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ビリンデッリの血〜東西大陸百年戦記〜  作者: エリカサファイア
episode3(vacation)

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episode3(vacation)Chapter6

夕暮れのサンシーロ。

石畳を照らしていた夕日がゆっくりと朱色へ変わり始め、街には仕事帰りの人々が溢れ出していた。


アウローラは腹を押さえながら大きく叫ぶ。

「そんなことより腹減った!!」


エンツォは呆れたように肩をすくめた。

「お前、本当に食ってばかりだな……」


ケイスケは空を見上げ、腕を組む。

「まぁ確かに、そろそろ晩飯時だな。」

そして口元を吊り上げ、不敵に笑った。

「よし、せっかくだから俺がお前らに最高の東洋飯を教えてやるか。」


その笑みに、アウローラだけが嫌な予感を覚えた。

「げ……まさか。またあそこか?」


クリスティアンは目を輝かせる。

「この間アウローラと食ったヤキニクは最高でした。東洋料理はまだまだ何かあるのですか?」


エンツォも興味津々に身を乗り出した。

「俺も東洋料理は初めてだな。オッサン! 行こうぜ!」


ベルナルドも満面の笑みで頷く。

「僕は皆さんと一緒ならどこへでも!」


アウローラだけは額を押さえたまま小さく呟いた。

「いや……あそこは料理というか……」


しかし誰一人としてその言葉を聞いていなかった。


ケイスケを先頭に、一行は夕暮れの街を歩き始める。

華やかな大通りを抜け、石造りの住宅街へ。

さらに細い路地へ入ると、香ばしい匂いと酒の匂いが入り混じった、どこか異国情緒漂う一角へ辿り着いた。

そこだけはまるで東洋の街並みが切り取られたようだった。


木造建築。

赤い提灯。


入口には読めない東洋文字が描かれた暖簾。

仕事帰りの男達の笑い声が外まで響いている。


クリスティアンは目を丸くした。

「ここ……本当にサンシーロか?」


ベルナルドも辺りを見回し感嘆する。

「凄い……こんな街並み初めて見ました。」


ケイスケは親指で店を指差し、自慢げに笑った。

「イザカヤ『ロアッソ』って店だ。イカした店だろう!」


木の看板には力強い東洋文字で『ロアッソ』と刻まれていた。


アウローラは深いため息を吐き、片手で頭を押さえる。

「はぁ……。」


クリスティアンが首を傾げた。

「イザカヤって何ですか?」


ケイスケは顎を撫でながら得意げに説明する。

「まぁ東洋のトラットリアといった所だな。」


すかさずアウローラがジト目で突っ込む。

「ただの酒飲み場だろうが。」


エンツォは豪快に笑った。

「構わねえよ。面白そうだから行ってみようぜ!」


ベルナルドも子供のように目を輝かせる。

「東洋料理、生まれて初めてです!」


その反応にケイスケは満足そうに頷いた。

「よし。」

そして勢いよく暖簾をかき分け、扉を開け放つ。

「今日は俺の奢りだ!!」

豪快な声が店中へ響き渡る。

「好きなだけ飲んで食え!!」


店内から一斉に威勢のいい笑い声が返ってきた。


「おっ、ナガトモじゃねぇか!」

「今日は若いの連れてきたな!」

「酒追加だー!!」


活気と笑い声に包まれた東洋の大衆酒場。

休暇二日目の夜は、また新たな文化との出会いから始まろうとしていた。



--



夕暮れが近づき始めた居酒屋「ロアッソ」の店内は、仕事帰りの客たちの笑い声と、炭火で何かを焼く香ばしい匂いで満ちていた。

木造の梁には東洋風の提灯が吊るされ、威勢のいい店員たちが忙しなく店内を駆け回っている。


ケイスケは慣れた様子で腰を下ろすと、腕を組んで満足そうに頷いた。

「イザカヤに来たからにはな。とりあえず『ビール』からだ」


エンツォが首を傾げる。

「『ビール』か……アリアンツの方の酒だよな」


「ああ。でも東洋の酒もメインはビールなんだよ。」

ケイスケは四人を見渡した。

「ロッソ・ネーロの二人もノンアルコールのビールでいいな?」


「任せる。」

アウローラは椅子にもたれながら答える。


ベルナルドも元気よく手を挙げた。

「お任せします!」


クリスティアンとエンツォも顔を見合わせて頷く。

「まぁ、ノンアルコールなら大丈夫だな。」

「問題ねぇ。」


するとアウローラが勢いよく身を乗り出した。

「おっさん!サシミ食わせろ、サシミ!! あとアジフライとホッケ!」


ケイスケは目を細めて笑う。

「なんだ文句言う割にはノリノリじゃねぇか、にゃんこ。」

「ここの魚はまぁ食えるからな!」

「この生意気にゃんこめ!!」

ぐりぐりぐりぐり。

「うにゃぁぁぁ!!やめろぉぉ!!髪ぐちゃぐちゃになるだろ!!」


店内から笑いが漏れた。


ケイスケは店員へ向き直る。

「お前らの分は、とりあえず俺が適当に頼んでいいか?」


三人が揃って頷く。


「まずはビール三つにノンアル二つ。そんでもってヤッコにエダマメ。あとサシモリ、アジフライ、ホッケにカラアゲ、ポテサラ……クシモリ十本。」


流れるような注文に、クリスティアン、エンツォ、ベルナルドの三人は完全に固まった。


「…………。」

「…………。」

「…………。」


まるで魔術の詠唱でも聞いているような顔だった。


エンツォが思わず突っ込む。

「おいおいオッサン!頼みすぎだろ……どれだけ食う気だよ!」


ケイスケは豪快に笑った。

「大丈夫だ。一品一品全部少量だ。イザカヤってのは色々な食い物を少しずつ食う場所なんだよ。」


アウローラが呆れたように肩をすくめる。

「ていうかメインは食い物じゃなくて酒だ。」


「おまちぃ!!」

東洋人風の大将が、大きな盆を抱えてやって来た。


黄金色の泡を湛えたビール。

白く冷えたノンアルコールビール。

艶やかな緑色のエダマメ。

そして、氷を敷いた器に乗った真っ白なヒヤヤッコ。

冷気で器がうっすらと曇っている。


ベルナルドが目を丸くした。

「なんですかこれ?」


ケイスケは嬉しそうに説明する。

「東洋風の豆料理と、豆腐っていう東洋の食い物だ。最初はこいつを摘みながらビールを飲む……これが最高なんだ。」

そう言うと枝豆を一つ摘まみ、指で軽く押し出して豆を口へ放る。


塩だけで茹でられた豆の優しい甘みが広がる。

すぐさま冷えたジョッキを持ち上げ、一気に喉へ流し込んだ。

黄金色の液体が喉を滑り落ちるたび、細かな泡が弾ける。

仕事終わりの疲労を洗い流すような爽快感が全身を駆け巡った。


「かぁぁーーーっ!!」

ジョッキを勢いよく机へ置く。

「うめぇぇ!!これよこれ!!喉が生き返るぜ!!」


その豪快な飲みっぷりに、エンツォも興味津々で枝豆を摘まむ。

「そんなうめぇのか?」


ぱくり。


「……塩で茹でただけの豆だな。」

続いてノンアルコールビールを口へ運ぶ。

「……うわっ、苦ぇ。」

顔をしかめた。


だが、もう一口。

さらにもう一口。


「……でもなんか癖になるなこれ!!」


ケイスケは満足そうに笑う。


クリスティアンは白い豆腐を見つめながら首を傾げた。

「このヤッコという料理は……一個だけですか?」


ケイスケがニヤリと笑う。

「フッ。一つの皿の料理を皆で分け合って食うのが東洋流だ。これで仲間との結束も固まるってもんよ。」


アウローラは備え付きの木のスプーンで豆腐をすくい上げると、クリスティアンの小皿へぽんと乗せた。

「ほら!食えよ。」


ケイスケが醤油差しを手に取る。

「そいつはソイソースをほんの少しだけ垂らして食うのがオススメだ。」


クリスティアンは言われた通り醤油を数滴垂らし、静かに口へ運んだ。


舌に触れた瞬間、豆そのもののほのかな甘みがふわりと広がる。

絹のようになめらかな舌触り。

ぷるりと震える柔らかな食感。

そこへ醤油の香ばしい旨味が重なり、ひんやりとした清涼感が喉を優しく通り抜けていく。

濃厚なのに重くない。

素材そのものの味を楽しむ、実に不思議な料理だった。


クリスティアンは思わず目を見開いた。


「すげぇ……!口の中でほどけるように滑らかだ。豆の優しい甘さがじわっと広がって、冷たさが身体中に染み渡る……シンプルなのに、こんなに奥深い味になるのか!」


ベルナルドも興味津々で小皿へ取り分け、一口食べる。


「……わぁ!」


思わず笑顔になる。


「本当だ!!まるで柔らかな雲を食べてるみたいです!豆の自然な甘さとソイソースの香りがぴったり合っていて、食べた後に口の中がすごく爽やかになります!」


二人は顔を見合わせると、同時にノンアルコールビールを一口。


「ぷはぁ〜。」

「ぷはぁ〜。」


その姿を見たケイスケは腹を抱えて笑った。

「ガハハハハ!!いい飲みっぷりだ!!これでもう全員立派な仲間だな!」


アウローラは呆れたように頬杖をつき、小さくため息をつく。

「……全員オッサンの仲間入りだな。」

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