一歩ごとに間合いは洗練され。
訓練所には木刀が激突する轟音だけが響き続けた。
「はぁぁっ!!」
クリスティアンが渾身の袈裟斬りを放つ。
ガァン!!
マウロが受け止める。
その勢いを利用して体を捻り、すぐさま逆袈裟。
クリスティアンも寸前で木刀を滑り込ませる。
ギィィィン!!
互いの額から汗が滴る。
しかし。どちらも笑っていた。
強者同士だけが味わえる歓び。
それがそこにはあった。
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どれほど打ち合っただろう。
気付けば。太陽は大きく傾き始めていた。
二人とも肩で息をしている。
木刀を構えたまま。
互いを見据える。
「はぁ……。」
「ふぅ……。」
呼吸だけが聞こえる。
やがて。マウロが木刀を肩へ担いだ。
「クリスティアン……。」
息を整えながら呼びかける。
クリスティアンも肩で息をしながら笑った。
「なんでしょう……。」
マウロは苦笑する。
「そろそろ休憩にしよう。」
顎で時計台を指した。
「時間を見てみろ。」
クリスティアンが振り返る。
そして。
「……え?」
目を丸くした。
「もう三時間も……。」
驚愕する。
夢中になりすぎて全く気付かなかった。
マウロは汗を拭いながら笑う。
「私の本気の一対一を一時間以上受け切ったのは。」
少し息を整える。
「ビアンコ・ネーロを除けば、エンツォと君だけだ。」
その言葉には誇張がなかった。
純粋な評価だった。
クリスティアンは照れ臭そうに頭を掻く。
「集団戦術さえ学べば……。」
ニヤリと笑う。
「隊長にも負けませんよ。」
マウロは思わず吹き出した。
「言わせておけば……。」
そう言いながらも。
その笑顔はどこか嬉しそうだった。
マウロは訓練場の縁へ腰を下ろす。
クリスティアンも隣へ座った。
しばらく風に当たりながら息を整える。
やがて。マウロが静かに口を開いた。
「本来ならば。」
視線は訓練場へ向いたまま。
「今すぐにでも君が欲しい。」
クリスティアンは少し驚いた表情を見せる。
マウロは続けた。
「戦術を知らなすぎるだけで。」
一度クリスティアンを見る。
「剣は本物だ。」
そして苦笑した。
「あの日、僕が最初に君へ失望したのも、その一面だった。」
「……。」
クリスティアンは少しだけ笑う。
「あんなに失望した顔をして。」
肩を竦める。
「今更ですか?」
マウロは思わず吹き出した。
「違いない。」
苦笑しながら立ち上がる。
腹を軽く押さえた。
「少し腹が減ったな。」
クリスティアンへ手を差し出す。
「飯を奢らせてくれ。」
そして柔らかく笑う。
「色々話もしたい。」
クリスティアンもその手を取り立ち上がる。
「わかりました。」
少し考えてから付け加える。
「しかし十九時までですよ。」
マウロは首を傾げた。
「ん?何故だ?」
クリスティアンは悪戯っぽく口角を上げる。
「デートですから。」
その一言に。マウロは一瞬ぽかんとした。
そして。
「ふはははははっ!!」
訓練場中に笑い声が響いた。
「それはいい!」
腹を抱えて笑う。
「ならば十九時まで密度を濃くして話そう。」
「はい!」
二人は木刀を片付けながら並んで歩き出す。
師弟であり。
良きライバルでもある二人の背中には。
先ほどまで命を懸けるように剣を交えた空気ではなく、穏やかな信頼だけが流れていた。




