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ビリンデッリの血〜東西大陸百年戦記〜  作者: エリカサファイア
episode2(SanSiro)

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episode2(SanSiro)Chapter16

石造りの魔術訓練所。

棚一面に魔導書が並ぶ静かな空間へ、アンドレア・ドナドーニはクリスティアンを引き連れて入ってきた。

「ほらよ。」


ドンッ!!


机が悲鳴を上げるほどの音を立て、分厚い本の山が積み上げられる。

一冊、二冊ではない。

十冊でもない。

百冊。

魔術理論、属性学、魔力循環、詠唱学、戦場魔術、後方支援術……。

初級から実戦応用まで、あらゆる分野の専門書が机を埋め尽くした。


クリスティアンは目を丸くする。

「……え。」


「え、じゃねぇ。」

アンドレアは腕を組み、ぶっきらぼうに言い放つ。

「今からここに書かれてる内容を全部覚えろ。」

「覚えるまでここから出さん。」


クリスティアンは本の山と教官を交互に見た。

「……また落第ですか。」

苦笑しながら肩を落とす。

「連携が取れないから。」


その瞬間。


ガシッ!!


アンドレアの大きな手が胸ぐらを掴んだ。


「ぐっ……!」

軽々と身体が持ち上がる。


鋭い眼光が真正面から突き刺さる。

「自惚れんじゃねぇ。」

低く唸るような声。

「まるで個人技は合格みたいな言い方しやがって。」


クリスティアンは息を呑む。


アンドレアはさらに顔を近づけた。

「ヒヨッコ相手に無双したくらいでいい気になるな。」

「育成部なんざ、まだ戦場の入口にも立ってねぇガキ共だ。」


そのままクリスティアンを壁へ叩きつける。


ドンッ!!


「ぐあっ!」

「魔法一つ使えねぇ奴が戦場で役に立つと思うなよ!!」


訓練所中に怒号が響く。

「剣も弓も魔術も使えて初めて一人前だ!」

「敵はテメェの都合よく一対一で来てくれねぇ!」

「炎も雷も氷も毒も呪いも飛んでくる!」

「その中で生き残る奴だけが騎士だ!!」


クリスティアンは黙ってその言葉を受け止める。


アンドレアはしばらく睨み続けたあと、胸ぐらから手を離した。

「チッ……。」

そして本棚へ歩いていく。

「生意気な小僧には…」


ゴトリ。


さらに一冊、分厚い本を机へ置いた。

革表紙には銀文字で題名が刻まれている。


『エミリアーノ・ラウール戦績録』


クリスティアンの目が思わずその本へ向く。


アンドレアは振り返りもせず言った。

「一冊追加だ。」

「……え?」

「パオロを討ち取った男がどうやって戦場を支配したか。」

「嫌でも勉強しろ。」


そう吐き捨てると、訓練所の扉へ向かう。

「全部読み終えたら呼べ。」

「読み終わる頃には少しはマシな面になってることを期待してるぜ。」


ギィ……


重い扉が閉まる。

静まり返った訓練所。


机いっぱいに積まれた百一冊の本を前に、クリスティアンは深く息を吐いた。

「……またとんでもねぇ宿題だ。」

だが、その口元にはわずかな笑みが浮かんでいた。

「上等だ。全部頭に叩き込んでやる。」


静まり返った魔術訓練所。


机いっぱいに積まれた本を前に、クリスティアンは一冊一冊ページをめくっていく。


魔力理論。

属性相性。

魔術陣の構築。

後方支援術。


どれも重要なのだろうが――


「う……。」

クリスティアンは頭を抱えた。

「難しすぎる……。」

文字がまるで呪文のように並び、眠気すら襲ってくる。

「座学は本当に苦手なんだよな……。」

ため息をついた、その時。

机の端に置かれた一冊へ目が止まる。


『エミリアーノ・ラウール戦績録』


「……これだけでも。」

手を伸ばし、ゆっくりと表紙を開いた。


最初のページには戦歴ではなく、戦場での行動記録が細かくまとめられていた。


「こんなところまで記録してるのか……。」


ページをめくる。


『敵騎兵隊の突撃を正面から迎撃。三歩で間合いを詰め、一太刀で隊長を討ち取る。』


次のページ。


『敵二十名を相手に包囲されるも、華麗な剣技で包囲網を突破。味方部隊の救援に成功。』


クリスティアンは自然と息を呑む。

「すげぇ……。」

さらに読み進める。

そこにはまるで絵が浮かぶような戦いが記されていた。


ある戦場では、水が流れるように美しく洗練された剣技。敵が見惚れた一瞬で首を落とす芸術のような一太刀。

またある戦場では敵陣へ真正面から突撃し、鎧ごと敵兵を吹き飛ばす豪快な剣技。細かな技術よりも圧倒的な膂力と気迫で戦場をねじ伏せる姿。


「同じ人間なのか……?」


クリスティアンは思わず呟く。

ページはさらに続く。


剣を天へ掲げた瞬間、剣身から巨大な炎が噴き上がり敵の魔術部隊を一瞬で焼き払った戦闘記録。

別の戦場では、氷柱を何十本も生み出し、敵軍の進軍路そのものを封鎖した記録。


「剣から……魔法?」

クリスティアンは目を丸くする。

「こんな戦い方もあるのか……。」

さらにページをめくる。


『味方弓兵が戦死。地面に落ちた弓を拾い、そのまま敵指揮官を狙撃。味方前衛の突破口を作る。』


「弓まで……。」


敵との距離。

風向き。

高低差。

その全てを一瞬で読み切り、

一本の矢で戦局を変えたと記されていた。


「何でも出来るのか、この人は……。」


気付けば、

クリスティアンは完全に本へ引き込まれていた。

難しい理論書では眠気しか感じなかった少年が、

ページをめくる手を止められない。

まるで自分もその戦場に立っているかのようだった。


「これが……。父様を討った男……。」


そして。

さらにページをめくった、その時。

一枚だけ黒い縁取りが施されたページが現れる。

他の戦歴とは明らかに違う。

重々しい空気が紙面から伝わってくる。

中央には大きく刻まれた題名。


『アリアンツ平原の戦い』


クリスティアンの指先が止まった。

「……。」


喉が鳴る。

胸の鼓動が一気に速くなる。

この戦いの名だけは幼い頃から何度も耳にしてきた。


父・パオロ・ビリンデッリが帰らぬ人となった戦場。


村では英雄譚としても、悲劇としても語り継がれる百年戦争屈指の激戦。


そして


父を討ち取った男、エミリアーノ・ラウールが最も名を上げた戦い。


クリスティアンは無意識に拳を握り締めた。

「父様……。」

深く息を吸い、ゆっくりとページをめくる。

そこには、アリアンツ平原で起きた一部始終が、克明な記録として記されていた。


クリスティアンは息を殺しながらページを読み進める。

そこには、一切の脚色もない戦闘記録が克明に記されていた。


西暦百年 アリアンツ平原。

東西両軍、総力戦。


サンシーロ軍総大将パオロ・ビリンデッリ。

カンプノウ軍総大将エミリアーノ・ラウール。


両軍の勝敗を左右する決戦。


ページには、戦場全体の布陣図まで描かれていた。


クリスティアンは食い入るように読み進める。

『戦闘開始より三時間二十七分。』

『エミリアーノ・ラウール、愛刀”ジャブラニ”を解放。』


次の一文を見た瞬間、クリスティアンは目を見開く。


『ジャブラニより最大級雷属性魔術を放つ。』

その記録の横には、巨大な雷が平原を裂く挿絵まで添えられていた。


「これが……。」

さらに読み進める。


『パオロ・ビリンデッリ、愛刀”レジスタ”を構える。』

『真正面より雷撃を受け止める。』


「父様……。」

ページには続けて書かれていた。


『レジスタは雷属性魔力を吸収。』

『蓄積した魔力をそのままエミリアーノへ放ち返す。』


「放ち返した……?」

クリスティアンは思わず息を呑む。

「そんなことまで……。」


次のページ。

そこには二人の言葉がそのまま記録されていた。


『パオロ・ビリンデッリ』

「これで終わりにしよう!」


『エミリアーノ・ラウール』


「貴様の死をもってな…手出し無用。」


『以後、双方の兵は命令に従い徐々に距離を取る。』

『両軍総大将による一騎討ち開始。』


「……。」

クリスティアンの鼓動が早まる。

ページをめくる手が震える。


その後には、息を呑むような剣戟の応酬が細かく記されていた。

何百合と斬り結び、一歩も譲らない死闘。


そして


『戦闘開始より四分十三秒。』

『パオロ・ビリンデッリ優勢。』

『エミリアーノ・ラウールの首級まであと一太刀。』


クリスティアンの表情がわずかに明るくなる。

「父様……勝って……。」


だが。次の一文で、その希望は打ち砕かれた。


『若きジョルディ・バケーロ。』

『炎属性魔術にて戦場へ介入。』


「……!」


『パオロ・ビリンデッリ、炎に包まれる。』


クリスティアンの手が止まる。


『その一瞬。』

『エミリアーノ・ラウール。』

『ジャブラニをもってパオロ・ビリンデッリの心臓を貫く。』


その下には、戦況の推移、各部隊の位置、介入の経緯まで冷静に記録されていた。


英雄譚ではない。

憎悪を煽る文章でもない。

ただ、事実だけが淡々と並んでいる。

だからこそ残酷だった。


ぽたっ。


一滴の雫がページへ落ちる。

クリスティアンは気付かなかった。

涙だった。


ぽたっ。

ぽたっ。


次々と本を濡らしていく。


「父様……。」


震える声が漏れる。

両手で本を握り締める。

身体が小刻みに震えていた。


「……父様。」


そのページを見つめたまま、クリスティアンは涙を止めることができなかった。

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