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ビリンデッリの血〜東西大陸百年戦記〜  作者: エリカサファイア
episode2(SanSiro)

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episode2(SanSiro)Chapter18

翌朝。


久しぶりに十分な睡眠を取ったクリスティアンは、顔色こそまだ少し青白いものの、三日前までの窶れた姿とは別人のようだった。

足取りには迷いがない。

そのまま真っ直ぐ魔法訓練所の扉を開く。


ギィ――。


中では既にアンドレア・ドナドーニが腕を組み、壁にもたれ掛かるように待っていた。


周囲の訓練生たちは思わず息を呑む。


「来た……。」

「あの問題児だ。」

「また教官に怒鳴られるぞ……。」


静まり返る訓練所。


アンドレアは鋭い眼光をクリスティアンへ向けた。

「……小僧。もう一度、テメェの目標を確認させろ。」


クリスティアンは一歩前へ出る。

背筋を伸ばし、拳を胸へ当てる。

サンシーロ式敬礼。

その瞳には一切の迷いはなかった。


「父様のような剣士になること!!」


訓練所に響く声。

さらに一歩踏み込む。


「そして──エミリアーノ・ラウールとジョルディ・バケーロを討つことです!!」


その場の空気が張り詰めた。

訓練生たちは顔を見合わせる。


「エミリアーノだと……?」

「ジョルディまで……?」

「正気か、あいつ……。」


誰もが無謀だと思った。


だがアンドレアだけは違った。

その口元がゆっくりと吊り上がる。

「……フッ。」

「ようやく騎士らしい目になったじゃねぇか。」

ゆっくりとクリスティアンの前まで歩み寄る。

そして、その肩へ力強く手を置いた。

「いいだろう。俺がプライドにかけて」

アンドレアの目が鋭く光る。

「簡単な魔術一つですら、ビアンコ・ネーロ級の質に仕上げてやる。」


訓練生たちがどよめく。


「ビアンコ・ネーロ級……?」

「初級魔法でか……?」


アンドレアはそんな声など気にも留めず、不敵に笑った。

「魔力量なんざ才能だ。」

「だが、魔術の精度、制御、間合い、撃つタイミング、相手の読み合いは努力でどうにでもなる。」

「その全てを叩き込んでやる。」


彼は指を一本立てる。

その指先に小さな炎が灯った。

ただの初歩魔法。

しかし、その炎は一切揺らがず、まるで生き物のように静かに燃え続けている。

「ビアンコ・ネーロのエリートの魔法は派手な魔法を撃つ奴らじゃねぇ。」

「どんな魔法でも、確実に相手を殺せる奴らだ。」


アンドレアは炎を握り潰し、ニヤリと笑った。

「覚悟しろ、小僧。」

「今日からお前の魔術は、生き残るための技術じゃねぇ。」

「敵を討つための武器に変わる。」


魔法訓練所の空気が張り詰める。

アンドレアの「ビアンコ・ネーロ級の質に仕上げてやる」という宣言に、訓練生たちはざわめいていた。


そして、一人の訓練生が堪え切れず前へ踏み出す。

「教官!なんでそいつばかりなんですか!!」

「俺達だって毎日必死に訓練してるんですよ!!」


不満が一気に噴き出した。


それを見たアンドレアは、ため息を一つ吐くだけだった。

「……はぁ。」

「それも分からねぇくらい才能も無ければ、頭も悪い奴を構うほど俺は暇じゃねぇんだ。」


一蹴。


あまりにも冷たい一言だった。

訓練所が騒然となる。


「なっ……!」

「才能がないだと!?」

「教官!!」


別の訓練生が怒りに震えながら前へ出た。


「それはここまで頑張ってきてる俺達への冒涜です!!」

「あいつだけ特別扱いして!俺達を見下してるんですか!!」


怒号が飛び交う。


しかしアンドレアは面倒臭そうに頭を掻いただけだった。

「うるせぇな。」

腰に差していた木刀を抜く。

それをクリスティアンへ放り投げた。

「ほら。」


クリスティアンは慌てて受け止める。

木刀の重みを両手で確かめながら、その瞳が大きく見開かれた。


「や……やっと剣を……。」


その瞬間。


「勘違いすんじゃねぇ!!」


アンドレアの怒号が訓練所中へ響く。


「魔法剣以外は使用禁止だ!!」


クリスティアンはハッとする。

木刀を見つめ。そして静かに呟いた。

「……魔法剣。そうか……。」


アンドレアはニヤリと笑う。

「テメェが今まで学んできた剣。」

「セバスティアーノから叩き込まれた弓。」

「俺が教える魔法。全部合わせて初めて武器になる。」

「どれか一つだけじゃビアンコ・ネーロには届かねぇ。」


その言葉に、クリスティアンは静かに頷いた。

「はい。」


それを見たアンドレアは後ろを振り返る。

「おい、テメェら。文句があるなら証明してみろ。」

「テメェら全員でいい。」

木刀を持つクリスティアンを親指で指した。

「こいつを倒してみろ。」


訓練生たちの目付きが変わる。


「やってやる!」

「今なら一人だ!」

「叩き潰せ!!」


次の瞬間


「フレイムゾーン!!」

「アイスバーン!!」

「ストーンランス!!」

「ライトニングバーン!!」


四方八方から初級魔法が一斉に放たれる。


炎。

氷。

雷。

土槍。


訓練所を埋め尽くすほどの魔法の雨。


「これで終わりだ!!」


誰かが叫ぶ。

爆煙が舞い上がった。

視界が完全に塞がれる。


「……やったか?」


一人が呟く。

しかし。


ゴォォォォォ……


煙の中から、静かな風の音が響いた。


「…ウインドウォール。」


クリスティアンの低い声。

煙がゆっくりと晴れていく。

そこには…

木刀を縦に構えたクリスティアンが立っていた。

木刀の前には、半透明の風の壁が幾重にも重なり、放たれた魔法をすべて受け止め、逸らしている。


炎は風に巻かれて消え。

氷は軌道を変え。

雷は拡散し。

土槍は弾き返されて砕け散る。

衣服はわずかに風で揺れているだけ。


一歩も動いていなかった。


訓練生たちは目を見開く。


「ば……馬鹿な……。」

「全部……防いだ?」

「木刀一本で……?」


アンドレアは腕を組み、満足そうに鼻で笑った。

「だから言っただろ。質が違うってな。」


魔法訓練所は静まり返っていた。


先ほどまで威勢よく抗議していた訓練生たちは、クリスティアンが全員の魔法を受け切った光景を前に言葉を失っている。


アンドレアはそんな彼らを見回し、低く息を吐いた。

「……これで分かったか。」


誰も返事をしない。


すると彼は一歩前へ出て、容赦なく言い放つ。

「才能がねぇテメェらは、荷物まとめて帰るか自主練してろ。」


訓練生たちの肩が震える。


「この際、はっきり言っといてやる。」

アンドレアの鋭い視線が一人ひとりを射抜く。

「テメェらがテメェらのままの限り、サンシーロ騎士団には必要ねぇ。」

その言葉は、怒鳴り声よりも重く訓練所へ落ちた。


誰一人として反論できない。


クリスティアンも、その光景を黙って見つめていた。

(これが……サンシーロ。才能だけじゃない。)

(結果を出せなきゃ、誰だろうと切り捨てられる……。)

胸の奥で改めて、この騎士団の厳しさを実感する。


アンドレアはクリスティアンへ顎をしゃくった。

「小僧、来い。」

「はい。」

二人は訓練所を離れ、隣の小さな控室へ入った。


扉が閉まり、周囲の喧騒が遠ざかる。

アンドレアは壁にもたれ、ふっと笑った。

「……どうだ。」

「俺は血も涙もねぇクソ教官に見えるか?」


クリスティアンは突然の質問に目を丸くする。

「え……?」

何と答えるべきか迷い、言葉が出ない。


その様子を見て、アンドレアは苦笑した。

「まぁ、そう思われても仕方ねぇな。」

少しだけ視線を落とす。

その横顔には、先ほどまでの鬼教官の迫力はなかった。

「でもな。」

「俺は教え子には……誰一人死んでほしくねぇ。」

静かな声だった。

「それだけなんだよ。」

その一言には、長年戦場を見続けてきた者だけが持つ重みがあった。


クリスティアンは黙って耳を傾ける。


アンドレアは続けた。

「この際だから、はっきり言う。」

「もうこの戦争に、大義なんざとっくにねぇ。」

部屋の空気が変わる。

「上の連中は立派な旗印を掲げちゃいるが、現場から見りゃ違う。」

「結局は、マロッタとペレスが私腹を肥やすだけの、くだらねぇ経済合戦だ。」


クリスティアンは何も言わない。

ただ、その言葉を胸に刻むように聞いていた。


アンドレアはゆっくりとクリスティアンの肩へ手を置く。

「だから、せめてもの奴らへの抵抗だ。」

「無駄死にする必要なんかねぇ。」

「生き残れ。」

「そのためには、誰よりも強くならなきゃならねぇ。」

少しだけ表情を和らげる。

「出世して、父親の敵討ちをするのもいい。」

「だが、そのために若い命を散らすな。」

「……母さんが泣くぞ。」


その言葉を聞いた瞬間。

クリスティアンの脳裏に、故郷で見送ってくれたアンジェリカの姿が浮かぶ。

優しく微笑みながら、涙をこらえて送り出してくれた母。


胸が締め付けられた。


クリスティアンはゆっくりとうなずく。

「……はい。」


短い返事だった。

だが、その声には確かな決意が宿っていた。


アンドレアは再びいつもの不敵な笑みに戻る。

「とは言うものの…」

「やっぱり出世すりゃ、いい生活もできる。」

「飯もうまくなるし、寝床もまともになる。」

ニヤリと笑い、クリスティアンの肩を軽く叩く。

「テメェが一人前になるよう、厳しく鍛えてやる。」

「覚悟しやがれ。」


クリスティアンはその笑みに応えるように姿勢を正した。

「はい、アンドレア教官!」


鬼教官の厳しさの裏にある本心を知ったその日、クリスティアンはまた一人、この騎士団で信頼できる大人の姿を見つけた。

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