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ビリンデッリの血〜東西大陸百年戦記〜  作者: エリカサファイア
episode0(Prologue)

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episode0(Prologue)Chapter6

翌朝。

まだ朝日が昇り始めたばかりの時間だった。

小鳥のさえずりが窓の外から聞こえてくる。


クリスティアンは自室のベッドで気持ちよさそうに眠っていた。

昨夜は興奮してなかなか寝付けなかった。

父から剣を教わる。

その約束だけで胸がいっぱいだったのだ。


そんな息子の枕元に、一人の男が立っていた。

パオロ・ビリンデッリ。

白銀の騎士。

彼は腕を組みながら、しばらく息子の寝顔を見つめる。


そして。

「クリスティアン。」

静かに呼びかけた。


その瞬間だった。

「ハッ!!」

クリスティアンの両目が勢いよく開く。


反射的に上半身を起こした。

だがまだ頭は完全に覚醒していない。

目だけが開いている状態だった。


その様子を見てパオロが吹き出す。

「サンシーロ騎士団なら遅刻だぞ。」


クリスティアンは一瞬ぽかんとした。


そして。

「――父様!!」


勢いよく飛び起きた。

昨日の約束を思い出したのだ。


パオロは満足そうに頷く。

「うむ。」


そして少し真面目な顔になる。

「剣士はな。」

クリスティアンが背筋を伸ばす。

「最初の一太刀で八割は決まる。」

静かな声だった。

「そんな寝惚けた顔では指導できんぞ。」


クリスティアンは慌てて頬を叩く。


ぱちん。

ぱちん。


そして両目を大きく見開いた。

「申し訳ございません!」


背筋を伸ばす。

「ですが、もう大丈夫です!」


その勢いにパオロは笑った。

「いいだろう。」

特に咎める様子もない。

むしろその素直さを評価しているようだった。

「ならば木刀を持って庭へ出なさい。」


「はい!」

クリスティアンは飛ぶように部屋を飛び出していった。



--



やがてビリンデッリ家の庭。

朝露が草木に残る爽やかな空気の中。

クリスティアンは木刀を握り締めて立っていた。


その少し離れた場所にはパオロ。

こちらも木刀を手にしている。


縁側ではアンジェリカが二人を見守っていた。

だがその表情はどこか複雑だった。

嬉しくないわけではない。

むしろ息子の成長は誇らしい。


しかし同時に。

夫と同じ道へ進もうとしていることへの不安もあった。

母親として当然の感情だった。


「いつでも来い。」

パオロが木刀を肩に担ぐ。

余裕の構え。

隙だらけに見える。


だがクリスティアンには分かっていた。

それが罠であることを。

それでも。

「はぁぁぁぁっ!!」

雄叫びと共に地面を蹴る。

一直線。

迷いのない踏み込み。

木刀が風を切る。

鋭い一撃だった。


だが。


コン。


乾いた音が響く。

「なっ!?」

クリスティアンが目を見開いた。


パオロは右腕一本。

それだけで攻撃を受け流していた。

表情すら変わらない。

まるで大人と子供。

いや。

それ以上の差だった。


「いい太刀筋だ。」

パオロは微笑む。


受け流しながら続ける。

「クリスティアン。」


「くっ!」

再び踏み込む。

しかし当たらない。


「それを忘れないでほしい。」


「なにをですか!」


三撃。

四撃。

五撃。


全て捌かれる。


パオロは穏やかなままだ。

「その真っ直ぐな剣だ。」


受ける。

流す。

避ける。

全てが自然だった。


「迷いのない剣は、それだけで強い。」


クリスティアンの額に汗が浮かぶ。

「クソッ!!」

歯を食いしばる。

「父様に掠りもしない!!」

焦りが混ざり始める。

だがパオロは首を横に振った。

「いいや。」

優しい声だった。

「俺以外なら掠りはするさ。」


クリスティアンは信じられないという顔をする。


「しかし!」

再び踏み込む。

「父様に掠りもしないと何も意味がありません!!」

渾身の力を込めた大振り。

だが。

その一撃は大きすぎた。


パオロは半歩だけ横へ動く。

それだけで空を切る。

木刀は虚しく風を斬った。


クリスティアンの体勢が崩れる。

その瞬間。

パオロの目が少しだけ鋭くなった。

今までの穏やかな父親ではない。

百戦錬磨の騎士の目だった。

「クリスティアン。」

静かな声が響く。

「今の一撃。戦場なら――死んでいるぞ。」


朝の庭に、緊張が走った。


「まだだぁぁぁぁぁっ!!」

クリスティアンは地面を蹴った。

転倒した勢いのまま立ち上がり、再び木刀を構える。


悔しかった。

悔しくて仕方がなかった。


目の前にいるのは憧れ続けた父。


追いつきたい。

認められたい。

その想いが少年の身体を突き動かしていた。


「たぁぁぁぁぁっ!!」

雄叫びを上げながら突進する。

先ほどまでより速い。

力も込められている。

だが――。

パオロは動じない。


半歩。

たった半歩だった。

クリスティアンの木刀が届く寸前、身体をわずかに捻る。


木刀は空を切った。


その直後。

パオロの木刀が流れるように動く。


コンッ――!!


乾いた音が響いた。


「あっ!?」

クリスティアンの手から木刀が弾き飛ばされる。

宙を舞った木刀は草むらへ転がった。

そして。


「うわっ!」

勢いを止められなかったクリスティアンは再び地面へ倒れ込む。

土埃が舞った。

しばしの沈黙。


するとパオロの声が飛ぶ。

「負の感情に飲まれるな!」

その声には先ほどまでの優しさとは違う厳しさがあった。


クリスティアンが顔を上げる。


パオロは真っ直ぐ息子を見据えていた。

「良さが消えるぞ!!」


その言葉にクリスティアンは目を瞬かせる。

「私の……良さ?」


パオロは頷いた。

「そうだ。」

ゆっくりと木刀を下ろす。

「お前の剣は真っ直ぐだ。」

朝日に照らされながら語る。

「迷いがない。」


「……。」


「だから強い。」


クリスティアンは黙って聞いていた。

パオロは続ける。

「今はまだ小細工を覚えなくていい。」


風が吹く。

草木が揺れる。


「心のままに剣を振れ。」

その言葉には父としての願いが込められていた。


そして木刀を脇に抱えると、右手を差し出した。

「それが俺からの願いだ。」


クリスティアンはしばらく動かなかった。

差し出された大きな手を見る。


幼い頃から憧れていた手。

村を守り続けた手。

何度も血に塗れながら家族のもとへ帰ってきた手。


だが。

クリスティアンは俯く。

拳を握り締めた。


「しかし……。」

悔しそうな声だった。

「父様に掠りもしません。」


その言葉にパオロは苦笑した。

そして差し出した手を引っ込めることなく、そのまま待つ。

「それでいい。」


クリスティアンが顔を上げる。

パオロは穏やかに笑っていた。

「え……?」


「焦る必要はない。」

優しい声だった。

「その太刀筋はな。」

まるで未来を見ているかのように。

「いつか必ず届く。」


クリスティアンは言葉を失った。

父の顔を見る。

そこには嘘も慰めもなかった。

純粋な確信だけがあった。

だからこそ。

クリスティアンはゆっくりと父の手を取る。

力強い手だった。

引き上げられながら少年は思う。


――いつか。


――必ず。


――父様に届く剣士になる。


その決意は、朝日に照らされながら静かに胸へ刻まれていった。


一方、縁側で見守っていたアンジェリカは小さく息を吐く。

不安は消えない…けれど。

父と息子が同じ道を見つめていることだけは分かった。

それが少しだけ誇らしくもあった。

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