↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ビリンデッリの血〜東西大陸百年戦記〜  作者: エリカサファイア
episode2(SanSiro)

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

48/124

episode2(SanSiro)Chapter17

--三日後。


魔術訓練所では訓練生たちが初級魔法の詠唱を繰り返している。


「アイスバーン!」

「フレイムゾーン!」


「もっと魔力を込めろ!」

アンドレア・ドナドーニの怒号が飛ぶ。

その時だった。


ギィィ……


訓練所の重い扉がゆっくりと開く。

全員の視線が一斉に入口へ向く。

そこに立っていたのは――クリスティアンだった。


だが、その姿は三日前とは別人だった。


頬はやつれ、

髪は乱れ、

目の下には巨大な隈が刻まれている。

三日間ほとんど眠っていないことが、一目で分かった。


その異様な迫力に訓練生の一人が腰を抜かす。

「ひいぃぃっ……!」

尻もちをついたまま後ずさる。


別の訓練生も顔を青ざめさせる。

「あ……あいつ……。」

「あいつ確か……弓術の問題児……。」

声が震えていた。


クリスティアンは誰にも目もくれず、魔法標的の前へ歩く。

静かに右手をかざした。


「――アイスバーン。」


ゴォッ!!


氷の魔力が迸り、標的一面を凍らせる。

続けて、


「フレイムゾーン。」


轟音とともに炎が噴き上がる。

氷が一瞬で蒸発し、熱風が訓練所を吹き抜けた。

さらに…


「ライトニングバーン。」


バチィィィン!!


雷光が標的へ突き刺さる。

木製の標的は黒く焦げ、白煙を上げた。


訓練生たちは言葉を失う。

「う、嘘だろ……。」

「三日前まで魔法なんか使えなかった奴が……。」


クリスティアンは振り返ることなく歩き出す。

真っ直ぐアンドレアの机へ向かい、


ドンッ!!


両腕を机へ叩きつけた。

訓練所中が静まり返る。


クリスティアンは充血した目でアンドレアを真っ直ぐ見据える。

「アンドレア教官。」

低く、

だが揺るがない声だった。

「俺に――」

拳を強く握る。

「エミリアーノ・ラウールとジョルディ・バケーロを討てるように鍛えてください。」


訓練所の空気が凍り付く。

誰も呼吸をしようとしない。


アンドレアはしばらく無言でクリスティアンを見つめていた。

そして。口元がゆっくりと緩む。

「フッ……。」

嬉しそうな笑みだった。

「一端の面をするようになったな。」

アンドレアは椅子から立ち上がる。

「なら――」

クリスティアンの肩を軽く叩いた。

「まず三日分食って、一日寝ろ。それからだ。」


クリスティアンは一瞬だけ目を閉じる。

「……わかりました。」

力なく頷くと、

そのままふらつきながら訓練所を後にした。

向かう先は食堂。

今にも倒れそうな足取りだった。


その背中が見えなくなると、

一人の訓練生が堪えきれず声を上げる。

「教官!!」


アンドレアが振り返る。

「なんだ。」


「なんであいつばかり特別扱いするんですか!?」

訓練生は悔しそうに拳を握る。

「俺たちだって毎日必死にやってるのに!!」


その瞬間。


ガシッ!!


「ぐぇっ!」


アンドレアが胸ぐらを掴み、そのまま軽々と持ち上げた。

鋭い眼光が訓練生を射抜く。

「才能ねぇ奴がピーピー騒ぐんじゃねえ。」

低い声が響く。

「悔しかったら――」

魔法標的を親指で指し示す。

「あいつがさっき見せた魔法よりも上位魔法を、今この場で複数回放ってみろ。」


訓練生は青ざめる。

「そ……それは……。」


「出来ねぇんだろ。」

アンドレアは鼻で笑い、胸ぐらから手を離した。

「だったら口じゃなく実力で示せ。」

「ここは才能ある奴が生き残る場所だ。」


訓練所は静まり返った。

誰一人、反論できる者はいなかった。



--



食堂は昼時だというのに静まり返っていた。

長机に並ぶのは、騎士団らしい質素な食事ばかり。


深皿には、ただオリーブオイルを回しかけただけの青菜のサラダ。

湯気を立てる皿には、具材もなく、粉チーズすら振られていない真っ赤なアラビアータ。

そして、刃物でも苦労するほど硬く焼かれた黒パン。


豪華さなど微塵もない。

「食べる楽しみ」ではなく、「生きるための燃料」。

それがサンシーロ騎士団の食事だった。


クリスティアンは椅子に腰掛けるなり、一切味わうことなくパンを千切って口へ押し込み、アラビアータを勢いよく啜った。


噛む。

飲み込む。

また啜る。

喉に詰まりそうになると、水を流し込み、再び食べる。


味など感じていない。

いや、感じようともしていなかった。


(食う。)

(身体を動かす。)

(また鍛える。)


そのためだけの作業だった。

三日間ほとんど眠らず、本を読み続けた男の目の下には濃い隈が刻まれ、頬も少し痩せている。

それでも手だけは止まらない。


周囲の訓練生たちは、思わず箸を止めてその様子を見つめていた。


「……なんだよ、あいつ。」

「味なんか全然分かってねぇぞ……。」

「食事っていうより……餌だ。」

「怖ぇ……。」


誰も声を張れなかった。

鬼気迫る執念だけが、その席にはあった。

その時だった。


「……随分、肝を舐めたみたいだな。」


低く落ち着いた声が食堂に響く。


クリスティアンはパスタを一口飲み込み、水で流してから静かに立ち上がった。

振り返る。

そこには、遠征から戻ったマウロが立っていた。

クリスティアンは姿勢を正し、拳を胸に当てる。

サンシーロ式の敬礼。

「マウロ隊長。よくぞお戻りで。」


食堂がどよめいた。


「あいつ……敬礼を。」

「前まであんな反抗的だったのに……。」


マウロは無言で近づき、クリスティアンの肩を軽く叩いた。

「ほう……見違えたな。」

「やっと少しは騎士道を理解したか。」


クリスティアンは静かに頷く。

「倒さなきゃいけない奴らが出来ましたから。」

「一日も早くビアンコ・ネーロへ行かなければならないので。……失礼。」

それだけ言うと再び席に座り、何事もなかったかのように食事を続ける。


パンを噛み砕き。

味気ないアラビアータを流し込み。

ただ栄養だけを身体へ送り込む。


その背中を見ながら、マウロは腕を組んだ。

「ビアンコ・ネーロか……。お前には十年早い。」

「サンシーロを舐めるなよ。」


しかしクリスティアンは返事をしなかった。

言い返しもしない。

ただ木製のコップを掴み、冷たい水を一気に飲み干す。

ゴク、ゴク、ゴク、と音だけが食堂に響く。


空になったコップを机へ置くと、再び無言でパンへ手を伸ばした。

その瞳には、もう迷いはなかった



--



茜色に染まるサンシーロ騎士団の石畳を、クリスティアンは重い足取りで歩いていた。

三日間ほとんど眠らず本を読み続け、朝から魔術を放ち続け、ようやく腹に食べ物を流し込んだばかりの身体は限界だった。


肩は鉛のように重い。

足は前へ出すだけで震える。

それでも立ち止まることなく、寮への坂道を黙々と歩く。


「……まだ足りねぇ。」


小さく呟く。


「もっと……強くならなきゃ。」


誰に聞かせるでもない独り言だった。

ようやく部屋へ辿り着くと、扉を閉める力すら残っていない。

木刀も荷物も床へ置き、そのままベッドへ倒れ込んだ。


靴も脱がない。

上着もそのまま。

枕に顔を埋めた瞬間、意識は闇へ沈んでいった。


まるで死んだように。

微動だにしないまま…



--



そこはどこまでも続く灰色の平原だった。


吹き荒れる風。

焦げた土。

そして、遠くで燃え続ける炎。


クリスティアンはレジスタを握り締める。

向かいには、一人の男。


黒い鎧。

雷を纏う名刀――ジャブラニ。

エミリアーノ・ラウール。


「来い。」

低い一言。

その瞬間。

雷鳴が轟き、視界が白く染まる。


「速ッ――!!」

気付いた時には、剣が目前まで迫っていた。

必死に受け止める。

だが次の瞬間には腹を蹴り飛ばされ、何十メートルも吹き飛ばされる。


立ち上がる。

また斬りかかる。

届かない。

弾かれる。

転がる。

何度挑んでも、何一つ届かない。


「遅い。」

エミリアーノの一太刀。

視界が暗転した。



--



再び目を開ける。

今度は燃え盛る森。

木々の間を駆ける影。

「そこだ。」

若い男の声。次の瞬間、四方八方から炎が噴き上がる。


ジョルディ・バケーロ。

まだ若い頃の彼だった。


「くっ!」

左右へ飛ぶ。

だが逃げ道には既に炎の壁。


頭上から火球。

足元から火柱。


「読まれてる……!」

必死に飛び込む。


その瞬間。

炎の中から木刀が喉元へ。


「甘い。」


鈍い衝撃。

また視界が暗くなる。



--



夢は終わらない。


エミリアーノ。

ジョルディ。

エミリアーノ。

ジョルディ。


斬られる。

焼かれる。

倒される。

何度も。

何十回も。

何百回も。

敗北だけが繰り返される。


それでもクリスティアンは立ち上がる。

歯を食いしばり、レジスタを握り直す。


「まだだ……。」

「もう一回……!」

「もう一度だ……!」


夢の中ですら、その執念だけは折れなかった。

夜は静かに更けていく。

そしてベッドの上では、眠ったままのクリスティアンが苦しげに眉を寄せ、小さく呟いた。


「……父様。……待っててください。必ず……俺が……。」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。