↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ビリンデッリの血〜東西大陸百年戦記〜  作者: エリカサファイア
episode2(SanSiro)

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

54/125

episode2(SanSiro)Chapter23

店を出ると、午後の陽射しが石畳を明るく照らしていた。

満腹感と焼肉の余韻に包まれながら歩くクリスティアンだったが、その肩はこれ以上ないほど落ち込んでいた。

財布を握り締めたまま、何度もため息を吐く。


その横でアウローラは腹を抱えて笑っている。

「ぎゃははははは!!」

「伝票見た瞬間のお前の顔!!」

笑いすぎて涙まで浮かべながら腹を叩く。

「最高だったぜ!」


クリスティアンは頭を抱えた。

「うるせぇ!!」

「あれランチセットだろ!?」

「あんな高級だなんて思うか普通!」


アウローラはニヤニヤしながら肩を竦める。

「トラットリアや田舎飯と一緒にすんじゃねぇよ。」

「サンシーロでまともな飯食おうと思ったら、基本あのくらいの値段だぜ。」


「都会って恐ぇ……。」

クリスティアンは遠い目をした。

そして拳をゆっくり握る。

「……。」

「一日も早くロッソ・ネーロ……。」

首を横に振る。

「いや。」

「ビアンコ・ネーロに行かなきゃいけねぇな。」

静かに呟く。

「女に飯一つまともに奢れねぇようじゃ話にならねぇ。」


その言葉に、アウローラの笑みが少しだけ消えた。

複雑そうな表情でクリスティアンを見つめる。

少しだけ視線を落とし、小さく口を開いた。

「……なぁ、クソガキ。」

「ん?」

「別に出世なんかしなくたってさ。」

アウローラは照れ隠しのように前を向いたまま話す。

「ネラッズーロなら、お前の腕だったらあのくらいの飯なんて毎日でも食えるんだぜ。」

少し笑って続ける。

「いいじゃねぇか。傭兵だって別に。」


クリスティアンはしばらく黙って歩いた。

やがて静かに答える。

「……そうだな。」

「それも考えたことはある。」


その一言だけで、アウローラの猫耳がぴんと立った。

「ほんとか!?」

嬉しそうにクリスティアンの前へ回り込む。

「だったらよ!」

満面の笑みを浮かべた。

「ネラッズーロに来てアタシと組めよ!」


期待に満ちた瞳。

だがクリスティアンはゆっくり首を横へ振った。

「でも。それは出来ねぇ。」

真っ直ぐ前を見る。

「俺は父様みたいな剣士になりに来たんだ。」

「金を稼ぎに来たわけじゃない。」

拳を握る。

「やっと……。」

その瞳が強く輝く。

「やっと何か掴みつつあるんだ。」


その真っ直ぐすぎる眼差しに。

アウローラは言葉を失った。

(……また。その目だ。)

思わず見惚れてしまう。

どこまでも真っ直ぐで。

眩しいほど真剣な瞳。


クリスティアンは笑みを浮かべると、ぽん、とアウローラの肩を軽く叩いた。

「出世してから。必ずもっと美味いもん奢ってやる。」

照れ臭そうに笑う。

「それまで待っててくれな。」


「────。」

アウローラの耳まで真っ赤になった。

尻尾がぶわっと膨らむ。

「う……。」

両頬を両手で押さえながら顔を逸らす。

「うるせぇ……。」

声が震えていた。

「出世してから生意気なこと言いやがれ、このクソガキ……。」


クリスティアンは照れた様子にも気付かず、大きく伸びをした。

「こうしちゃいられねぇ!」

勢いよく振り返る。

「俺には一週間しか余裕がねぇんだ!」

「もっと色んな人と!」

「もっと色んな体験をしなきゃいけねぇ!」

手を振る。

「ヤキニク美味かったよ!」

「ごちそうさん!」

そのまま勢いよく街の中へ駆け出していった。


「お、おい!!」

アウローラは慌てて呼び止める。

しかしクリスティアンは振り返ることなく、人混みの中へ消えていった。

「……ったく。」

小さくため息を吐く。

「人の気も知らねぇで。」

少し俯き、頬を指先で掻いた、その時だった。


「見つけたぞぉぉぉ!!」


後ろから数人の腕が一斉に伸びる。

「うにゃっ!?」

アウローラはあっという間に羽交い締めにされた。

「な、なんだお前ら!」


振り返ると、そこにはネラッズーロの傭兵たちが青筋を立てて並んでいた。

一人が怒鳴る。

「今日こそ捕まえたぞ、このサボり猫!!」

「たっぷりサボった分、今日は扱いてやる!!」


「うにゃぁぁぁ!!」

アウローラは必死にもがく。

「傭兵なんだから自由だろうがぁぁ!!」


別の傭兵が額に青筋を浮かべた。

「テメェは自由じゃねぇ!」

「サボりすぎなんだよ!!」

さらに首根っこを掴み直す。

「今日はまともな晩飯食えると思うなよ!」


「うにゃぁぁぁぁぁ!!」

「やめろぉぉぉぉ!!」

猫耳をばたばたさせながら引きずられていくアウローラ。

その悲鳴がサンシーロの街角にいつまでも響き渡り、通行人たちは苦笑しながらその光景を見送っていた。



--



夕暮れが近づき始めたサンシーロの街は、今日も人々の活気に満ちていた。

白い石畳の大通りには露店が並び、焼きたてのパンの香り、果物を売る威勢のいい声、遠くから聞こえる楽団の演奏が絶え間なく流れている。


クリスティアンは剣を肩に担ぎながら、あてもなく街を歩いていた。

「そういえば……サンシーロに来てから街並みなんてまともに歩いてなかったな。」

思わず苦笑する。


朝から晩まで訓練。

休みの日ですら本を読み、見学へ行き、鍛錬を繰り返す毎日。


街を見る余裕など一度もなかった。

ゆっくりと歩いていると、改めて気付く。


人の多さ。

そして、その多様さに。

銀髪の商人。

褐色肌の旅人。

東方風の衣装を纏った女性。

長い耳を持つ亜人。

猫耳や狼耳を持つ獣人。


様々な言語が飛び交い、笑い声が響く。


「……本当に色んな奴がいるんだな。」


辺境のデッレ・アルピ村では決して見られない光景だった。

サンシーロは、西大陸最大の都市。

世界中から人も文化も集まる都なのだ。


クリスティアンは空を見上げ、小さく呟く。

「父様も……ここを歩いたのかな。」


英雄と呼ばれた父。

若き日のパオロも、この石畳を歩き、仲間と笑い、訓練へ向かった日々があったのだろうか。

そう考えると、不思議と胸が熱くなった。


その時だった。

広場の向こうから元気な声が聞こえる。


「パス! パスだ!」

「決めろー!」


数人の子供達が、公園で一つの革のボールを夢中になって追い掛けていた。

足で蹴り、笑い合い、転び、それでも立ち上がる。


「おっ。」

クリスティアンの頬が緩む。

「流石サンシーロのど真ん中だ。カルチョも盛んなんだな。」

子供達は憧れの騎士を真似るように駆け回り、歓声を上げる。

戦争を忘れさせるほど平和な光景だった。


クリスティアンはしばらく立ち止まり、その様子を眺める。

「……戦争してるなんて嘘みてえだ。」

思わず漏れたその言葉。

だが、その穏やかな空気は、一瞬で破られた。


「あなた……。」

震える女の声。

続いて幼い声が響く。

「父様!!」


クリスティアンは振り返る。

宮廷からの遣いと思われる男が、一人の女性へ小さな革袋を静かに手渡していた。

女性の手から袋が滑り落ちる。

中から転がったのは

銀貨五枚。

女性は銀貨を震える手で拾い集める。

その横では幼い子供が母親の服を掴みながら泣き叫んでいた。

「父様ぁぁぁ……。」


遣いの男は深々と頭を下げると、何も言わず去っていく。

残された親子の嗚咽だけが静かに響いた。

その光景を見た瞬間

クリスティアンの脳裏に、あの日の記憶が蘇る。


村に戻ってきた父パオロ。

血に染まった鎧。

そして凛として振る舞った母アンジェリカ。

自分が泣きながら父の手を握った、あの日。


「……。」


クリスティアンはゆっくりと胸の前で十字を切った。


「アーメン。」


静かな祈りだった。

誰にも届かなくてもいい。

せめて、名も知らぬ騎士の魂が安らかであるように。

そして、その家族が少しでも前を向けるように。

賑やかな街の喧騒の中で、その祈りだけが静かに空へと溶けていった。


「1日も早く…俺が出世して終わらせます」


誓いを新たにし、クリスティアンはサンシーロの街を歩く。






episode2(SanSiro)  fin

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。