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ビリンデッリの血〜東西大陸百年戦記〜  作者: エリカサファイア
episode3(vacation)

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episode3(vacation)Chapter4

「あー、お前と言い合いしたら俺も腹減ってきたぜ。」

エンツォは腹をさすりながら大きく伸びをした。


するとアウローラは待ってましたと言わんばかりに飛び跳ねる。

「ほらほら!早く飯にしようぜ!」

「腹減った腹減った!」

猫耳をぴこぴこと揺らしながら、ぴょんぴょんと先へ跳ねていく。


クリスティアンは苦笑した。

「しかし時間が中途半端だな……。」

「昼飯には遅いし、晩飯には早い。」

「軽く何か食うくらいだな。」


エンツォは顎に手を当てる。

「ならピッツェリアにでも行くか。」


その言葉に、アウローラの耳がぴくりと反応した。

「ピッツェリアだぁ?」

「サンパオロ出身のアタシはピッツァにはうるさいぜ。」

妖しく笑うその表情には妙な自信があった。


クリスティアンはどこか懐かしそうに空を見上げる。

「思い出すなぁ……。」

「特別な日には母様が父様の手作りの薪窯で焼いてくれたんだ。」


香ばしい薪の香り。

焼きたてを頬張った幼い日の記憶が蘇る。


アウローラは呆れたように肩をすくめた。

「まーたマザコン拗らしてんのか?」

「ピッツェリアならアタシに任せろ!」

「坊っちゃんの舌は信用ならねぇ。」


「なんだと!?」

エンツォが眉を吊り上げる。


アウローラはニヤリと笑った。

「サンパオロ風のピッツァが食える店があるんだ。」

「着いてこいよ。」


三人は路地裏へと入っていく。

賑やかな大通りから離れ、石畳の細い坂道を十分ほど歩くと、小さな木造の店が姿を現した。

看板も控えめで、知る人ぞ知る隠れ家といった趣だ。

扉を開けると、薪窯から漂う香ばしい香りが鼻をくすぐった。


アウローラは慣れた様子で手を振る。

「オッサン!」

「アランチーニとサンパオロ風のマリナーラ三人分だ!」


奥から白髭の店主が顔を出した。

「なんだ、アウローラか。」

「男二人も連れて景気がいいじゃねえか。」


アウローラは腕を組み胸を張る。

「ピッツァの味も知らないガキ共に、サンパオロ本場のピッツァを食わせてやろうと思ってな。」


店主は苦笑した。

「やれやれ。焼くのは俺だぞ。」

そう言って、冷えた炭酸水を三人の前へ置いた。

「待ってる間に喉でも潤しな。」


ほどなくして、揚げたてのアランチーニが運ばれてきた。

黄金色にこんがり揚がった丸いライスコロッケ。

ナイフを入れると衣が「サクッ」と軽快な音を立て、中から湯気とともに濃厚なトマトリゾットが姿を現す。

中心にはとろりと伸びるチーズ。

挽き肉の旨味と香草の香りが湯気に乗って広がった。


クリスティアンは目を丸くする。

「なんだこれ……。」


一口頬張る。

サクサクの衣の後に、もっちりとした米の甘み。

濃厚なチーズが口いっぱいにとろけ、トマトの酸味が全体を爽やかにまとめ上げる。


「うまっ……!」

エンツォも勢いよく食べる。

「中からチーズが溢れてきやがる!」

「これは止まらねえ!」


アウローラは幸せそうに尻尾を揺らした。

「ん〜〜♡」

「やっぱ揚げたて最高だぁ!」


三人が夢中で食べ終えた頃。

店主が大きな木皿を抱えて戻ってきた。


「待たせた。」

「サンパオロ風マリナーラだ。」


焼きたての生地は縁が大きく膨らみ、ところどころ香ばしい焦げ目が浮かぶ。

具材は驚くほど質素だった。

真っ赤なトマトソース。

刻んだニンニク。

オレガノ。

瑞々しいバジル。

黄金色に輝く上質なオリーブオイル。


チーズは一切使われていない。

だが薪窯で一気に焼き上げられたことで、小麦の香りとトマトの甘酸っぱい香り、ニンニクの食欲を刺激する香ばしさが店いっぱいに広がる。

見た目は素朴なのに、その香りだけで唾液が溢れてくる一枚だった。


エンツォは首を傾げる。

「マリナーラかよ。」

「チーズも乗ってねぇじゃねえか。」


そう言いながら一切れを口へ運ぶ。

途端に目を見開いた。

「な……。なんだこれ。」

「マリナーラなのに美味すぎるぞ。」


アウローラは得意げに笑う。

「これがサンパオロ本場のマリナーラよ。」

一口食べると頬が緩んだ。

「んー、おいし♡」


クリスティアンも夢中になって頬張る。

外は香ばしく、中は驚くほどもっちり。

噛むほどに小麦の甘みが広がり、トマトの旨味とニンニクの風味が一体となって押し寄せる。

シンプルだからこそ素材一つひとつの味が際立ち、気づけば次の一切れへ手が伸びていた。

「こんなうめぇピッツァはじめてだ!」


店主は豪快に笑った。

「全くよく食うガキ共だな。ロッソ・ネーロか?」


エンツォが親指で自分を指す。

「あぁ!俺は正規軍。」

「コイツは訓練生だ。」


アウローラはピッツァを頬張りながらニヤリと笑う。

「まぁ二人ともアタシより弱ぇけどな。」


「それはちょっとスランプだっただけだ!」

エンツォが即座に反論する。


クリスティアンも苦笑した。

「俺は勝っただろ。」


「ぐっ……。」

アウローラは言葉を詰まらせ、店内に笑いが広がる。


店主は三人を見渡し、少しだけ真面目な表情になった。

「ガハハ。」

「騎士団は意地張ってナンボだ。」

「そうでねえといけねえ。サンシーロを頼むぜ坊主共……。」

「そして死ぬなよ。手柄を挙げても死んだら何にもならねぇ。」


その一言には重みがあった。


エンツォが静かに尋ねる。

「オッサン……訳ありか?」


店主は少しだけ目を細め、笑って肩をすくめた。

「昔、息子がな……。」

「……って湿っぽい話になっちまったな。」

「未来のビアンコ・ネーロ達に俺から奢りだ。」


そう言って運んできたのは、ガラスの器に盛られたアフォガートだった。

濃厚なバニラジェラートの上へ、淹れたての熱いエスプレッソをたっぷりとかけたドルチェ。

冷たい甘さと、香り高いコーヒーのほろ苦さが溶け合い、大人の味わいを生み出している。


アウローラは両手を揉み合わせた。

「やりぃ!タダでドルチェ〜!」


クリスティアンはその様子を見て笑う。

「やっぱり女はドルチェが好きだな。」



--



店を出ると、夕暮れへと傾き始めた石畳の通りを、潮風がゆっくりと吹き抜けていった。

薪窯の香ばしい香りを背に、三人は満腹の余韻に浸りながら歩き始める。

その瞬間


「にゃんっ!?」


アウローラの身体が、不意に後ろへ引っ張られた。


「よし、サボりにゃんこ捕獲だな。ガハハハハ!」

豪快な笑い声が響く。


クリスティアンとエンツォが同時に振り返る。


そこには、大きな手でアウローラの首根っこを掴み、まるで悪戯猫でも捕まえたかのように持ち上げている男がいた。


短く刈り込んだ金髪。

東洋人特有の精悍な顔立ち。

肩には大剣を担ぎ、酒の匂いを漂わせながら豪快に笑っている。

ネラッズーロ第五十五番隊副隊長ケイスケ・ナガトモだった。


「全くよぉ。」

ケイスケは呆れたように肩を竦める。

「ただでさえサボり魔なのに、最近は特に酷ぇ……。」

そのままニヤリと笑い、クリスティアンへ視線を向けた。

「……そして、その理由が。」


クリスティアンは首を傾げる。

「え?」


ケイスケは意味深な笑みを浮かべた。

「そういうことか……エロにゃんこめ。」


「うにゃ〜っ!!」

アウローラが顔を真っ赤にして暴れ始める。

「離せぇ〜おっさん!!酒くせぇ!!」

ジタバタと四肢を振り回すが、ケイスケはまるで子猫を持ち上げるように微動だにしない。


クリスティアンは苦笑しながら頭を下げた。

「ケイスケさん!訓練上がりですか?」


「ん?」

ケイスケは胸を張る。

「俺か?」

一拍置いて、堂々と言い放つ。

「俺はサボって飲んでた。」


「…………。」


その場の空気が止まる。


エンツォは額に手を当てた。

「ネラッズーロはサボり魔しかいねぇのか……。」


アウローラも負けじと暴れる。

「おっさんもサボりじゃねえか!!」


「細けぇこと気にすんな。」

ケイスケは豪快に笑う。

「ちゃんと仕事は終わらせてから飲んでる。」


「それでも駄目だろ!」

エンツォが即座に突っ込む。


ケイスケは腹を抱えて笑った。

「ガハハハハ!真面目だなぁ坊主!」

そして三人を見渡しながら、どこか楽しそうに口角を上げる。


「なんだよ。」


「ガキ共三人じゃ心配だから、俺も混ぜろや。」


エンツォが鼻で笑う。

「なんだ、保護者面か?」


「当然。」

ケイスケは親指で自分を指した。

「この中じゃ最年長だ。」


クリスティアンは素直に頭を下げる。

「是非!色々サンシーロを教えてください!」


その真っ直ぐな返事に、ケイスケは満足そうに笑った。

「よしよし。そういう素直な奴は嫌いじゃねぇ。」



一方



首根っこをようやく解放されたアウローラは、耳をぺたりと伏せて肩を落としていた。

「また余計な男が増えた……。」


ぽつりと漏らしたその一言に、

クリスティアンは首を傾げる。

「ん?」


「な、なんでもねぇ!!」

アウローラは慌てて顔を背ける。

しかし、その尻尾だけは不満そうに左右へバシン、バシンと揺れていた。


その様子を見たケイスケとエンツォは顔を見合わせる。


「……。」

「……。」


次の瞬間。


「ガハハハハハ!!」

「ぶっ! 拗ねてやがる!」


二人は声を上げて笑い出した。


「笑うなぁぁぁ!!」

顔を真っ赤にしたアウローラの叫びが、夕暮れのサンシーロの街へと響き渡った。

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