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ビリンデッリの血〜東西大陸百年戦記〜  作者: エリカサファイア
episode2(SanSiro)

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episode2(SanSiro)Chapter19

――三か月後。


季節は移り、訓練所を吹き抜ける風にも少し冷たさが混じり始めていた。

魔法訓練所の扉が静かに開く。


ギィ――。


そこから現れたクリスティアンは、三か月前とはまるで別人だった。

日焼けした肌。

弓と魔術の鍛錬で引き締まった身体。

そして何より、迷いばかりだった瞳は鋭く研ぎ澄まされ、戦士の眼差しへと変わっていた。

その顔つきには、まだ少年らしさは残る。

しかし、その表情には確かな自信と覚悟が宿っていた。


訓練室の入口では、アンドレア・ドナドーニが腕を組んで待っている。

彼はクリスティアンを見ると、小さく頷いた。

「よし。俺の仕事はここまでだ。」

そのまま隣で待っていたフランコ・ガッリへ視線を向ける。

「さぁ、最後はテメェの仕事だ。」

アンドレアはクリスティアンの肩を軽く押し、フランコの前へ送り出した。


フランコはクリスティアンをじっと見つめる。

そして、その変化を見て目をわずかに見開いた。

「……小僧。俺の個人訓練は年単位だ。」

眠たげだった瞳が、今は真剣そのものだった。

「覚悟はいいか?」


クリスティアンは一歩前へ出る。

迷わずサンシーロ式敬礼を取り、力強く答えた。

「望むところです。」


フランコは満足そうに小さく笑う。

「いいだろう。」

一拍置いて、口を開いた。

「まずは――一週間、友人を作り、交流し、遊んでこい。」

「……え?」

クリスティアンは思わず固まった。


予想していたのは、地獄の素振りか、命懸けの模擬戦だった。

しかし返ってきた言葉は、あまりにも意外だった。


フランコはそんな反応を見ても表情を変えない。

「剣の戦いは、剣を通じた生と生のぶつかり合いだ。」

「相手を知り、自分を伝え、心を読む。」

「コミュニケーションの取り方は、そのまま強さに直結する。」

静かにクリスティアンの胸を指差す。

「お前は技術は身につけ始めた。」

「だが、人を知らん。仲間も。敵も。」

「だから、一週間好きに過ごせ。」

そして、少しだけ口元を緩めた。

「……ただし。無駄に過ごすな。」


クリスティアンはその言葉を反芻するように呟く。

「一週間……好きに過ごす。」

「ただし、無駄に過ごすな……ですね。」


「そうだ。」

フランコは踵を返す。

去り際、振り返ることなく言った。

「この一週間の過ごし方で、お前の将来が決まる。」

「存分に考えて過ごせ。」

そう言い残し、ゆっくりと訓練場を後にした。


その場にはクリスティアンだけが残る。

「……一週間か。」


何をすればいい。

誰と会えばいい。

何を学べばいい。


答えは示されなかった。


夕方。


寮の部屋。

クリスティアンは木刀を握り、いつものように素振りを繰り返していた。


ヒュッ。

ヒュッ。

ヒュッ。


単調な風切り音だけが部屋に響く。

だが、その頭の中は剣ではなく、フランコの言葉でいっぱいだった。


「……って言われても。」


一振り。


「どうすりゃいいんだ。」


また一振り。


友人を作る。

交流する。

遊ぶ。

それが剣の強さに繋がる。


これまで鬼教官たちは、ひたすら鍛え、叩き込み、限界まで追い込んできた。

その最後に与えられた課題が、「自由」。

それがかえって、クリスティアンには最も難しい試練に思えた。


木刀を振る手は止まらない。

しかし、その答えはまだ見つかっていなかった。

クリスティアンが素振りをしながら、この三ヶ月を振り返る…



--



魔法訓練所の扉が閉まる。

アンドレアは腕を組み、静かにクリスティアンを見据えていた。


「今日から三か月。お前は俺が預かる。」


その言葉だけで空気が張り詰める。

クリスティアンはサンシーロ式の敬礼をした。

「よろしくお願いします!」


アンドレアは鼻で笑う。

「勘違いするな。俺は優しく教えるつもりなんざ一切ねえ。死なねえ程度に壊すだけだ。」

そう言うなり、木刀を一本放り投げた。

「構えろ。」


「は、はい!」

構えた瞬間だった。


ドゴォッ!!


腹部へ拳がめり込み、クリスティアンは数メートル吹き飛ばされる。


「げほっ……!」

「遅ぇ。」

アンドレアは一歩も動いていなかった。

「戦場じゃ構えた時点で殺される。」

そのまま氷魔法《アイスバーン》が放たれる。


クリスティアンは慌てて転がって避ける。


「避けるな。」

「え?」

「防げ。」

「まだそこまでの防御魔法なんて…」

「だから教えるんだ。」


次の瞬間、炎、雷、風が同時に襲う。

逃げ場はない。

吹き飛ばされ、床を何度も転がる。


「立て。」


また吹き飛ばされる。


「立て。」


また立つ。


それだけを朝から夕方まで繰り返した。



--



二日目。


アンドレアは分厚い本を十冊机に積んだ。

「全部暗記。」


クリスティアンは目を丸くする。

「え……全部?」


「魔法理論。」

「魔力循環。」

「属性相性。」

「魔術式構築。」

「戦場魔法学。」

「防御魔法学。」

「治癒理論。」

「魔力暴走例。」

「魔法陣構築。」

「歴代ビアンコ・ネーロ戦術。」

「今夜まで。」

「む、無理です!」


拳骨が落ちる。

「戦場は『無理です』で済むなら誰も死なん。」



--



昼は座学。

夕方は実技。

夜は実戦。

休憩は食事だけ。


アンドレアは一切手を抜かなかった。


「詠唱が遅ぇ!」

「魔力が散ってる!」

「視線が甘ぇ!」

「敵を見ろ!」


怒号が飛び交う。

失敗すれば魔法が飛ぶ。

成功しても次はさらに難しい課題。

褒めることなど一度もない。



一週間後。



ようやく風属性の基礎魔法《ウインドウォール》が形になる。

しかし…


ドォン!!


アンドレアの《アイスバーン》で一撃粉砕。


「弱ぇ。もっと魔力を込めろ。」

「壁じゃねえ。紙だ。」


またやり直し。


百回。

二百回。

五百回。

千回。


クリスティアンの腕は震え、魔力も尽きかける。

それでも。


「もう一回。」


その一言だけだった。



一か月後。



防御魔法だけでなく、


《アイスバーン》

《フレイムゾーン》

《ライトニングバーン》


三属性の初級魔法を更に自在に扱えるようになっていた。


しかしアンドレアは首を横に振る。

「魔法を撃つだけなら子供でも出来る。」

「戦場で使え。」

今度は木刀を持たされる。

「魔法剣だ。」


剣を振りながら魔法を放つ。

魔法を維持したまま斬る。

踏み込みと同時に発動。

着地と同時に解除。

少しでもタイミングが狂えば失敗。

何百回も転び、

何百回も吹き飛ばされた。



二か月目。



睡眠すら訓練になった。


「寝る時も魔力を循環させろ。」

「寝ながら?」

「出来ねえなら伸びねえ。」


最初は十分で魔力が途切れる。

朝起きれば魔力切れ。

それでも毎日続けた。

少しずつ、

眠っていても無意識に魔力が流れ続けるようになる。

魔力量そのものが目に見えて増え始めた。


昼は八時間の座学。

夜は戦績録。


アンドレアが机へ置いた一冊だけは特別だった。


『エミリアーノ・ラウール戦績録』


クリスティアンは毎晩読み返した。


剣技。

魔法。

立ち回り。

判断。

…そしてアリアンツ平原の戦い。父パオロの最期。


何度読んでも涙が落ちた。

それでも閉じるたびに呟く。


「必ず倒す。」



三か月目。



アンドレアは一日に何十発もの魔法を放った。


炎。

雷。

氷。

風。


それら全てを、クリスティアンは《ウインドウォール》一つで受け止め続けた。

以前なら一撃で吹き飛んでいた魔法も、

今では足を一歩下げるだけで耐えられる。


「……ようやく人間らしくなったな。」


三か月で初めて聞いた、小さな褒め言葉だった。


クリスティアンは息を切らしながら笑う。

「まだまだです。」


アンドレアもわずかに口元を緩める。

「その答えが聞きたかった。」

「だから次はフランコだ。」

「俺が教えることは全部叩き込んだ。」


そう言って、アンドレアはクリスティアンを剣術教官フランコのもとへ送り出した。

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