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ビリンデッリの血〜東西大陸百年戦記〜  作者: エリカサファイア
episode2(SanSiro)

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episode2(SanSiro)Chapter21

軽い組み手はなおも続いていた。


笑い声。

軽口。

木剣がぶつかる乾いた音。


そのどれもが自然に混ざり合い、訓練場には穏やかな空気が流れている。


そんな中、マーク・フェラーラ隊長が手を叩いた。

「よし!」

隊員たちの視線が自然と集まる。

「少し早いが終わりにしよう。」

マークは肩を回しながら笑った。

「テメェら、遊びすぎて逆に疲れ溜めんじゃねえぞ!」


その一言に、ブラージが腹を抱えて笑う。

「そりゃ違ぇねえや!」


別の隊員も木剣を肩へ担ぎ、


「ギャハハハ!」

「今日は喋りすぎたな!」

「隊長のせいで余計疲れましたよ!」

「知らねぇ!酒飲めば治る!」


訓練場は再び笑いに包まれた。

マークは苦笑しながら頭を掻く。

「ったく……。じゃあ解散!」

「家族サービスする奴はちゃんと帰れ!」

「飲みに行く奴は飲みすぎるな!」

「明日二日酔いで来たら承知しねぇぞ!」


「無理です隊長!」

「最初から諦めんな!」

また笑いが起こる。


クリスティアンは、その光景をただ静かに見つめていた。

するとマークがこちらへ歩いてくる。


「坊主。」


クリスティアンは姿勢を正した。


「はい!」


マークは穏やかに笑う。

「というわけで、俺たちはこれでアガる。」

「退屈だっただろ?」


クリスティアンは勢いよく首を横に振った。

「いえ!」

そして深々と頭を下げる。

「貴重な機会を、本当にありがとうございました!」


マークは満足そうに頷いた。

「そうか。」

「なら来た甲斐はあったな。」

そう言い残し、隊員たちの元へ戻っていく。


やがてブラージも荷物をまとめながらクリスティアンの前へやって来た。

「クリスティアン。」

「はい!」

ブラージは柔らかな笑みを浮かべる。

「ビアンコ・ネーロまで上がってきてください。」

「そして……。」

少しだけ遠くを見るような目になる。

「その時、我々が生きていたら。」

「一緒に酒でも飲みましょう。」

そう言って軽く手を振る。

「では!」

「はい!」

クリスティアンも敬礼で応えた。


ブラージは仲間たちと笑い合いながら訓練場を後にし、そのまま酒場のある街へ消えていく。

楽しそうな笑い声は、しばらく風に乗って聞こえていた。


一人残されたクリスティアンは、その背中を見送りながら小さく呟く。

「……生きてたら、か。」

その何気ない一言が胸に残る。


ビアンコ・ネーロの騎士たちは、死を恐れていないわけではない。


明日生きている保証がないことを知っているからこそ、今日という一日を仲間と笑い、家族と過ごし、酒を酌み交わすことを大切にしているのだ。


クリスティアンは静かに拳を握った。

「強さだけじゃない……。」

「これが、ビアンコ・ネーロ……。」



--



ビアンコ・ネーロ第二番隊の訓練場を後にしたクリスティアンは、ゆっくりと石畳の大通りを歩いていた。


昼下がりのサンシーロは、訓練場とはまるで別世界だった。

露店では焼き立てのパンが香りを漂わせ、果物屋には色鮮やかな果実が山積みにされている。

仕立て屋では貴族らしき夫婦が服を選び、子供達は木剣を振り回しながら騎士ごっこに夢中になっていた。

酒場からは昼間だというのに陽気な笑い声が漏れ聞こえ、楽師が奏でる軽快な音楽が街角に響いている。


「……。」


クリスティアンは静かに街を見渡した。

(これが……父様が守ってきた街。)


ビアンコ・ネーロ第二番隊。

彼らは命のやり取りをする最前線の騎士とは思えないほど自然に笑い、仲間と冗談を交わし、明日を疑うことなく日常を楽しんでいた。

だが、その何気ない動作一つひとつに隙はなく、雑談をしながらでも組み手は寸分の狂いもなかった。

「あんな人達が……最前線で戦っている。」


思わず拳を握る。

「俺も……いつかあそこへ。」

胸の奥で、新たな憧れが静かに燃え始めていた。


しばらく歩いていると、不意に腹が鳴る。


「ぐぅぅぅ……。」


クリスティアンは頭を掻いた。

「腹減ったな……。」

朝から歩き回り、見学に夢中になっていたせいで、何も口にしていなかった。

「食堂でも行くか。」

宮廷の食堂なら訓練生でも安く食事ができる。

そう考えて踵を返した、その時だった。


「──おい!! クソガキ!!」


甲高く、聞き覚えのある声が街中に響いた。

クリスティアンが振り返る。

通りの向こうで、大きく手を振っている少女がいた。

猫耳をぴこぴこと動かしながら満面の笑みを浮かべる獣人。アウローラだった。


「おーい!! こっちこっち!」


クリスティアンは思わず苦笑する。

「なんでお前がこんな所にいるんだよ……。」


アウローラは人混みを器用に縫うように駆け寄ると、そのまま目の前まで来て腰に手を当てた。

「なんだ?」

ニヤリと笑う。

「サボりか?」


「違う。」

クリスティアンも負けじと言い返す。

「俺は勉強で忙しいんだ!」

胸を張って言った、その瞬間。

「ぐぅぅぅぅぅ……。」


腹の虫が盛大に鳴いた。


一瞬の沈黙。

そして。


「…ぎゃはははははは!!」

アウローラは腹を抱えて大爆笑した。

「なんだよその腹!! 全然説得力ねぇじゃねぇか!」


「う、うるさい!」

クリスティアンは顔を赤くする。

「笑うな!」


「無理だ!」

涙を浮かべながら笑い続ける。


「腹減ってんのか?」

「……悪いか。」

「悪くねぇ!」


アウローラはニヤリと笑った。

「ならちょっと付き合え!」


「え?」

返事を待つことなく、クリスティアンの腕をがっしりと組む。

「ちょ、おい!」

「行くぞ!」

「引っ張るなって!」

「問答無用!」

そのまま人混みを突き進んでいく。


「お、おいアウローラ!」

「黙ってついて来い!」

「どこ行くんだよ!」

「いいから!」


猫耳を嬉しそうに揺らしながら、アウローラはどんどん歩いていく。

十分ほど歩いた先。

一軒の見慣れない店の前で足を止めた。


大きな赤い暖簾。

木造の重厚な建物。

看板には見慣れない文字と共に、共通語でこう書かれていた。


『東洋料理 レッドダイヤモンド』


店先からは炭火の香ばしい香りが漂ってくる。

クリスティアンは思わず鼻を動かした。

「……いい匂いだ。」


アウローラは得意げに笑う。

「へっへ〜。」

「一人だとなかなか来れねぇからな。」

少し照れ臭そうに鼻を擦る。

「だからってケイスケのおっさんと二人ってのも嫌だし。」

そう言うとクリスティアンの腕をさらに引っ張った。

「おい、入るぞ!!」


勢いよく扉を開ける。


カラン、カラン。


店内へ軽快な鈴の音が響いた。

奥から恰幅の良い店主が顔を出す。

「いらっしゃ…」

店主はアウローラを見るなり目を丸くした。

「……ん?」

すぐにニヤリと笑う。

「猫娘〜! 男連れとは珍しいじゃねぇか!」


アウローラはウインクしながら親指でクリスティアンを指した。

「サンシーロの飯しか知らねぇ田舎モンに、東洋の飯を食わせてやろうと思ってな。」


店主は顎を撫でながら二人を交互に見る。

「そういや今日はカップル割やってるんだが……。」

口元を妖しく歪めた。

「お前ら、カップルってことでいいのか?」


「い、いや!」

クリスティアンは慌てて両手を振る。

「そ、そんな関係じゃ……」


その瞬間だった。

「ダーリン♡」

アウローラが満面の笑みでクリスティアンの腕に思い切り抱きつく。

巨乳の柔らかな感触が腕に伝わり、クリスティアンの身体が固まる。

「いっぱい美味しいお肉食べよ♡」

猫撫で声で甘えるように身体を擦り寄せる。


「なっ……!」

クリスティアンは耳まで真っ赤になる。

「お、お前何言って!」


店主は豪快に笑った。

「ガハハハハ!!」

「敵わねぇな!」

腹を抱えて笑いながら親指を立てる。

「いいさ! 特別にカップル割にしといてやる!」


「やりぃ〜!」

アウローラは嬉しそうに拳を突き上げた。

「サンキュー、ザッペラのおっさん!」


「まったく調子のいい猫だ。」

ザッペラは笑いながら二人を席へ案内した。

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