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ビリンデッリの血〜東西大陸百年戦記〜  作者: エリカサファイア
episode3(vacation)

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episode3(vacation)Chapter2

市場の一角にある屋台食堂「フリアニ」。

港で水揚げされたばかりの魚介を、その場で調理して提供する人気店だ。

木製の簡素な椅子に腰掛けると、潮風と炭火の香りが食欲を刺激する。


「へへっ。この店は外せねぇんだ。」

アウローラが得意げに笑った。


ほどなくして、木皿が二人の前へ運ばれてくる。


皿いっぱいに並ぶのは、透き通るような白身の鯛と、艶やかに輝く真蛸。

薄く切られた身は朝日に照らされて宝石のように輝き、黄金色のオリーブオイルが表面を優しく包み込んでいる。

刻んだ香草と粗挽きの黒胡椒、搾りたての柑橘が香り立ち、まさに今朝港へ揚がったばかりだと一目で分かる鮮度だった。


「にゃーー!! これよこれ!! 美味しそう〜!」

アウローラは目を輝かせると、待ちきれない様子で鯛を一枚口へ運ぶ。

途端に耳がぴんっと立った。

「ん〜〜〜っ!!」

頬を押さえながら幸せそうに身体を揺らす。

「甘ぇ……!」

「噛むほど旨味が出てくる……!」


一方、クリスティアンは恐る恐る蛸を一切れ口にした。

「……!」

思わず目を見開く。

ぷりっと弾ける歯応え。

それでいて決して硬くなく、噛むたびに濃厚な海の旨味とほのかな甘みが口いっぱいへ広がっていく。

爽やかな柑橘の酸味が旨味を引き立て、香り高いオリーブオイルが全体を優しく包み込む。

後から香草の爽快な香りが鼻へ抜け、もう一切れ、もう一切れと箸が止まらない。


「すげぇ……。」

思わず呟いた。

「海鮮って割と苦手だったけど……こんな美味かったんだな。」


アウローラは得意満面に笑う。

「こんな新鮮なもんはここでしか手に入らねぇからな!」

「そりゃ美味ぇに決まってるぜ!」


その時、店の奥から大きな鍋を抱えた大将がやって来た。

「朝からよく食う猫だな。」

呆れたように笑いながら、大鍋を二人の前へ置く。

「ほらよ。今日一番のカチュッコだ。」


鍋いっぱいに盛られていたのは、その日水揚げされた魚介を惜しげもなく使った豪快な漁師料理。

真っ赤なトマトのスープには、鯛、蛸、海老、貝、白身魚がこれでもかと煮込まれ、魚介の旨味が溶け込んだ湯気が立ち昇る。

香草とニンニクの香りが食欲を刺激し、焼き立てのパンまで添えられていた。


クリスティアンは熱々のスープを一口飲む。

「……!」

魚介の濃厚な旨味が一気に押し寄せた。

トマトの程よい酸味が全体をまとめ、貝の出汁、海老の甘み、白身魚の上品な旨味が幾重にも重なっていく。

身体の芯から温まるような優しい味だった。

「なんだこれ!!美味すぎる!!」

夢中でパンを浸し、何度も口へ運ぶ。


アウローラも負けじと豪快に頬張っていた。

「やっぱり朝の市場で食う飯は最高だぜ!」

耳も尻尾も嬉しそうに揺れている。


食べながら周囲を見渡したクリスティアンは思わず笑った。

「しっかし……猫獣人多いな。」

市場のあちこちで猫獣人たちが夢中になって魚を頬張っている。


アウローラは鼻を鳴らした。

「当然だ。」

「新鮮な魚じゃねぇとアタシ達猫獣人は納得しねぇからな。」


クリスティアンは苦笑する。

「威張ることかよ。」


「へっ。」

アウローラは胸を張ったまま笑う。

「よし!腹も膨れたし海に行こうぜ!!」


そう言うや否や、クリスティアンの手首を掴み、そのまま勢いよく駆け出した。


「お、おい!」

二人が走り去ろうとした瞬間…


「おいクソ猫!!」

店の大将が怒鳴る。

「金払えーーーっ!!」


「あっ。」

アウローラは舌を出して笑った。

「忘れてた!」


「忘れるな!!」

市場中に笑い声が響いた。



--



食事を終えた二人は、港から少し離れた静かな砂浜へやって来た。

朝の海は穏やかだった。

寄せては返す波が一定のリズムを刻み、潮風が心地よく頬を撫でる。

水平線では朝日が海面を黄金色に照らしていた。


アウローラは砂浜へごろんと寝転がる。

「朝はこの砂浜で寝るのが格別なんだ。」

猫のように身体を丸め、気持ち良さそうに目を閉じる。


クリスティアンも隣へ腰を下ろし、静かな海を眺めた。

「あぁ……。潮風が気持ちいいな。」

そう呟いて横を見ると――


「すぅ……すぅ……。」


アウローラはもう寝息を立てていた。


クリスティアンは思わず吹き出す。

「ったく。」

「俺をここに連れてきたくて無理して早起きしてくれたんだな。」

優しく笑いながら、そっとアウローラの背中を撫でる。


すると猫耳がぴくりと動いた。

「むにゃあ〜……。」

「クソガキ〜……勝負だぁ……。」


寝言だった。


クリスティアンは肩を震わせる。

「夢の中でまで俺と戦うのかよ。」


するとアウローラは幸せそうな顔のまま、さらに寝言を続ける。

「勝ったら……ちゅーしろ〜……。」

「ちゅー……。」


クリスティアンは固まった。

一拍置いて、頬が少しだけ赤く染まる。

「……ただの寝言だよな?。」


穏やかな波音だけが響く砂浜。

クリスティアンは膝の上で気持ち良さそうに眠るアウローラを見つめ、小さく笑っていた。

その時だった。


「おっ! クリスティアンじゃねえか!!」


後ろから聞き慣れた声が飛んでくる。

振り返ると、額に汗を浮かべながら軽く息を弾ませたエンツォが立っていた。

どうやら朝のランニングの途中らしく、肩には汗拭き用の手拭いを掛けている。


「エンツォ?」

「お前こんな所で何してんだ?」


クリスティアンは苦笑いしながら、自分の膝で丸くなって眠るアウローラを指差した。

「こいつの付き添いでな。」


エンツォはその光景を見て思わず目を丸くする。

「なんだお前ら……。」

「いつの間にそんな仲になったのか?」

ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべながら肘でクリスティアンを小突く。


クリスティアンは肩を竦めた。

「ただの腐れ縁だよ。」


「へぇ〜?」

エンツォはなおも疑わしそうな視線を向ける。

「猫女が他人の膝で寝るなんざ初めて見たぜ。」


「だから違うって。」

クリスティアンは苦笑するしかなかった。


エンツォも笑いながら二人の隣へ腰を下ろす。

「そういやフランコの野郎から休暇を貰ったらしいな?」

「しっかり休めてるか?」


クリスティアンは少し考えてから答えた。

「休んではいるんだが……。」

「実りのある休暇を過ごせてるかはわからねぇ。」

遠くの水平線を眺めながら続ける。

「今の所、ビアンコ・ネーロの訓練を見学してからは……。」

膝の上のアウローラを見下ろす。

「アウローラと飯食ってばかりだ。」

自嘲気味に笑った。


エンツォは「なるほどな」と頷く。

「そうか。なら俺がサンシーロを案内してやるか!」

立ち上がりながら親指で自分を指差す。

「ちょうど今日は俺も休みだ。」


そう言うと、眠っているアウローラの前まで歩いて行き


「おら起きろクソ猫!」


軽く頭を小突いた。


「うにゃあっ!!」

アウローラは猫耳をぴんっと立てて飛び起きる。

「な、なんだぁ!?」

寝ぼけ眼のまま周囲を見回し、エンツォを見つけるとニヤリと笑った。

「なんだ〜。」

「アタシに完敗したロッソ・ネーロの坊っちゃんじゃねえか。」

挑発するように牙を見せる。

さらにエンツォの首へ視線を向けると、口元を歪めた。

「おっ。なかなかイカしてるぜ。その首の痣。」

野試合で叩き込んだ木刀の痕はまだ薄く残っていた。


エンツォの額に青筋が浮かぶ。

「……いつ会ってもムカつく猫だな。」

拳を握るエンツォ。


アウローラも負けじと睨み返す。


一触即発…


その空気を見て、クリスティアンは苦笑しながら二人の間へ割って入った。

「おいおい。」

「今日は乱闘じゃなくて観光だろ。」


その一言で、エンツォは「そうだった」と鼻を鳴らす。

「そうだそうだ。」

クリスティアンの肩へ腕を回しながら笑った。

「着いてこいクリスティアン!」

「この食い意地張った猫と違って、飯以外もサンシーロを隅々まで案内してやる。」


「おい!」

アウローラが頬を膨らませる。


エンツォは構わず歩き始めた。

クリスティアンも苦笑しながらその後を追う。


取り残されたアウローラは、小さく唇を尖らせた。

「ちぇ……。二人きりだったのに。」

しかし次の瞬間には、慌てて立ち上がる。

「待てコラァ!!」

「アタシも連れてけーーーっ!!」

猫耳と尻尾を忙しなく揺らしながら、二人の後を全力で追いかけていった。

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