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ビリンデッリの血〜東西大陸百年戦記〜  作者: エリカサファイア
episode2(SanSiro)

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episode2(SanSiro)Chapter22

店内の中央には、黒く磨き上げられた鉄網が据えられた卓が並び、炭火の熱気がゆらゆらと揺れていた。

東洋の香辛料と肉の焼ける匂いが店いっぱいに漂い、昼時の店内は活気に満ちている。


アウローラは勝手知ったる様子で席に腰を下ろすと、尻尾を機嫌よく左右に揺らした。

「ほら、座れ座れ!」


クリスティアンは恐る恐る椅子に腰掛け、卓の中央を見つめる。

「……網?」


「へへっ。」

アウローラはニヤリと笑った。

「こいつに肉を乗せて焼くんだよ。焼けたらこのタレにつけて食う。簡単だろ?」

「自分で焼く料理なのか……。」

「そうだ! 焼き加減も腕の見せ所ってやつよ!」


その時、奥の厨房から威勢のいい声が響く。


「お待たせ!」


店主のザッペラが、大きな木製の盆を抱えて現れた。

「ランチセットAだ!」


卓いっぱいに料理が並べられる。

真っ白に艶めく炊き立ての白米。

胡麻油がほんのり香る新鮮なサラダ。

真っ赤な唐辛子に染まり、白菜や大根から瑞々しい水分が滲むキムチ。


そして


美しく薄切りにされた牛タン。

薄桃色の肉には細かな霜が入り、一枚一枚が宝石のような艶を放っている。

レモンが添えられ、小皿には果実の甘みと醤油、ニンニクを合わせた特製ダレが注がれていた。

見るだけで食欲を刺激される一皿だった。


「うわぁ〜!!」

アウローラの耳がぴんと立つ。

「これこれぇ!!」

目を輝かせ、尻尾まで嬉しそうに揺れている。


一方クリスティアンは箸を手にしながら首を傾げた。

「見たことない肉だ……。」

そして白米を見る。

「それに……ライスと一緒に食うのか?」


「当たり前だろ!」

アウローラはトングを手に取る。

「ほら焼くぞ!」


ジュワッ!!


牛タンが網に乗せられた瞬間、脂が炭火へ滴り落ちる。

「ジューーーッ!」

心地よい音とともに白い煙が立ち昇った。


炭火の香ばしい香り。

肉が焼ける芳醇な匂い。


脂が焦げる甘い香りに、ガーリックと醤油ダレの香りまで混ざり合い、店中へと広がっていく。


食欲を刺激するその匂いは、まるで理性を奪う魔法のようだった。

クリスティアンの腹が再び鳴る。

「ぐぅぅぅ……。」


「ぎゃははは!」

アウローラは腹を抱えて笑った。

「いい反応じゃねぇか!」


牛タンを裏返す。

焼き色はほんのり狐色。

肉汁が表面にじわりと浮かび上がり、一番美味しい瞬間を迎える。

「ほら。」

小皿へそっと乗せる。

「食えよ。」


クリスティアンは恐る恐る箸で掴み、タレへ軽くくぐらせた。

そして一口。


「……!!」


歯が入った瞬間。

驚くほど柔らかい弾力。

噛むたびに牛タンの濃厚な旨味が溢れ出し、肉汁が口いっぱいに広がる。

そこへ追いかけるように、果実の甘みを感じるフルーティーな特製ダレ。

さらにニンニクの香ばしい風味が鼻へ抜け、炭火で焼かれた香りが肉本来の旨味を何倍にも引き立てる。


思わず白米を頬張る。


艶やかな米粒が肉汁を受け止め、牛タンの旨味と混ざり合うことで、また新たな甘みが口の中に広がっていく。


「……すごい。」


クリスティアンは箸を止めた。

「久しぶりに……こんな美味い飯を食った……。」

その表情には、心からの感動が浮かんでいた。


アウローラは満足そうにニヤリと笑う。

「へへっ。」

次々と牛タンを網へ並べながら言う。

「テメェら訓練生は毎日まっずい飯しか食えねぇだろ?」

器用に肉を返し、焼き上がるたびにクリスティアンの皿へ放り込んでいく。

「どうだ? 美味すぎてイッちまったか?」

さらにもう一枚。

「ほらほら! 遠慮しねぇでどんどん食え!」


クリスティアンは夢中になって頬張り続けた。

その様子を見ていたザッペラは腕を組み、豪快に笑う。

「ガハハハ!」

「おめぇ、中々の焼肉奉行なんだな。」


アウローラは胸を張り、鼻を鳴らした。

「当然だろ!」

猫耳をぴくりと動かしながら得意げに笑う。

「ヤキニクは焼く奴で味が決まるんだよ!」


ザッペラは豪快に笑いながら再び厨房へ引っ込むと、間もなく大きな木皿を抱えて戻ってきた。

「まだ終わりじゃねぇぞ!」

卓へ皿を置く。

「ほら、ハラミと牛カルビだ!」


皿いっぱいに並べられた肉は、どれも”並”のランチセットとは思えない品質だった。


ハラミはきめ細かな繊維の間に肉汁をたっぷりと蓄え、深紅の赤身が艶やかに輝いている。


牛カルビは細かな霜降りが美しく入り、白い脂が体温だけでゆっくりと溶け出しそうなほど新鮮だった。


「これが……並?」

クリスティアンは思わず息を呑む。

「村の祭りでもこんな肉見たことねぇ……。」


ザッペラは胸を張る。

「東洋じゃランチでも手は抜かねぇ。」

「安くても美味ぇ。それがうちの流儀よ。」


アウローラはもう待ちきれない様子でトングを握った。

「よっしゃ!!第二ラウンドだ!!」


ジュワァァァァッ――。


ハラミが網に触れた瞬間、炭火が勢いよく燃え上がる。

立ち昇る白煙。

脂が炭へ落ちるたび、香ばしい煙が店中へ広がっていく。


続いてカルビ。


「ジュゥゥゥゥッ!」


霜降りの脂が音を立てて溶け始め、甘く濃厚な香りが鼻を突き抜けた。

香ばしい炭の匂い。

肉汁の甘い香り。

醤油ダレとニンニクの刺激的な風味。

その全てが混ざり合い、食欲を容赦なく刺激する。


クリスティアンの喉が鳴った。


「ごくっ……。」


アウローラは肉を次々と返していく。

焼き加減は絶妙。


「ほら!」

「ハラミは焼き過ぎんな!」

「カルビは脂を軽く落として……よし!」


焼き上がるたびにクリスティアンの皿へ放り込む。


「食え食え!」

「冷める前が一番美味ぇ!」


「いただきます!」

クリスティアンはまずハラミを頬張った。

「……っ!!」


噛んだ瞬間、程よい弾力。

肉を噛み締めるほど濃厚な赤身の旨味が溢れ出し、肉汁が口いっぱいへ広がる。

そこへ果実の甘みを感じる特製ダレが重なり、最後に炭火の香りが鼻を抜ける。

「うまい……。」

思わず白米をかき込む。

肉汁をまとった米粒がさらに旨味を引き立てる。

止まらない。


続いてカルビ。

「……!」

歯を立てた瞬間、脂がとろけた。

甘い脂が舌の上で溶け、赤身の力強い旨味と一体になる。

濃厚なのにしつこくない。

炭火で余分な脂が落ちているため、何枚でも食べられそうだった。

「すごい……。」

クリスティアンは夢中で箸を動かす。


一枚。

また一枚。

白米。

カルビ。

ハラミ。

キムチ。

また白米。


止まらない。


「ははは!」

アウローラは嬉しそうに笑いながら焼き続ける。

「もっと食え!」

「今日は育成部のメシの三日分くらい食わせてやる!」


「お、おう!」

クリスティアンも遠慮が消え、次々と頬張っていく。


ザッペラは腕を組みながら満足そうに頷いた。

「いい食いっぷりだ。」


やがて肉を平らげると、ザッペラが小さなガラスの器を二つ持ってきた。

「ほら。デザートだ。」


中には淡い黄色の氷菓子。

細かな氷が陽の光を受けて宝石のように輝いていた。


「柚子のシャーベットだ。」


その瞬間。

アウローラの耳がぴんと立つ。


「これこれぇ!!」


まるで年頃の少女のように目を輝かせた。

「食った後のこれがアタシは大好きなんだ!」

嬉しそうにスプーンを握る。


クリスティアンも一口。


「……!」


シャリッ。


細かな氷が心地よく砕ける。

ジェラートとは違う軽やかな食感。

柚子特有の爽やかな香りが口いっぱいへ広がり、焼肉の余韻を優しく洗い流していく。

甘さは控えめ。

しかし柑橘の爽快感が心地よく、身体の奥から涼しくなるようだった。


「これも……美味い。」


思わず笑みが零れる。


アウローラも幸せそうに尻尾を揺らした。

「あぁ〜美味ぇ〜。」

「アタシはジェラートも好きだけど、ヤキニク後のシャーベットに勝る氷菓子はねぇな。」

満面の笑みだった。


クリスティアンは器を見つめながら静かに呟く。

「サンシーロ料理以外の飯は初めてだった……。」

「美味すぎた。」

心から漏れた一言だった。


アウローラは得意げに鼻を鳴らす。

「へっへ〜。」

「サンシーロにはまだまだ美味ぇモンが山ほどあるからな!」

胸を張りながら笑う。

「アタシが色々連れてってやんよ!」


その様子を見ていたザッペラは、口元を緩めた。

(猫娘……。)

(ありゃ完全に惚れてやがるな。)

長年店を営んできた勘は、そう告げていた。


クリスティアンは席を立つ。

「ごちそうさまでした。」

そしてザッペラを見る。

「いくらですか?」


その瞬間。アウローラが片手を上げ、制した。

「待った。」

ニヤリと笑う。

「へっ。訓練生如きに一ココ(通貨単位)すら出させるかよ。」

胸を張る。

「素直に格上のネラッズーロ様に奢られとけ。」


だがクリスティアンは真顔だった。

「いや。」

首を横に振る。

「流石に女に出させるわけにはいかねえよ。」


「……。」

アウローラの耳がぴくりと震えた。

頬がみるみる赤く染まる。

「な……なんだよ。」

視線を逸らしながら小さく呟く。

「女扱い……してくれんのか?」


クリスティアンは当たり前のように答えた。

「人だろうが猫だろうが女は女だ。」

そしてザッペラへ向き直る。

「おじさん、会計は俺にくれ。」


ザッペラは豪快に笑った。

「ガハハハ!」

「よく言った、小僧。それでこそ男だ。」

伝票を差し出す。

クリスティアンは受け取り、金額を見た。


「…………。」


その場で固まった。

顔から血の気が引いていく。


アウローラはその様子を見て一瞬で察し、肩を落とした。

「……いいよ。」

苦笑いを浮かべながら財布を取り出す。

「アタシが出すよ。」

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