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ビリンデッリの血〜東西大陸百年戦記〜  作者: エリカサファイア
episode3(vacation)

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episode3(vacation)Chapter8

東洋料理と酒を囲んだ宴は、笑い声の絶えないまま過ぎていった。

空になった皿が積み重なり、ジョッキも何度となく入れ替わる。


ケイスケはほろ酔いどころか上機嫌そのものだった。

「ぷはぁぁぁっ!」

最後の一口を飲み干すと、勢いよく立ち上がる。

「よぉぉし!!」

ジョッキを高々と掲げた。

「二軒目行くぞぉ!!」


「……まだ飲むのかよ。」

アウローラが呆れたように額へ手を当てる。


ケイスケはニヤリと笑い、その両肩をぽんぽんと叩いた。

「そうだ。だからメス猫は帰れ。」


「……は?」

アウローラの猫耳がぴくりと動く。


「ん?」


ジト目で睨みつける。

「どこ行く気だオッサン。」


ケイスケは胸を張り、得意満面に言い放った。

「今からこの小僧達を大人にする勉強会だ。」


「「「……?」」」

クリスティアン、エンツォ、ベルナルドの三人の頭上に、揃って大きな疑問符が浮かぶ。


一拍置いて。アウローラの顔がみるみる赤く染まった。

「それ……」

拳が震える。

「それオッサンが女に会いに行くだけだろうがぁぁぁぁ!!」


「うわっ!」


バシッ!ガリガリガリガリッ!!


鋭い猫の爪が容赦なくケイスケの顔面を襲う。


「いででででで!!」

「バカッ!!顔はやめろぉぉぉ!!」


店内の客が一斉に振り返るほどの大騒ぎになった。


アウローラはぷいっと顔を背けると、今度はクリスティアンの腕を掴んだ。

「クソガキ!帰るぞ!!」


「えっ!? お、おい!」

そのまま強引に引っ張ろうとする。


するとケイスケがニヤニヤしながら腕を組んだ。

「はーん。お前。」

「さてはクリスティアンが取られるのが怖いんだな?」


「なっ…」

アウローラの耳がぴんっと立つ。

顔は耳まで真っ赤。

「う、うにゃぁぁぁぁぁ!!」

「もう知らねぇ!!どこにでも消えちまえぇぇ!!」

捨て台詞を残し、そのまま全力疾走で夜の街を走り去ってしまった。


「待っ……」

クリスティアンが思わず手を伸ばすが、猫獣人の俊足に追いつけるはずもない。

あっという間に姿は見えなくなった。


クリスティアンは苦笑しながらケイスケを見る。

「……いいんですか?」


ケイスケは豪快に笑った。

「いいんだ、いいんだ。ありゃおねむの時間だ。」

肩をすくめる。

「それよりテメェだ。」

クリスティアンの肩へ手を置いた。

「にゃんこだけじゃなくて、色んな女を知らなきゃいけねぇ…サンシーロで生きていくならな。」


クリスティアンは意味が分からず首を傾げる。

「……?」


ベルナルドは苦笑を浮かべながら、小さく呟いた。

「そうか……。色をまだ知らないのか。」

そして心の中だけで続ける。

(……今後も知らないでいて欲しいな。)

(女を知れば知るほど、戦士は強くなる。)


エンツォはニヤリと笑い、ケイスケの脇腹を肘で軽く突いた。

「オッサン。ちゃんと美人のいる店で頼むぜ。」


「ケッ。」

ケイスケは鼻で笑う。

「マセガキが。」

そう言って三人を手招きすると、夜のネオンが灯り始めた繁華街へ向かって歩き出した。


クリスティアンはまだ事情が飲み込めないまま首を傾げ、ベルナルドは穏やかな笑顔の裏で周囲への警戒を一切緩めず、エンツォは期待に胸を躍らせる。

それぞれ異なる思惑を胸に抱えながら、一行はサンシーロの夜の街へと消えていった。



--



夜のサンシーロ。

昼間とは違う華やかな灯りが石畳を照らし、酒場や劇場からは賑やかな笑い声が漏れてくる。

その一角に、一軒の瀟洒なラウンジがあった。


『ロマニスタ』


磨き上げられた真鍮の看板が暖色の照明に照らされ、赤い絨毯が入口まで伸びている。


「ここだ。」

ケイスケはニヤリと笑うと、重厚な木製の扉を勢いよく押し開いた。

「来たぞぉーー!!」

店内へ豪快な声が響く。


シャンデリアの柔らかな光が照らす店内には、落ち着いた音楽が流れ、大人たちが静かに酒を楽しんでいた。

その空気を一瞬で壊すようなケイスケの大声に、何人かの客が思わず振り返る。

カウンターの奥から、一人の女性が微笑みながら歩み寄ってきた。


黒を基調とした気品あるドレス。

落ち着いた化粧と包み込むような笑顔。

年齢を重ねたからこそ漂う包容力を纏った、この店のママだった。


「あら、ケイスケ。久しぶりじゃない。」

優しく微笑む。


ケイスケは豪快に笑いながら頭を掻く。

「ガハハ!ちょっと忙しくてな。」

そして後ろにいる三人を親指で示した。

「今日はこの小僧共に、大人の体験をさせてやりたくてなぁ。」

「頼むぜ、ママ。」


ママは三人を見回す。


まだどこか初々しい表情をしたクリスティアン。

物怖じしないエンツォ。

周囲を興味深そうに眺めるベルナルド。


その様子に小さく笑った。

「ふふっ。可愛いお客様ね。」

振り返ると店の奥へ声を掛ける。

「セリーナ!」

「ヴァレンティーナ!」

「ほら、席についておやり。」


「はーい。」

鈴のような返事と共に、二人の女性がゆっくり姿を現した。


先に現れたのはセリーナ。

緩やかなウェーブを描く金髪を肩へ流し、深い紺色の上品なドレスを優雅に着こなしている。

落ち着いた笑みと洗練された立ち居振る舞いは、一歩歩くだけで周囲の視線を自然と集めるほどだった。

柔らかな香水がふわりと漂い、その穏やかな微笑みには思わず肩の力が抜けてしまうような安心感があった。


続いて現れたヴァレンティーナ。

明るい栗色の髪を軽くまとめ、華やかな赤いドレスに身を包んでいる。

太陽のような笑顔が印象的で、店内へ現れただけで場の雰囲気が一段と明るくなる。

快活さと愛嬌を兼ね備えたその笑顔に、常連客からも自然と笑みがこぼれた。


セリーナはケイスケを見ると、目を細めて微笑んだ。

「あら、ケイスケさん。お久しぶりです。」

その艶やかで落ち着いた声は、店内の喧騒の中でも不思議と耳に心地よく響いた。


クリスティアンは思わず足を止めた。

「……。」

目の前に立つセリーナから、どこか懐かしい空気を感じた。


柔らかく微笑む表情。

相手を包み込むような穏やかな眼差し。

上品で落ち着いた所作。


その姿が、不意に故郷で待つ母・アンジェリカの面影と重なった。

もちろん顔立ちは違う。年齢も雰囲気も異なる。

それでも、人を安心させる優しさだけはよく似ていた。


(……母様に少し似てる。)

クリスティアンは思わず見惚れてしまう。


そんな様子に気付いたケイスケが、ニヤニヤ笑いながら肩を回した。

「おいおい。」

肩を組み、耳元で囁く。

「いい女だろ。」

親指でセリーナを指しながら胸を張る。

「俺のオキニだ。」


「え、えぇっ!?」

クリスティアンは慌てて首を振る。

「いや、そういう意味じゃ……!」


顔を真っ赤にして否定する姿に、ケイスケは腹を抱えて笑った。

「ガハハハハ!」

「初心でいいじゃねぇか!」


その横では、もう一人の女性――ヴァレンティーナが、グラスを片手にふらふらと近付いてきた。

ほんのり頬を赤く染め、すでに軽く酔っているらしい。


「あれぇ~~?」

ケイスケの肩へ遠慮なく腕を回す。

「ケイスケのおじさ~ん。」

「今日は猫ちゃんじゃなくて、可愛い男の子三人も連れてきてるじゃな~い。もう~。」

笑いながらケイスケの肩をぽんぽん叩く。

「どういう風の吹き回し?」


「おいおい。」

ケイスケは苦笑いを浮かべる。

「お前もう出来上がってんのか?」


「えへへ~。」

ヴァレンティーナは悪びれる様子もなく笑った。

「今日はお客様にいっぱい飲ませてもらっちゃった♪」


その様子を見たセリーナが、小さくため息をつく。

「もう、ヴァレンティーナ。」

困ったように微笑みながら肩へ手を置いた。

「この娘ったら、本当にしょうがないんだから。」


「えへへ、ごめんなさ~い。」

舌を少し出して笑うヴァレンティーナ。

その天真爛漫さに、店内の空気まで明るくなる。


ケイスケは豪快に笑い、腕を組んだ。

「ガハハハ!俺の席なら構わねぇよ。」

そう言ってソファへどっかり腰を下ろす。

「酒の席はこうでなきゃいけねぇ!」

「堅苦しく飲む酒なんざ、美味くも何ともねぇからな!」


その一言に、ヴァレンティーナは「さっすがおじさん!」と笑い、セリーナもくすりと微笑む。

ラウンジ「ロマニスタ」の夜は、賑やかで温かな笑い声に包まれながら、ゆっくりと更けていった。

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