episode3(vacation)Chapter7
店員が大きな木盆を抱えて席へやってくる。
「お待たせしました!刺身盛り合わせ、ホッケ、それから串盛り合わせです!」
どん、と卓上へ置かれた瞬間、湯気と香りが一斉に立ち上った。
艶やかな赤身のマグロ、透き通るように白く輝くイカ、朝獲れの白身魚。
氷を敷き詰めた皿の上で、魚はまるで宝石のような瑞々しい輝きを放っている。
隣には、皮がこんがり狐色に焼けた特大ホッケ。
脂がじゅわりと浮き上がり、皮目からは炭火で焼かれた香ばしい香りが食欲を刺激する。
さらにヤキトリの串盛り。
ねぎま、もも、つくね、皮、ぼんじり…
照り輝く甘辛いタレをまとった串と、塩だけで焼き上げられた串が交互に並び、炭火の香りを纏っていた。
「うぉぉぉ!! サシミとホッケ!!」
アウローラの猫耳がぴんっと立つ。
目を輝かせると、迷うことなくワサビをたっぷり溶かしたソイソースへマグロを潜らせた。
「これだぁ……!」
一口。
ねっとりと舌へ絡みつく濃厚な赤身の旨味。
噛むほどに脂の甘みが広がり、鼻へ抜けるワサビの刺激が全体を引き締める。
続いてイカ。
もちっとした弾力を噛み締めた瞬間、透明な甘味がじんわり舌へ溶け出した。
「んにゃぁぁぁぁ……幸せぇぇぇ……♡」
椅子の背にもたれ、尻尾を左右にぶんぶん振る。
「このために生きてるまであるぜ……。」
ケイスケが笑う。
「ここの大将のカズさんが直接メアッツァ市場から仕入れてる魚だからな。鮮度は保証付きだ。」
クリスティアンが感心したように店の奥を見る。
「店長さんとは知り合いなんですか?」
「あぁ。」
ケイスケはジョッキを揺らした。
「カズさんはサンシーロ騎士団初の東洋人だからな。ネラッズーロじゃちょっとした有名人だ。」
「へぇ……そうなんですね。」
ベルナルドも驚いたように頷く。
「カズ・ナカタさん……在籍は三年ほどでしたが、東洋のキングとまで呼ばれた伝説のネラッズーロ剣士ですね。今はこんなお店をされていたとは……。」
ケイスケは懐かしそうに笑う。
「俺がサンシーロで重戦士やってるのも、カズさんに憧れたのが理由の一つだ。あれだけの怪我を負っても生き延びて、こんないい店まで開くなんて、本当に大した人だよ。」
「けっ。」
低い声が飛ぶ。
割烹着姿の店主・カズがジョッキを片手に現れた。
「ガラにもねぇこと言いやがって。」
そう言いながら、新しいビールをケイスケの前へ置く。
クリスティアンは割烹着の隙間から覗く胸元の大きな古傷へ目を向けた。
「カズさん……その傷は?」
カズは苦笑する。
「これか。」
傷跡を指で軽く叩いた。
「まだヒヨッコだった頃のエミリアーノ・ラウールに完敗した時の傷だ。この傷で俺の騎士人生は終わった。ガハハ。」
その名を聞いた瞬間。
クリスティアンの手がぴくりと震えた。
「エミリアーノ……ラウール……。」
ベルナルドが興味深そうに目を細める。
「よく生きていましたね……。エミリアーノ・ラウールと対峙して生還した者はいないと聞いていますが。」
「アイツもまだ若かったのさ。」
カズは苦く笑う。
「俺みたいな雑魚にトドメ刺してる暇なんざ無かったんだろ。俺なんか見向きもせず、そのままビアンコ・ネーロの連中を仕留めに行っちまった。」
ケイスケがクリスティアンを指差し、小声で耳打ちする。
「カズさん……実はこの小僧の親父は…」
一瞬だけ。
カズの表情が変わった。
「……そうか。」
ゆっくりとクリスティアンを見る。
「坊主。」
「はい。」
「仇討ちなんて考えるな。」
店内が静まり返る。
「お前の親父も、エミリアーノも、命を懸けて戦った結果だ。戦場に善悪なんざねぇ。あるのは、生きるか死ぬかだけだ。」
そう言うと、自分のジョッキを持ち上げ豪快に喉へ流し込んだ。
ごく、ごく、ごく。
「ぷはぁぁぁっ!!」
「あー!! また勝手に酒飲んで!」
ケイスケが抗議する。
「けっ。」
カズは鼻で笑った。
「稼いでんだから一杯くらい好きに飲ませろ。」
そのやり取りとは裏腹に。
アウローラだけは心配そうにクリスティアンを見つめていた。
ホッケをほぐす手も止まっている。
クリスティアンは俯いたまま静かに言う。
「俺には……まだ割り切れません。」
「クリスティアン……。」
エンツォが小さく呟く。
カズは真っ直ぐ見据えた。
「憎しみは負の連鎖だ。そんなもん抱えて戦場へ行けば、お前はすぐ死ぬぞ。」
ベルナルドは笑顔を崩さない。
しかし心の中では。
(その通りだ。……隙があれば、すぐ殺してやる。)
その時だった。
「クソガキ!!」
「えぇっ!?」
突然、アウローラがクリスティアンへ飛び付き、勢いよく抱き締めた。
豊かな胸に顔を押し付けられ、クリスティアンは真っ赤になる。
「嫌だ……。」
アウローラは半泣きだった。
「クソガキは……ずっとアタシと遊ぶんだ。」
カズが豪快に笑う。
「なんだ猫娘。こんなイザカヤで愛の告白か?」
「ギャハハハハ!!」
ケイスケとエンツォも腹を抱えて笑い出す。
「うるせぇ!!」
アウローラは涙目で叫んだ。
「オッサンが死ぬとか言うからだろ!!」
クリスティアンは困ったように笑いながら、そっと猫耳の間へ手を置き、優しく頭を撫でた。
「俺は死なないよ。」
その一言でアウローラの耳がぴくりと動く。
「ビアンコ・ネーロの剣士になって、故郷へ凱旋するって夢もあるんだ。」
「……じゃあ。」
アウローラは抱き締める力をさらに強める。
「アタシも田舎に連れてけ!!」
クリスティアンは苦笑した。
「俺の村は魚なんて滅多に手に入らないぞ。」
「え……。」
一瞬で表情が固まる。
「それは困る。」
抱き締めていた腕がするりと離れた。
エンツォは呆れ果てて肩を落とす。
「お前の食い意地は極限だな……。」
店内には再び大きな笑い声が響き、重くなりかけた空気は、いつもの賑やかな居酒屋の空気へと戻っていった。
「お待たせしました! アジフライ、カラアゲ、ポテサラです!」
店員が次々と皿を並べるたび、卓上の熱気がさらに増していく。
まず置かれたのは、揚げたてのアジフライ。
細かなパン粉をまとった衣は黄金色に輝き、皿に置かれた瞬間、サクサクと軽い音を立てた。
包丁を入れると、白身魚の身からふわりと湯気が立ち上る。
横にはシャキシャキのキャベツと、香ばしいソース。
続いて運ばれてきたカラアゲは、濃い飴色に揚がった一口大の鶏肉。
衣の隙間からじゅわっと肉汁が滲み、ニンニクとショウガの香りが食欲を直撃する。
最後のポテサラは、白い陶器の器に山盛りだった。
潰したジャガイモの中に、刻んだキュウリ、人参、ゆで卵が彩りよく混ざり、上から黒胡椒が軽く振られている。
「うぉぉぉぉ!!」
アウローラの尻尾がぶんぶん揺れた。
「アジフライきた!! これも東洋飯なのか!?」
ケイスケが笑う。
「あぁ。東洋の定番だ。ソースをかけて食ってみろ。」
アウローラは待ちきれない様子でアジフライを箸で割り、ソースをたっぷりかけて口へ運んだ。
サクッ。
次の瞬間、ふわっとした白身がほぐれ、ソースの甘辛い香りが鼻へ抜ける。
「んにゃぁぁぁ!!」
「衣サクサク! 中ふわふわ! これ最高だろ!!」
エンツォもカラアゲを一つ摘まむ。
「お、こっちは鶏肉か。」
一口齧った瞬間、肉汁がじゅわっと溢れた。
「うまっ!!」
「外カリッとしてんのに中めちゃくちゃジューシーだ!」
クリスティアンはポテサラを小皿へ取り分ける。
「このポテサラという料理、見た目は普通だな。」
口へ入れた瞬間、滑らかなジャガイモの甘みと、シャキシャキした野菜の食感が広がる。
「……これも美味い。」
「ジャガイモなのに冷たくて、やさしい味がする。」
ベルナルドも目を輝かせた。
「本当ですね! シンプルなのに、すごく落ち着く味です!」
ケイスケは満足そうに頷き、ビールを持ち上げる。
「ほら、こういう揚げ物にはビールだ。」
ジョッキを傾ける。
黄金色の液体が喉を通り抜け、泡の苦みと爽快感が揚げ物の油をすっと洗い流していく。
「かぁぁぁっ!!やっぱこれよ!!」
エンツォもノンアルコールビールを一口。
「ぷはぁ……。」
「苦ぇけど、アジフライ食った後だと妙に合うな。」
クリスティアンも頷く。
「カラアゲの後に飲むと、口の中がさっぱりする。」
ベルナルドは感動したように言った。
「東洋料理って、味が濃いだけじゃなくて、食べ方まで考えられてるんですね!」
アウローラはホッケをほぐしながら笑う。
「魚、肉、野菜、全部ちょっとずつ食えるのがいいんだよな」
カズがカウンターから声を飛ばした。
「おい若ぇの! まだ串焼きもあるぞ!」
ヤキトリの串を頬張るたび、炭火の香ばしさと肉汁が広がる。
ねぎまは鶏肉の旨味とネギの甘み。
つくねはふわっと柔らかく、タレの甘辛さが後を引く。
皮はパリッと香ばしく、ぼんじりは脂の甘みがじゅわっと溶けた。
「ガハハハハ!!」
ケイスケが笑いながらジョッキを掲げる。
「東洋飯、悪くねぇだろ!?」
「悪くねぇどころか最高だ!」
エンツォが笑う。
「こんなに色々食えて、全部美味いなんてな。」
クリスティアンも素直に頷いた。
「サンシーロ料理とは全然違うけど、これはこれで本当に美味い。」
ベルナルドも笑顔を崩さない。
「皆さんと食べるから、余計に美味しいです!」
アウローラは口いっぱいにカラアゲを頬張りながら叫ぶ。
「んにゃはは!! 今日は最高の日だな!!」
卓上には皿が並び、笑い声が絶えない。
ビールの泡が弾け、揚げ物の香りと炭火の煙が混ざり合う。
居酒屋「ロアッソ」の夜は、賑やかで、美味しく、どこか温かい時間になっていった。




