episode2(SanSiro)Chapter15
セバスティアーノは煙草を地面へ投げ捨て、踵で踏み消した。
ゴッ――。
そして演習場全体へ響く怒声を放つ。
「オラァ!!」
その一声だけで訓練生全員が姿勢を正す。
「クソ猫に惑わされねぇで、とっとと始めるぞ!!」
「いつまで上見てやがる!!」
「敵は空から野次飛ばしてくれるほど優しくねぇぞ!!」
「「はいッ!!」」
訓練生たちは一斉に返事をする。
アンドレア・ドナドーニが一歩前へ出て、名簿を広げた。
「よし、チーム分けだ!」
次々と名前が読み上げられていく。
「第一班――」
「第二班――」
「第三班――」
そして、
「クリスティアン・ビリンデッリ。」
その名が呼ばれた瞬間。
同じ班になった訓練生たちの表情が一気に曇る。
「あーあ……。」
一人が露骨にため息を吐く。
別の訓練生も肩を落とした。
「はい次だ次。」
「この演習はやるだけ無駄だな。」
「また足引っ張られるだけだろ。」
「今日は教官三人が見てるってのに最悪だ。」
誰も隠そうともしない悪態。
クリスティアンは何も言わず、その言葉を聞いていた。
すると――
木の上から怒鳴り声が飛ぶ。
「おい!!」
アウローラだった。
顔を真っ赤にし、猫耳を逆立てている。
「雑魚共が負け犬の遠吠えしやがって!!」
「誰一人アタシに攻撃を掠らせる事すら出来ねぇ癖に!!」
「くたばれや!!」
尻尾を逆立てながら枝の上で激しく喚く。
訓練生たちは一斉に見上げる。
その中の一人がニヤニヤしながら野次を返した。
「おーい!」
「お前、女を口説く才能はあるのか?」
演習場に笑いが起こる。
アウローラは「はぁ!?」と声を荒げるが、何か言い返そうとして口をぱくぱくさせるだけだった。
その騒ぎの中でも――
クリスティアンだけは一切反応しなかった。
静かに一本の矢を番え、
深く息を吸い、
弦を引き絞る。
ヒュッ――。
放たれた矢は一直線に飛び、鋭い音を立てて的の中心へ突き刺さる。
クリスティアンの視線は、野次でも仲間でもアウローラでもない。
ただ、この実戦演習だけを見据えていた。
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演習場を包む空気が張り詰める。
両軍が配置につき、誰一人として口を開かない。
セバスティアーノは全員をゆっくり見回すと、腕を高く振り上げた。
「――始めッ!!」
その怒号が響いた瞬間だった。
「ッ!」
クリスティアンが誰よりも早く地面を蹴る。
味方ですら反応できないほどの加速。
「速っ!?」
前線へ一気に飛び出すと、その場で身体を大きく捻りながら回転する。
矢を三本同時に番える。
「はああっ!!」
ヒュンッ!
ヒュンッ!
ヒュンッ!
放たれた三本の矢は、それぞれ別の軌道を描き――
「ぐっ!」
「うわぁっ!」
「しまっ――!」
敵の前衛三人の急所へ正確に命中。
開始わずか数秒で三人が戦闘不能となる。
観戦していた訓練生たちがどよめく。
「なっ……!」
「開始直後に三枚抜きだと!?」
しかし、味方から飛んできたのは賞賛ではなかった。
「テメェ!!」
「また勝手な行動を!!」
一人の実習生が怒鳴る。
別の実習生も顔を真っ赤にして叫んだ。
「前回より酷ぇ!!」
「隊列無視して何やってんだ!!」
だがクリスティアンは振り返りもしない。
(止まるな。一人で戦場を支配する。)
セバスティアーノの言葉だけが頭に残っていた。
矢を番え、放つ。
ヒュッ!
また一人。
さらに番える。
ヒュッ!
もう一人。
敵が動き出す前に、次々と矢が突き刺さる。
「くっ!」
「速すぎる!」
「弓兵が前へ出てくるな!」
敵陣は完全に混乱していた。
その様子を見た味方の剣士たちは怒りを爆発させる。
「おい!!」
「俺達の仕事だろうが!!」
「全部一人で倒してどうすんだ!!」
「俺達の見せ場を奪うな!!」
クリスティアンはその怒号すら耳に入っていない。
ただ敵だけを見据え、次の標的へ駆ける。
木の上ではアウローラが身を乗り出し、尻尾をぶんぶん振り回していた。
「いいぞーーーー!!」
「やれやれーーーー!!」
「そのまま全部ぶっ倒せクソガキーーーー!!」
満面の笑みで声援を送る。
その姿に訓練生たちは呆れ顔を浮かべる一方、三人の鬼教官は無言のまま戦場を見つめていた。
クリスティアンの戦い方は、確かに連携を乱している。
だが同時に――
たった一人で戦況を動かし始めていた。
クリスティアンは止まらない。
敵陣を駆け抜けながら、無駄のない足運びで次々と矢を放つ。
一本。
二本。
三本。
その度に敵の訓練生が倒れていく。
演習場がどよめく中――
フランコ・ガッリの眠たそうだった目が、大きく見開かれた。
「…………!」
思わず一歩前へ踏み出す。
「あのガキ……。」
普段は感情をほとんど表に出さない男が、珍しく興奮を隠せない。
「おい、セバスティアーノ!!」
その声にセバスティアーノは腕を組んだまま、ニヤリと口角を上げる。
「フン。俺の指導よ。」
まるで自分のことのように胸を張り、勝ち誇った表情を浮かべる。
それを聞いたアンドレア・ドナドーニは鼻で笑った。
「バーカ。パオロの血統だろうが。」
そう悪態をつきながらも、その表情には隠し切れない嬉しさが滲んでいた。
三人のやり取りを聞いていたアウローラが木の上から大声を張り上げる。
「違うねぇ!!クソガキの才能だろ!!無能センコー共!!」
尻尾を振り回しながらゲラゲラと笑う。
セバスティアーノのこめかみに青筋が浮かんだ。
「くたばれクソ猫!!」
演習場中に響く怒号。
「俺様が本格的に指導する前のガキに惨敗した雑魚が吠えんじゃねえ!!」
その言葉に、アウローラは「ぐっ……!」と一瞬言葉を詰まらせる。
すぐに顔を真っ赤にし、牙を見せて叫び返した。
「うるせぇ!!次やったら今度は勝つし!!」
教官と猫獣人が本気で言い争う様子に、訓練生たちは演習中であることも忘れそうになる。
しかし、その中心ではクリスティアンだけが一切気を取られず、次の敵へと狙いを定めていた。彼の矢は、なおも戦場の流れを変え続けていた。
「なんだあいつ!?」
「速ぇ!」
だがクリスティアンは止まらない。
味方の隊列など待たない。
一人で戦場を駆ける。
敵の死角を次々と奪い、走りながら矢を放ち続けた。
「四人目!」
「五人目!」
「まだ来るのか!」
矢が雨のように降り注ぎ、敵陣は完全に混乱する。
そして――。
最後の一人の胸当てに矢が命中した。
「ぐあっ!」
敵役全員が地面へ倒れ込む。
静寂。
開始から一分も経っていなかった。
敵側の実習生たちは呆然と立ち尽くす。
「あいつ……。」
「あんな動き出来たのか……?」
「昨日まで足引っ張ってた奴だぞ……。」
しかし。
驚いたのは敵だけではない。
味方の実習生たちは怒りで顔を真っ赤にしていた。
「どういうつもりだテメェ!!」
一人がクリスティアンの胸ぐらを掴む。
「たまたま上手くいっただけだろうが!!」
「そんな突っ込み方、自殺行為だぞ!!」
クリスティアンは鼻で笑った。
そして相手の足元へペッと唾を吐く。
「雑魚に合わせると勝てるもんも勝てねぇ。」
その一言で空気が凍りつく。
「……んだとコラァ!!」
激昂した実習生がクリスティアンを地面へ叩きつける。
「ぶっ殺してやる!!」
木刀を大きく振り上げた、その瞬間
バキィッ!!
「ぎゃあああっ!!」
実習生の手首が横から叩き砕かれた。
木刀が宙を舞う。
全員が振り返る。
そこには木の上から飛び降りたアウローラが、木刀を肩に担いで立っていた。
金色の猫耳を逆立て、
琥珀色の瞳には本気の怒りが宿っている。
「丸腰の相手に武器を使うなんて。」
静かな声だった。だが誰よりも恐ろしい。
「ロッソ・ネーロの育成部にはゴミしかいねぇんだな。」
誰も反論できない。
その空気を壊したのはクリスティアンだった。
彼は苦笑しながら立ち上がる。
「野試合でダガー投げる奴のセリフかよ。」
アウローラの顔が真っ赤になる。
「なっ……!そ、それは!!」
耳まで赤く染まり、慌てて両手を振る。
「あれは!! お前もちゃんと武器持ってたし!!」
「状況が違うだろ!!全然違う!!」
しどろもどろだった。
その瞬間
ゴォォォッ!!
アウローラの足元が一瞬で凍りつく。
「へ?」
ズルッ!!
「にゃあああっ!?」
派手に転倒した。
次の瞬間、
ドナドーニの巨大な影が覆い被さる。
「ひっ捕えたぞクソ猫……。」
怒りに満ちた笑顔だった。
「邪魔ばかりしやがって。」
氷で動きを封じられたアウローラは暴れる。
「離せジジイ!!離せぇぇ!!」
しかしドナドーニは容赦しない。
縄を取り出すと、猫獣人をぐるぐる巻きにし、
そのまま近くの大木へ吊るし上げた。
「にゃーーーーー!!」
逆さまにぶら下がるアウローラ。
尻尾だけが暴れている。
訓練場に笑いが起きた。
ドナドーニはクリスティアンへ振り向く。
「クリスティアン!!」
「は、はい!」
「お前がいると邪魔ばかり入って訓練にならん!!」
「今日は外れろ!!」
「えっ……。」
呆然とするクリスティアン。
その横でセバスティアーノが腕を組む。
「今からアンドレアに血が滲むまで魔術の指導を受けて来い。」
「……はい!」
クリスティアンは敬礼する。
その様子を見ていたフランコ・ガッリは、口元だけ僅かに緩めた。
「フッ……。」
小さな笑いだった。
一方、
木に吊るされたアウローラはなおも暴れる。
「無能共ーー!!」
「まだクソガキに剣を持たせねぇのかーー!!」
「見る目ねぇ節穴共ーー!!」
フランコはゆっくり近付く。
「元気だな。」
「は?」
ドゴォッ!!
無駄のない一撃が鳩尾へめり込んだ。
「……っ!!」
アウローラの身体がくの字に折れる。
「にゃ……。」
目がぐるりと回る。
「く、クソ……ファザ……コン……。」
そのまま力なく頭を垂れ、再び眠りへ落ちた。
フランコは欠伸を一つ漏らす。
「やっと静かになった。」
訓練場には再び静寂が戻り、
クリスティアンはドナドーニの後ろを追って、魔術訓練場へと向かっていった。




