episode3(vacation)Chapter9
ヴァレンティーナは上機嫌にグラスを掲げた。
「ほらほら!男の子達ももっと楽しもうよ!」
エンツォはすっかり打ち解けた様子で笑う。
「いいな姉ちゃん!もっと行こうぜ!!」
「おっ、ノリがいい!」
ヴァレンティーナは嬉しそうに肩を叩いた。
「そういう子、お姉さん大好き!」
「ガハハ! お姉さんだってよ!」
エンツォが笑うと、
「失礼ねぇ!」
ヴァレンティーナはぷくっと頬を膨らませる。
「まだまだ現役なんだから!」
店中から笑いが起こった。
一方、ベルナルドも穏やかな笑顔で会話を合わせていた。
「皆さん、本当に楽しそうですね。こんなお店は初めてです。」
「でしょ~?」
ヴァレンティーナは得意げに胸を張る。
「ロマニスタは世界一楽しい店なんだから!」
ベルナルドは笑顔を崩さない。
しかし、その瞳の奥だけは冷え切っていた。
(サンシーロも女はカンプノウ以上だな……。)
グラスを静かに口へ運ぶ。
(次に勝った戦場からは……何人か持ち帰るか。)
何事もなかったように微笑みながら、ゆっくりとグラスを置いた。
その隣ではケイスケがセリーナへ頭を掻きながら苦笑していた。
「悪ぃな。酒の飲み方も知らねぇガキを連れてきちまって。」
セリーナはグラスを柔らかな布で磨きながら、優しく微笑む。
「いいんですよ。」
「ヴァレンティーナも、あのくらい元気な方が接客できますから。」
「えへへ~。」
ヴァレンティーナは照れ笑いを浮かべる。
その頃、クリスティアンはぎこちなくノンアルコールカクテルへ口をつけていた。
甘酸っぱい果実の香りが広がる。
「……。」
落ち着こうとしても、目の前に座る美しい女性達を意識してしまい、どうにも平常心でいられない。
それを見逃すケイスケではなかった。
「どうした小僧。」
ニヤリと笑う。
「ノンアルなのに酔った顔しやがって。」
「ん?い、いや……。」
クリスティアンは慌てて首を振る。
「そ……そんな事……。」
耳まで赤く染まっている。
「ガハハハ!」
ケイスケは腹を抱えて笑った。
「今のお前を、にゃんこに見せてやりてぇぜ!」
その言葉にセリーナが首を傾げる。
「アウローラちゃんは元気ですか?」
「にゃんこならな。」
ケイスケは肩をすくめた。
「お前に嫉妬して、おねむしに帰っちまったよ。」
「ええ?」
セリーナは思わず笑う。
「どういうことですか?」
「俺がな。」
ケイスケはクリスティアンを親指で指した。
「このガキは色んな女を知る必要がある!ってここへ連れて来たらさ。」
「エロにゃんこが拗ねちまってよ。コイツにホの字なんだ、アイツ。」
「ち、違いますよ!」
クリスティアンは勢いよく立ち上がる。
「俺とアウローラはそんなんじゃ!!」
その必死な否定に店内がくすりと笑う。
しかし。
セリーナだけは、じっとクリスティアンを見つめていた。
「……似てる。」
ぽつりと呟く。
「へ?」
クリスティアンが目を丸くする。
ケイスケは意味ありげに笑った。
「流石気付いたか。」
「伊達にパオロの追っかけはしてねぇな。」
その瞬間。セリーナの瞳が大きく見開かれた。
口元へ震える手を添える。
瞳には、うっすら涙まで浮かんでいた。
「……と言うことは。やっぱり……。」
声が震える。
クリスティアンは戸惑う。
「父様の……おっかけ?」
次の瞬間。
セリーナは思わず席を立ち、クリスティアンの両手を優しく包み込んだ。
「私ね……。」
懐かしい記憶が蘇るように微笑む。
「あなたくらいの歳の頃……。」
「パオロ様の追っかけをしていたのよ。」
その声には、当時の憧れと尊敬が今なお色褪せず残っている。
セリーナは懐かしむように微笑み、遠くを見るように目を細めた。
「ビアンコ・ネーロの、美しい白銀の鎧……。」
自然と頬が緩む。
「陽の光を受けて輝く『レジスタ』。」
「そして愛馬『ダビッツ』に跨るお姿……。」
両手を胸の前で重ね、少女だった頃へ戻ったように頬を染める。
「あの方の剣技は、本当に美しかったの。」
「強いとか速いとか、そんな言葉じゃ足りない。」
「まるで一つの芸術を見ているようで……。」
少し照れ笑いを浮かべながら肩をすくめる。
「思い出すだけでも、ときめいちゃう。」
「パオロ様が演習場へ現れる日は、朝早くから場所取りをして見ていたくらいなんだから。」
ケイスケは豪快に笑った。
「ガハハハハ!」
「筋金入りの追っかけだったからな。」
「当時の騎士団じゃ有名だったぜ。」
セリーナは照れくさそうに笑うと、ゆっくりとクリスティアンへ歩み寄る。
そして優しく頭へ手を乗せた。
「もう……。」
「こんなに大きな息子さんがいたなんて。」
ゆっくりと髪を撫でる。
「パオロ様は故郷の奥様一筋だったから。」
「サンシーロでは誰とも深い関係にならなかったのよ。」
「どれだけ素敵な女性から想いを寄せられても、いつも笑って断っていたわ。」
「『故郷に待ってる妻がいるから』って。」
クリスティアンは静かに目を伏せた。
「父様……。」
胸の奥が温かくなる。
(母様だけを愛し続けたんだ。)
それが何より誇らしく小さく微笑む。
「……そうだったんですね。」
ケイスケはジョッキを片手に豪快に笑う。
「おかげで血縁はこの小僧一人だけどな!」
「ガハハハ!」
「お前がポシャったら、ビリンデッリの血縁はお釈迦だ!」
クリスティアンは苦笑しながらも、真っ直ぐ前を向いた。
「終わりませんよ。」
力強く言い切る。
「俺が……必ず繋ぎますから。」
その瞳には、一切の迷いがなかった。
セリーナはその横顔を見つめる。
(……似てる。)
強い意志を宿した眼差し。
真っ直ぐな言葉。
そこには、若き日のパオロが重なって見えた。
思わず目頭が熱くなる。
ケイスケはそんな空気を吹き飛ばすように笑い、クリスティアンの頭を乱暴にぐりぐりと撫で回した。
「生意気な口聞きやがって!」
「女も知らねぇ訓練生がぁ〜!」
「わっ、やめてください!」
クリスティアンは必死に逃げようとする。
その横では。
「ヴァレンティーナ姉ちゃん!」
「今度二人で飲みに行こうぜ!」
エンツォが身を乗り出せば、
「え〜?エンツォ君、積極的〜♪」
ヴァレンティーナは楽しそうに笑う。
するとベルナルドも爽やかな笑顔で口を開く。
「僕もご一緒できたら嬉しいです。」
「ぜひサンシーロのお話をもっと聞かせてください。」
「きゃー!」
「今日はモテモテだぁ♪」
ヴァレンティーナは上機嫌で二人の肩を叩いた。
その賑やかな様子を眺めながら、ケイスケは思い出したように笑う。
「まぁな。」
「嫁はサンシーロで作らなかったけどよ。」
「女の店には飲みに来てたんだけどな。」
クリスティアンは目を丸くした。
「えぇ〜っ!?」
「そうなんですか?」
「ガハハ!」
ケイスケは腹を抱える。
「『嫁に会えねぇ分、発散する!』ってな。」
「パオロの夜遊びはサンシーロでも有名だったぞ。」
「もちろん酒を飲みに来る程度だったがな。」
クリスティアンは思わず苦笑する。
「父様らしいような……。」
「らしくないような……。」
セリーナもくすりと笑った。
「うふふ。」
「だから私も、このラウンジで働くことにしたのよ。」
「パオロ様に会いたくて。」
「えぇーーっ!?」
クリスティアンは驚いて立ち上がる。
「それで……父様に会えたんですか?」
セリーナは懐かしそうに頷いた。
「うふふ……。一回だけね。」
静かに微笑む。
「パオロ様のお隣に着くことができたの。」
その時のことを思い出したのか、セリーナの表情は少女のように幸せそうだった。




