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ビリンデッリの血〜東西大陸百年戦記〜  作者: エリカサファイア
episode3(vacation)

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episode3(vacation)Chapter15

その頃


ゼネラリ方面へ向かうネラッズーロ第五十五番隊の馬車内。

荷台には重苦しい沈黙だけが流れていた。

いつも酒を飲み、笑い、悪態をついている面々はもういない。


青と黒の鎧。

青と黒の軽戦闘服。

青と黒のローブ。


それぞれが戦場仕様の装備を身に纏い、誰一人として笑っていなかった。


馬車が石畳を揺らす音だけが車内へ響く。


ガタ……ゴトン……。


その音だけが妙に大きく聞こえた。

やがて、一人の隊員が口を開く。


「隊長。」


第五十五番隊隊長、アルヴァロ・ファヴァッリへ視線を向ける。

「俺たち……何人サンシーロに帰れますかね?」


馬車内がさらに静まり返る。

誰もが答えを聞きたかった。


ファヴァッリは腕を組んだまま鼻で笑う。

「一人帰ればラッキーだな。」


あまりにも現実的な返答だった。

誰も反論しない。

それがゼネラリだった。


ケイスケが腕を組んだまま低い声を出す。

「テメェら。」

全員が顔を上げる。

「外は見るんじゃねえぞ。」

その声にはいつもの豪快さはなかった。

「出撃が余計に辛くなるからな……。」


皆、黙って頷いた。



--



馬車の隅。

アウローラは膝を抱えて座っていた。

猫耳も尻尾も力なく垂れている。

唇を噛み締め、小さく呟く。

「最期の勇気を貰ったんだ……。」

胸元へそっと手を当てる。

クリスティアンの温もりを思い出すように。

「死ぬのなんか怖くねえ。」

そう口では言う。

だが…膝は小刻みに震えていた。


指先も止まらない。

その姿を見たケイスケは何も言わない。

ただ神妙な表情でアウローラを見つめていた。


その時。御者席から怒鳴り声が飛んでくる。

「よし、出発だぞ!」

馬車がゆっくりと動き始める。

御者は振り返ることなく続けた。

「テメェらネラッズーロは先方で休憩なしだ。」

冷たい口調だった。

「休憩に入るビアンコ・ネーロを途中で抜いて先行させる。」

そして鼻で笑う。

「しっかり馬車で寝て食っておけよ。」


ファヴァッリがため息混じりに悪態をつく。

「ならもうちょいマシなレーションと枕が欲しいな。」


御者は肩をすくめた。

「どうせテメェら全員死ぬんだ。」

言い放つ。

「物を用意するだけ感謝しろ。」


誰も怒らなかった。

言い返す気力すら残っていない。


ケイスケが荷物袋を開ける。


中には硬い保存パン。

干し肉。

乾燥果物。

そして水袋が一つ。


「ゼネラリまで二日はかかる。」

静かに言う。

「水と食いもんは考えながら取れよ。」


犬獣人の男がレーションを持ち上げて苦笑する。

「レーションと水はこれだけか……。」

耳がしゅんと垂れる。

「現地に着く頃には腹ペコだ。」


向かいでは褐色肌のマラカナン人の女弓使いが窓にもたれながら呟いた。

「死ぬ前に……。」

遠くを見る。

「またカーニバルに行きたかった。」


鮮やかな衣装。

陽気な音楽。

踊り続ける人々。

故郷の光景が脳裏を過った。


その隣では、大柄なマクシミール人の男が俯いていた。

「最後に母ちゃんが作るサルマが食いたかったな……。」

涙を拭う。


サルマ。

肉や米を香草と共にキャベツやブドウの葉で包み、じっくり煮込んだマクシミール地方の家庭料理だ。


寒い土地で育った者にとっては、母親の味そのものだった。


「もう食えねぇかもしれねぇ……。」

馬車内へ再び沈黙が落ちる。



--



アウローラは黙ったまま水袋を持ち上げた。

一口。静かに水を含み乾いた喉を潤す。

そして。何となく窓の外へ視線を向けた。


見てはいけない。


ケイスケはそう言った。

それでも。

最後にもう一度だけ。

サンシーロの街並みを、この目に焼き付けたかった。


馬車はゆっくりとサンシーロ西門を抜けていく。

アウローラはぼんやりと窓の外を眺めていた。

道の両脇には、見送りの人々が幾重にも並んでいる。


白と黒のハンカチ。

赤と黒のハンカチ。

それらが風に揺れ、涙と共に何度も振られていた。


「帰ってきて!」

「無事でね!」

「待ってるから!」


家族。

恋人。

友人。

それぞれが大切な人へ声を張り上げている。


だが。どこを見渡しても。

青と黒のハンカチだけは、一枚もなかった。


アウローラは静かに目を伏せる。

「……そっか。」

小さく笑う。

「今回はネラッズーロ関係者は見送りでの立ち入りを許されなかったんだな。」


誰も見送りに来ない。

いや。

来られない。

そういう扱いなのだ。

青と黒の部隊は。


「所詮……外人だもんな。」

自嘲するように呟く。

「仕方ねえよな。」

再び窓の外へ視線を向ける。


もう何も考えず。

ただ景色だけを眺めていた。


その時だった。


「あ……。」


人混みの中。一人だけ。

真っ直ぐこちらへ向かってサンシーロ式敬礼をしている青年がいた。


赤でもない。

白でもない。

訓練生の制服姿。


クリスティアンだった。


アウローラの瞳が大きく見開かれる。


「クソガキ……!」


ガラッ!!


勢いよく窓を開け、そのまま身を乗り出した。


「おい!!」

犬獣人の男が慌てて怒鳴る。

「バカ!開けんじゃねえ!!」


だが。ケイスケが静かに目を閉じたまま言う。

「……やらせてやれ。」


誰もそれ以上止めなかった。


アウローラは身を乗り出したまま、大きく息を吸う。

そして。

「クソガ……」

ほんの一瞬だけ言葉に詰まり。

すぐに叫んだ。


「クリスティアン!!」


声が枯れるほど。


「セリーナさんと付き合っても!!」

涙が溢れる。

「アタシの事忘れないでくれよなぁぁぁぁ!!」

その叫びは、遠ざかる街道へ響き渡った。


馬車は止まらない。

それでもアウローラは窓から身を乗り出したまま。

がくりと肩を落とす。


「ぐすっ……。」


涙が止まらない。


「ひっく……。」


嗚咽が漏れる。


「もっと……。」


鼻をすすりながら。


「もっとたくさん遊びたかった……。」


震える声。


「愛し合いたかった……。」


ぽろぽろと涙が地面へ落ちる。


誰も何も言わなかった。

馬車の中は静まり返る。

全員が。

泣きじゃくるアウローラを神妙な面持ちで見つめていた。


やがて。ケイスケが静かに口を開く。

「生きて帰ればいい。」


アウローラが涙で濡れた顔を向ける。


ケイスケは真っ直ぐ彼女を見た。

「まだ死ぬのが決まったわけじゃねぇ。」


一呼吸置く。


「生きて帰れ。」


その一言だけだった。


マラカナン人の女弓使いが優しくアウローラの背中を撫でる。

「アウローラ。」

微笑みながら言う。

「あんたは人一倍寝るんだから、しっかり寝ておきな。」


向かいではマクシミール人の大男がニヤリと笑った。

「寝てる間にレーションは頂いとくぜ。」


その言葉に。

アウローラは慌てて涙を拭う。

「ダメだ!!」

小袋を胸へ抱き締める。

「アタシの食いもんは一口たりともやらねぇ!」


その必死な姿に。

張り詰めていた空気が少しだけ緩む。


ファヴァッリは腕を組み、口元に薄く笑みを浮かべた。

「ったく……。」

ため息混じりに言う。

「遊びに行くんじゃねえんだぞ。」


車内に小さな笑いが広がる。


その光景を見ながら。

ケイスケは誰にも聞こえないよう胸の内で呟いた。

(本当にいい部隊だ……。)

窓の外ではサンシーロの街並みが少しずつ遠ざかっていく。

(ここで死ぬのが惜しいくらいにな。)

静かに目を閉じる。

(奇跡でも起こって……なんとかならねえかな。)

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