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ビリンデッリの血〜東西大陸百年戦記〜  作者: エリカサファイア
episode2(SanSiro)

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episode2(SanSiro)Chapter14

合同実戦演習開始まで、まだ僅かに時間があった。

訓練生たちは思い思いに最後の調整へ入る。


弓の弦を張り直す者。

木剣を振る者。

魔術の詠唱を確認する者。


アンドレア・ドナドーニは腕を組み、黙々と弓を引き続けるクリスティアンを鋭い目で見つめていた。

厳つい顔はいつもと変わらず険しい。

だが、その瞳にはわずかな興味が宿っていた。


(……とは言ったものの。)

(パオロの息子。見せてもらうぞ。)

(お前が何を掴み始めたのかを。)


その口元がほんの僅かに緩む。

「フッ……。」

誰にも聞こえないほど小さく笑うと、再び腕を組み直し、クリスティアンの一挙手一投足を見逃すまいと見据えた。


一方その頃。

クリスティアンは周囲の喧騒など耳に入っていなかった。


矢を番え、

呼吸を整え、

放つ。


ドスッ。


矢が的へ突き刺さる。

もう一本。

さらに一本。

その動作を淡々と繰り返す。


(……惑わされるな。)

(誰に認められるためでもない。)

(一人で圧倒するんだ。)


昨日セバスティアーノから浴びせられた言葉が脳裏によみがえる。


『ロッソ・ネーロ正規軍に行きたいなら弓でテメェ一人で戦場を支配しろ。仲間なんかに頼るんじゃねえ。全部テメェ一人でやるんだ。』


クリスティアンは強く弓を握り締めた。

(まずは結果を出す。それだけだ。)


そんな彼を遠巻きに見ながら、他の訓練生たちは小声で話していた。


「あいつ……。」

「今日は妙に気合い入ってんな。」

「気合いだけなら最初からあっただろ。」


別の訓練生が苦々しい表情で肩をすくめる。


「でも実戦じゃ足手まといだ。」

「あいつとだけは組みたくねえな。」

「あぁ。」

「また連携を滅茶苦茶にされたらたまったもんじゃねえ。」

「今日は教官三人が見てるんだぞ。」

「巻き添えで評価を落とされるなんて御免だ。」


冷たい視線がクリスティアンへ向けられる。


しかし本人は振り返ることすらしない。

ただ静かに弓を構え、標的だけを見据えていた。

その姿を、三人の鬼教官はそれぞれ異なる表情で見つめていた。


大欠伸をしていたフランコ・ガッリは、ふと欠伸を止めた。

「……。」

眠たそうだった瞳がゆっくりと開かれる。

その視線は真っ直ぐクリスティアンへ向けられていた。


木弓を握り、誰にも目をくれず黙々と準備を続ける少年。


フランコは腕を組み、小さく息を吐く。

(なるほど……。)

(少しだけ、面白くなってきたじゃねぇか。)


その横でアンドレア・ドナドーニがニヤリと笑う。

「なるほど。セバスティアーノめ……。」

「奢りはロマネ二杯だぞ。」


セバスティアーノは煙草を咥え直しながら鼻で笑う。

「好きなだけ飲め。」

「その代わり、最後まで付き合えよ。」


アンドレアは豪快に笑った。

「はっはっは!もちろんだ。」


その時だった。


訓練場に甲高い少女の声が響き渡る。

「おいクソガキーー!!」


全員が一斉に振り返る。


「とっととこんな雑魚ども蹴散らして上がってきやがれーー!!」


声のする方を見ると

演習場脇の大木。

太い枝の上に足をぶらぶらさせながら寝転がる、一人の猫型獣人の少女。


金色の髪。

ピンと立った猫耳。

長い尻尾を揺らしながらニヤニヤ笑っている。

アウローラ・ヴィアッリだった。


訓練生たちがどよめく。


「あれは……。」

「ネラッズーロの女エースのアウローラじゃねぇか。」

「なんでこんな所にいるんだよ……。」

「育成部にまで来やがった……。」


ざわめきが広がる。


アウローラは枝の上で大笑いした。

「こっちは弓の訓練生に負けたって笑われっぱなしなんだよ!!」

「さっさと上がってこいマザコン!!」

演習場中に笑い声が響く。


クリスティアンは呆れたように顔を上げると、口元だけ笑みを浮かべた。

「うるせえ!!黙って見てろ暇人!!」


その言葉にアウローラは腹を抱えて笑う。

「ははっ!」

「お前の言う通り暇人なんだ。退屈させんじゃねえぞ!!」

「こっちは猫だからすぐ寝ちまうからな!」

尻尾をぱたぱた揺らしながらさらに野次を飛ばす。


そのやり取りを見ていたセバスティアーノの額に青筋が浮かぶ。

「邪魔すんなネラッズーロ!!引っ込んでろ!!」

怒号が演習場に轟く。


しかしアウローラはまるで気にしない。

「怖ぇ怖ぇ。鬼教官様がお怒りだ。」

と笑いながら枝の上へ寝転がってしまう。


その様子を見つめていたフランコは、眠たそうだった目をわずかに見開いた。

「……。」

「先日の乱闘は、アイツがあの猫娘に勝ったのか。」

視線はクリスティアンから離れない。

「個人技は……ひょっとするな。」


その一言に、セバスティアーノとアンドレアも無言で頷いた。

三人の鬼教官は、改めてクリスティアン・ビリンデッリという少年から目を離さなくなっていた。


アウローラは木の枝の上で尻尾を揺らしながら、演習場を見下ろして大声で笑った。

「おい、節穴センコー共!」


訓練生たちの視線が一斉に彼女へ集まる。

「クソガキにいつまで弓なんかやらせてんだ??」

「センスねぇだろ!ゲラゲラゲラ!」

腹を抱えて笑い転げながら、さらに身を乗り出す。

「さっさと剣握らせろよ!」

「アタシはクソガキの剣を見に来たんだよ!!」

「素人の弓なんざ興味ねぇ!!」

完全な挑発だった。


アンドレア・ドナドーニの額に青筋が浮かぶ。

「……うるせぇ。クソ猫!!」

次の瞬間、片手を突き出した。

「ひっ捕えてボロネーゼにするぞオラァ!!」

足元に巨大な魔法陣が展開される。

「アイスストーム!!」

無数の氷柱が唸りを上げながらアウローラへ襲い掛かった。


しかし――


「へっへ〜!」

アウローラは猫らしい軽やかな身のこなしで枝から枝へ飛び移り、あっさりと回避する。

「老耄の魔法なんか当たるかよ!」

尻尾を振って舌を出し、さらに煽った。

「悔しかったら捕まえてみな!」


「この……!」

アンドレアがさらに魔法を構えようとした、その時だった。


クリスティアンが空を見上げ、大きな声で叫ぶ。

「アウローラ!!」

猫耳がぴくりと動く。

「邪魔しないでくれ!」

クリスティアンは真っ直ぐ彼女を見据えた。

「心配しないでも、お前の名誉は俺が守ってやるよ。」


その言葉に、アウローラの表情が固まる。

「…………え?」

頬がみるみる赤く染まり、猫耳がぴんと立つ。

一瞬だけ言葉を失ったあと、慌てて腕を組み、そっぽを向いた。

「は……はん!」

「偉そうな口聞く前にちゃんと昇格しやがれ、ファザコン!」

強気な口調とは裏腹に、尻尾だけが落ち着きなく左右へ揺れていた。


その様子を見たセバスティアーノは思わず吹き出す。

「……ぷっ。」

肩を震わせながら煙草をくわえ直す。


アンドレアも呆れたように苦笑した。

「おいおい……。」

「親子揃って罪な奴だな。」


フランコも珍しく笑みを浮かべる。

「……あいつが誰と結婚するか、今から賭けるか?」


セバスティアーノは苦笑しながら首を横に振った。

「無自覚に女を落とす才能は、パオロ譲りだな。」


三人の鬼教官は顔を見合わせ、小さく笑う。


一方、訓練生たちは状況についていけず呆然としていた。

「……なんなんだ、あいつら。」

「ネラッズーロのエースが応援しに来る訓練生なんて聞いたことねぇぞ……。」


演習場は、開始前にもかかわらず妙な熱気と笑いに包まれていた。

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