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ビリンデッリの血〜東西大陸百年戦記〜  作者: エリカサファイア
episode3(vacation)

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episode3(vacation)Chapter10

クリスティアンは興味津々といった様子で身を乗り出した。

「こういう席での父様って、どんな感じだったんですか?」


セリーナはふっと微笑み、懐かしい日々を思い返す。

「うふふ……。」

「配下の皆さんがどんちゃん騒ぎするのを、とても楽しそうに眺めていたわ。」

「あの方は、自分が騒ぐというより、仲間が笑っている姿を見るのが好きだったの。」

「部下が酒を飲んで、馬鹿話をして、大笑いして……。」

「そんな時間を、本当に幸せそうなお顔で見守っていたのよ。」


クリスティアンも自然と笑みを浮かべる。

「父様らしいな……。」


するとセリーナは少し悪戯っぽく笑った。

「でもね。その間ずっと、ママさんの腰を抱きながら。」

「あ〜……。」

両手を頬に添え、夢見るようにため息をつく。

「私だったらなぁ……。」

「絶対に腰へ回された手を離させなかったのに。」


ケイスケが吹き出した。

「ガハハハハ!」

「相変わらず重症だな!」


クリスティアンも苦笑する。

「母様が知ったら大変ですよ、それ。」

「帰った瞬間、父様怒られてます。」


「あら。」

セリーナは首を傾げた。

「恐妻家だったの?」


クリスティアンは迷いなく頷く。

「ええ。」

「父様は母様に頭が上がりませんから。」

「村でもよく言われてました。」

「英雄なのに、母様の前だけは借りてきた猫みたいになるって。」


店内にくすりと笑いが広がる。


ケイスケはジョッキを揺らしながら豪快に笑った。

「んこたぁねぇ。」

「アンジェリカさんは、ああ見えて懐の深い人だからな。」

「たまの息抜きや遊びには案外寛容なんだよ。」

「『ちゃんと帰って来るなら、それでいい』って考えの人だった。」

「だからパオロも安心して酒飲んで騒げたんだ。」


ケイスケは懐かしそうに笑う。

「まぁ、翌日にはしっかり尻に敷かれてたらしいけどな!」

「ガハハハハ!」


その場にいた全員が思わず笑い声を上げ、クリスティアンも照れくさそうに頭を掻きながら笑った。

「やっぱり父様は、母様には勝てなかったんですね。」


クリスティアンはふと思い出したようにケイスケへ視線を向けた。

「そういえばケイスケさん。」


「ん?」


「ケイスケさんって……母様を知ってるんですか?」


その問いにケイスケは「あぁ」と懐かしそうに頷く。

「もちろん知ってるさ。」

そう言ってクリスティアンの頭を豪快に撫でた。

「パオロがまだロッソ・ネーロにいた頃はな、アンジェリカさんも一緒にサンシーロで暮らしてたんだ。」


「えっ!?」

クリスティアンは思わず目を丸くする。


「お前が生まれてからだ。」

「アンジェリカさんは、お前を育てるためにデッレ・アルピ村へ戻った。」

「パオロだけが騎士としてサンシーロに残ったってわけだ。」


クリスティアンは驚きを隠せない。

「そうだったんですね!」

「母様……サンシーロの話なんて一度もしてくれたことがないから。」

「俺、全然知りませんでした。」


ケイスケは苦笑しながらジョッキを揺らす。

「まぁ、あの人らしいさ。」

「アンジェリカさんは最後までパオロが騎士団に入ることへ反対してたからな。」

「『危険な仕事なんて辞めて村へ帰りましょう』って、何度も説得してた。」

「……それでもパオロは剣を置かなかった。」


ケイスケは当時を思い出し、大きく笑った。

「そうそう!」

「一度なんてな『パオロを村へ連れて帰ります!』って。」

「アンジェリカさん、一人でサンシーロまで乗り込んできたんだぜ!」


クリスティアンは思わず吹き出す。

「母様が!?」


「そうだ!」

「ロッソ・ネーロの屯所まで一直線だ!」

「普段はあんな優しい人なのによ。」

「旦那のことになると誰より怖ぇ。」

ケイスケは肩を震わせながら笑う。

「あの時のアンジェリカさんのおっかなさときたら……。」

「歴戦の騎士どもが誰一人止められなかった。」

「ガハハハハ!」


クリスティアンも苦笑した。

「……あぁ、それは想像できます。」

「父様が母様に頭が上がらない理由が、なんとなく分かりました。」


その様子を見ていたセリーナも優しく笑う。

「ふふっ。」

「ケイスケさんも、そんな昔からネラッズーロにいらしたんですね。」

グラスを磨きながら首を傾げる。

「もうサンシーロには何年になるんですか?」

「傭兵って、いろいろな国を渡り歩く方が多いでしょう?」

「こんなに長く一つの街へ留まるなんて珍しい気がします。」


ケイスケはジョッキを軽く掲げる。

「そうだなぁ。もう十数年になるか。」

少しだけ照れくさそうに鼻を掻いた。

「元々はな。カズさんとどうしても一緒に戦いたかったんだ。」

「東洋人がサンシーロで騎士になった。」

「その話を聞いた時ゃ痺れたね。」

「俺も同じ景色を見てぇって飛び込んできた。」

苦笑しながら肩をすくめる。

「結局、カズさんのいた十一番隊には入れなかった。」

「夢は叶わなかったけどよ。」

ジョッキを口へ運び、一口飲む。

「……それでも、この街が気に入っちまった。」

「仲間ができて。」

「酒があって。」

「旨い飯があって。」

「守りたい奴らもできた。」

ケイスケは店内を見回し、豪快に笑った。

「気付けば、俺にとってもサンシーロが故郷みてぇなもんになってたってわけだ。」


クリスティアンはそんな言葉を静かに噛み締めながら、改めてこの街の温かさを感じていた。


ケイスケはジョッキをくるくると回しながら、少し遠くを見るような目になった。

「まぁ、そんな俺もな。」

「まだ右も左も分からねぇ頃は、ネラッズーロなんざゴミみてぇな扱いだったよ。」

店内の喧騒から少しだけ離れたような、静かな声だった。

「本当に弾除けみたいな役割だった。」

「前線で一番危険な場所に放り込まれて。」

「死んでも『傭兵が一人減った』で終わり。」

「東洋人なんざ特に酷かったな。」

苦笑しながら肩をすくめる。

「どいつもこいつも、奴隷みてぇに扱いやがってよ。」

「腕は大して変わらねぇのにな。」


エンツォが眉をひそめる。

「そんなに酷かったのか……。」


「あぁ。」

ケイスケは頷いた。

「だがな。」

ジョッキを置く。

「パオロは違った。」


その一言に、クリスティアンが顔を上げる。


「あいつは、年齢も所属も関係なく接してくれた。」

「ネラッズーロだろうがロッソ・ネーロだろうが、東洋人だろうが獣人だろうが、同じ騎士として扱ったんだ。」

ケイスケの口元が少し緩む。

「俺が初めて一緒に任務へ出た時なんかな。」

「他の連中は『東洋人は後ろにいろ』って言った。」

「でもパオロだけは違った。」

『お前が一番動けるなら前へ出ろ。俺が後ろを守る』

「あいつは本気でそう言ったんだ。」

ケイスケは小さく笑う。

「今でも覚えてるよ。」

「初めて、自分がただの捨て駒じゃねぇって思えた瞬間だった。」

少しだけ目を細める。

「だからな。」

「俺は今でも感謝してるんだ。」


店内が一瞬だけ静かになった。

クリスティアンは父の知らなかった一面を聞き、胸の奥が熱くなる。


ケイスケはそのままクリスティアンの肩へ腕を回した。

「だからよ。」

「もしテメェがロッソ・ネーロに嫌気がさしたなら…」

力強く肩を叩く。

「いつでも俺が面倒見てやる。」

「安心しろ。」


クリスティアンは思わず笑う。

「ありがとうございます。」

「でも、今はまだ諦めるつもりはありません。」


「おう。」

ケイスケは満足そうに頷いた。

「別にネラッズーロへ来なくてもいいさ。」

「俺とお前はもう友達だ。」

そしてニヤリと笑う。

「にゃんこも、お前がお気に入りだしな。」

「ガハハハハ!!」


その言葉にクリスティアンは苦笑する。

「だから、そういうのじゃないんですって。」


エンツォも笑いながら肩を叩いた。

「いや、あのクソ猫は完全に惚れてるだろ。」

「お前鈍すぎ。」


「違うって!」


「ぎゃはははは!」

男達の笑い声がラウンジ「ロマニスタ」に響き、セリーナもヴァレンティーナも楽しそうに微笑んでいた。


その輪の中でベルナルドだけは静かにグラスを傾ける。

(……友達、か。)

穏やかな笑顔の裏で、冷たい視線をクリスティアンへ向けた。

(残念だが、俺は最終的にお前を殺す側だ。)

しかしその表情は一切崩れない。

誰にも気付かれることなく、サンシーロの夜は静かに更けていった

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