episode3(vacation)Chapter5
ケイスケが案内したのは意外にも壮大な白い建物だった。
「ほら、ここがサンシーロ歴史館だ。お前はここは見ておくべきだぞ」
ケイスケはクリスティアンに意味深に語りかける。
エンツォが皆を先導する
「ほら、せっかくだ!入ろうぜ」
中に入るとサンシーロ歴史館の中は静謐な空気に包まれていた。
高い天井。
磨き上げられた大理石の床。
歴代の英雄達の肖像画や武具が整然と並び、まるでサンシーロそのものの歴史が眠っているような場所だった。
ケイスケは両手を頭の後ろで組みながら歩く。
「ここにはサンシーロの全てが記録されている。隅々まで見てこい」
そう言ってクリスティアンの肩を軽く叩いた。
クリスティアンは真剣な表情で展示品を眺める。
一方…
アウローラは大きな欠伸をした。
「ふぁぁ……こういうところ来ると眠くなるぜ……」
「全く食うか遊ぶしかやる事はねえのかこのにゃんこは」
ケイスケが呆れたように言う。
「失礼だな!寝るのも得意だぞ!」
「威張るな」
エンツォが即座に突っ込んだ。
そのまま四人は展示を見て回る。
古い甲冑。
名剣。
戦旗。
戦争の記録。
エンツォも興味深そうに足を止めた。
「そういや俺も身近すぎてちゃんと見た事はなかったな」
そんな時だった。
クリスティアンの足がぴたりと止まる。
「あ……あれは……」
その先にあったのは一際大きな展示スペース。
銀色の騎士像。
巨大な戦場画。
数々の勲章。
そして金色の文字で刻まれた名前。
--パオロ・ビリンデッリ。
伝説の『白銀の騎士』。
彼の功績が一つ残らず展示されていた。
クリスティアンは思わず息を呑む。
「父様……」
ケイスケが隣で静かに言った。
「こういう特別な騎士は個別で展示される。騎士団で活動する上で最大の名誉だな」
クリスティアンは展示ケースの中に置かれた勲章を見つめる。
父が歩いた道。
父が守った人々。
父が残した名前。
その全てがここにあった。
すると隣から声が聞こえた。
「ん? 父様??」
振り返ると一人の赤髪の青年が目を丸くしていた。
「……まさか君はパオロ様のご息族かい?」
クリスティアンは少し戸惑いながら答える。
「え……えぇ。そうですが」
次の瞬間。
青年は目を輝かせた。
「なんてこった!!」
周囲の人間が振り返るほどの大声だった。
「ご家族に会えるなんてラッキーだ!!」
勢いよく手を差し出す。
「俺はベルナルド・パヌッチ!田舎からサンシーロに観光で来てるんだ!」
「あ……あぁ」
クリスティアンは少し圧倒されながらも握手に応じた。
ベルナルドの握力は妙に力強かった。
エンツォが苦笑する。
「なんだ?観光でこんなところに来るなんて騎士団に興味でもあるのか?」
するとベルナルドは待ってましたと言わんばかりに身を乗り出した。
「いやぁ~!そりゃもう憧れですよ!!」
両手を広げる。
「サンシーロ騎士団は世界一ですからねぇ!!」
その勢いにケイスケが吹き出した。
「今時物好きな奴だな。騎士団なんて金食い虫!って言われてんのによ」
「それでもですよ!」
ベルナルドは力強く拳を握る。
「国を守る人達でしょう!憧れない方がおかしいです!」
「おぉ~熱いねぇ」
ケイスケが笑った。
その頃。
アウローラは眠そうに目を擦っていた。
「ん……?ふあああ」
欠伸。
「また新しい奴か?」
ベルナルドはそんなアウローラを見て目を丸くする。
「おおっ!獣人さんだ!」
「なんだよ」
「初めて見ました!」
「観光客丸出しだなテメェ」
「ははは!」
ベルナルドは全く気にしない。
むしろ楽しそうだった。
「皆さんも見たところ騎士団みたいだ!いやぁラッキーだなぁ~!こんなにたくさんの騎士団の人に会えるなんて!」
ケイスケは肩を竦めた。
「ちょうど休暇を満喫してる所だ」
そして顎をしゃくる。
「一緒に来るか?」
ベルナルドの目がさらに輝いた。
「いいんですか!?」
「また増えるのかー……」
アウローラがげんなりする。
エンツォは笑った。
「構わねえぜオッサン。せっかくだから色々案内してやらなきゃな」
「本当ですか!?」
ベルナルドは飛び上がる。
クリスティアンも微笑んだ。
「かまいませんよ。なっ、アウローラ」
全員の視線が集まる。
アウローラは頬を膨らませた。
「みんながそういうなら……仕方ねえなぁ」
「やったぁ!!」
ベルナルドは大喜びする。
そして
クリスティアン。
エンツォ。
アウローラ。
ケイスケ。
四人全員へ順番に握手を求めた。
「皆さんありがとうございます!!」
「よろしくな!」
「うるせぇ。テンション高ぇな」
「元気があっていいじゃねえか」
「よろしくお願いします!」
こうして休暇を過ごす一行に、新たな仲間。
ベルナルド・パヌッチが加わった。
もちろん誰一人として。
この人懐っこい観光客が、実は敵国カンプノウ騎士団の隊員であることなど知る由もなかった。
ベルナルド・パヌッチは、一人ひとりとの握手を終えると、笑顔を崩さないまま相手の手の感触を思い返していた。
(なるほど……。)
(握手をした感じ、そこの三人はD級が一人にE級が二人ってところか。)
表情は人懐っこい観光客そのもの。
だが、その思考だけは冷徹だった。
(あの程度じゃカンプノウ騎士団では荷物運びも出来ないな。)
心の中で小さく笑う。
しかし
(……しかし。)
ベルナルドの視線が、自然とクリスティアンへ向く。
父の展示を見つめる、その真っ直ぐな背中。
(パオロ・ビリンデッリの息子……。)
握手した時の感触を思い返す。
(身体能力だけならE級にも満たない。)
(だが……。)
彼の背筋に冷たいものが走った。
(なんだ、この違和感と悪寒は。)
(まるで特A級クラスの素質を秘めているかのような……。)
経験が告げていた。
理屈では説明できない”何か”が、この青年にはある。
ベルナルドは笑顔を崩さないまま、心の中だけで呟く。
(こいつは要注意だな……。)
(できれば、今のうちに始末しておきたい。)
その危険な考えを、誰も知る由はなかった。
「ん?」
ケイスケが首を傾げる。
「俺たちの顔になんかついてるか?」
ベルナルドは一瞬でいつもの笑顔へ戻る。
「いやいや〜。」
「改めて皆さんカッコいいなぁと思いまして!」
ケイスケは腹を抱えて笑った。
「ガハハハ!」
「正直な小僧だな〜!気に入った!」
アウローラは呆れたように肩をすくめる。
「お世辞に決まってんだろ、オッサン。」
「夢がねぇなぁ、お前。」
ケイスケが苦笑する。
--
そのまま一行は騎士団施設の一角を歩いていく。
訓練場の横を通ると、木刀の打ち合う乾いた音と教官の怒号が響いていた。
エンツォが胸を張る。
「ほら、あれが俺たちロッソ・ネーロの訓練だ。」
クリスティアンは食い入るように見つめる。
「あれは七番隊か?」
「七番隊はやはりレベルが高いな。」
統率の取れた連携。
一切無駄のない足運び。
若手精鋭の名に恥じない訓練だった。
ベルナルドは目を輝かせ、大袈裟なほど感激した様子を見せる。
「うおー!!カッコいい!!」
エンツォは満足そうにベルナルドの肩を組む。
「だろ!」
「でも俺のいる六番隊はこんなもんじゃないぜ!」
するとアウローラが鼻で笑った。
「へっ。大した訓練してねぇじゃねえか。」
「んだとクソ猫!」
エンツォがすぐさま噛み付く。
ケイスケは苦笑しながらアウローラの猫ヒゲを指でつまんだ。
「そういう言葉は、しっかり訓練に出てから言おうな。」
ぐいっ。
「うにゃああああ!」
「引っ張んなオッサン!!」
涙目で暴れるアウローラを見て、一同が笑う。
その笑顔の輪の中で、ベルナルドだけは冷静に訓練場を観察していた。
(ロッソ・ネーロ……。)
(いつも後方で雑務や支援を担当しているとは思っていたが。)
(本当に二流と学徒兵の集まりの部隊なんだな。)
その評価は、彼の中では変わらなかった。
やがてケイスケは遠くの丘を指差した。
「あっちで自由にやってるのが俺たちのネラッズーロだ。」
「訳あって、これ以上近くでは見せられんがな!」
ベルナルドは目を丸くする。
「ま、まさか!」
「秘密特訓ですか!?」
エンツォは呆れ顔で肩を落とした。
「いや。このオッサンもクソ猫もサボりだから、見つかると都合が悪いだけだ。」
「おい。余計なこと言うな。」
ケイスケが苦笑し、
「うるせぇ!」
アウローラが顔を真っ赤にして同時に叫ぶ。
その息の合った反応に、クリスティアンとベルナルドは思わず吹き出し、賑やかな笑い声が騎士団施設に響いた。




