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ビリンデッリの血〜東西大陸百年戦記〜  作者: エリカサファイア
episode2(SanSiro)

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episode2(SanSiro)Chapter13

朝日が訓練場を照らし始める。

クリスティアンは汗だくになりながら、一人で弓を引き続けていた。


「……はぁっ!」

矢が放たれる。


カンッ!


的の中心へ突き刺さる。

すぐに次の矢をつがえる。

一本でも多く。

一発でも正確に。

セバスティアーノの言葉だけが頭の中で何度も繰り返されていた。


――全部、テメェ一人でやるんだ。


その頃、育成部の訓練生たちが次々と訓練所へ姿を現す。


「あ?」


一人の訓練生が呆れたように笑った。

「なんだお前。」

「まだそんな訓練してんのか?」


別の訓練生も鼻で笑う。

「そんな訓練ばっかしてもよ。」

「また実戦で足引っ張るだけなのが、まだわかんねぇのか?」

そう言うと、クリスティアンの胸ぐらを乱暴に掴み上げた。

「お前みたいな役立たずがいるせいで、こっちまで評価が下がるんだよ。」


クリスティアンの表情が変わる。

昨日までなら、謝っていただろう。

だが今日は違う。


「……離せ。」


低い声だった。


「なんだと?」

「離せって言ってる!」


ドンッ!!


クリスティアンは相手を力強く突き飛ばした。

訓練生は数歩よろめく。


その光景を離れた場所から見ていたセバスティアーノは、煙草を咥えたまま口元を僅かに緩めた。

「……ほう。」

嬉しそうな声が漏れる。


突き飛ばされた訓練生は顔を真っ赤にした。

「おい!なんのつもりだ……!」

「役立たずのくせによ!!」

拳を振り上げる。


しかし。


ブンッ。


拳は空を切った。

クリスティアンは最小限の動きでかわすと、


「昨日のお返しだが!」


ゴッ!!


逆に相手の頬へ拳を叩き込む。

「ぶっ!」

訓練生は勢いよく吹き飛び、地面へ転がった。


「なっ……!」

周囲の訓練生たちの表情が変わる。


「テメェ!!」

「やりやがったな!!」


一人が叫ぶ。

「やっちまえ!!みんな!!」

その声を合図に十数人の訓練生が一斉にクリスティアンへ襲い掛かった。


「うおおおおっ!!」

「覚悟しろ!!」


乱戦。

殴り、蹴り、組み付き、転がる。

訓練場は一瞬で大乱闘となった。


クリスティアンも何発も殴られながら、それでも倒れない。


一人を投げ飛ばし、

もう一人の拳をかわし、

腹へ拳を叩き込み、

さらに別の相手へ体当たりする。

まるで獣の喧嘩だった。


その様子をセバスティアーノは腕を組み、煙草をくゆらせながら黙って見つめている。

誰一人止めようとはしない。


(そうだ。)

(昨日までみてぇに殴られるだけじゃねぇ。)

(噛み付け。)

(生き残りたきゃ牙を剥け。)


満足そうにその光景を見届けた後――

セバスティアーノは肺いっぱいに息を吸い込んだ。


「うるせぇぇぇぇぇぇぇっ!!!!」


怒号が訓練場全体へ轟く。

乱闘していた訓練生たちが一斉に動きを止めた。


「訓練開始だ!!さっさとやれ!!」

「戦う元気があるなら、その気力を弓に使えこのクソガキ共がァ!!」


一瞬で訓練場は静まり返る。

誰も逆らえない。

訓練生たちは互いに睨み合いながらも、渋々それぞれの持ち場へ戻っていった。


クリスティアンも乱れた息を整えながら弓を拾い上げる。


セバスティアーノはその姿を横目で見て、小さく口角を上げた。

「……少しは騎士らしい目になってきたじゃねぇか。」

セバスティアーノは両手を腰に当て、訓練場全体へ響くほどの大声を張り上げた。

「ようし!! 今日も合同実戦演習だ!!」


訓練生たちが一斉に顔を上げる。


「今からガッリとドナドーニと話をつけてくる! それまで自主練しろ!! サボった奴から地獄を見ると思え!!」

「「は、はい!!」」


怒号を残し、セバスティアーノは踵を返した。


クリスティアンも弓を握り直し、黙々と矢を番える。

(……今日こそ。昨日より一歩でも前へ。)


そんな彼を横目に見ながら、セバスティアーノは不敵に笑った。

(掴め、小僧。あと一歩だ。)



--魔術訓練所



魔術訓練所では無数の魔法陣が輝き、若い訓練生たちが火球や水球を飛ばしていた。


その中央で腕を組みながら指導していたアンドレア・ドナドーニが、近付いてきたセバスティアーノを見るなり呆れたように笑う。

「なんだ。今日も合同か?」


セバスティアーノは煙草を咥えたまま肩をすくめた。

「あぁ。あの小僧、何か掴みつつある。」

「だから付き合え。」

「今日も合同実戦演習だ。」


ドナドーニは片眉を上げる。

「……ほう。」

「ずいぶん入れ込んでるじゃねぇか。」


セバスティアーノは鼻で笑った。

「奢る。だから協力しろや。」


その一言で、ドナドーニの口元が僅かに緩む。

「高いぞ。」

「どうせ飲ませるなら一番いい酒を頼む。」


「構わねぇ。」

「そのくらい安いもんだ。」


ドナドーニは豪快に笑った。

「はははっ!」

「よし、乗った。今日も魔術科を出してやる。」


「ありがとよ。」

二人は拳を軽く合わせ、そのまま別れた。



-.剣術訓練所



木剣のぶつかる音が絶え間なく響く中、一人だけ壁にもたれて大欠伸をしている男がいた。


フランコ・ガッリ。


眠そうな目で訓練生を眺めながら、やる気のない声を漏らす。

「……なんだ。」

「またパオロの息子の為に合同か。」


セバスティアーノはニヤリと笑った。

「あのガキ、掴みつつあるんだ。」

「下手くその剣術見るより見応えもあるだろ。」


フランコは欠伸を噛み殺しながら、訓練生たちへ視線を向ける。


素振り。

素振り。

また素振り。

どれも覇気がない。


「……まぁな。」

「ロッソ・ネーロにすらなれなさそうなこいつらの素振りを見るよりはマシか。」


そう言ってクリスティアンの名を出さずに笑う。


セバスティアーノも肩を震わせる。

「だろ?」

「今日も好きなだけ見てけ。」


フランコは木剣を肩に担ぎながら立ち上がる。

「いいだろ。俺も行く。」

「もしあいつが本当に掴み始めてるなら……」

眠そうだった目が僅かに鋭く細まる。

「見逃すのは惜しい。」


セバスティアーノは満足そうに頷いた。

「決まりだ。」

「今日は昨日より面白ぇぞ。」


三人の鬼教官は、再び合同実戦演習へ向けて動き始める。

その頃クリスティアンは、自分が三人の教官から大きな期待を寄せられていることなど知る由もなく、一人黙々と弓を引き続けていた。



--



育成部の広大な実戦演習場。

訓練生たちが木弓や木剣を手に整列している。

普段とは違う緊張感が場を支配していた。


その理由は


ギィ……


重厚な扉が開く。

先頭を歩くのは、スキンヘッドに鋭い眼光を宿した弓術教官、セバスティアーノ・バレージ。


その隣には、肩まで伸びた無造作な長髪を揺らしながら歩く魔術教官、アンドレア・ドナドーニ。


最後尾には、眠そうに欠伸をしながらゆっくり歩く剣術教官、フランコ・ガッリ。


サンシーロ育成部が誇る三人の名物鬼教官が揃って姿を現した。

その瞬間だった。


ザワッ――


訓練生全員の空気が一変する。

先程まで雑談していた者も、

緊張で唾を飲み込む者も、

全員の目付きが鋭く変わる。


「……来た。」

「あの三人が揃うなんて……。」

「あぁ。」

「認められたらロッソ・ネーロだ。」

別の訓練生も拳を握る。

「教官が三人ってことは……。」

「昇格の見込みがある奴を見に来たって事だ。」

「今日結果を出せば人生が変わる……!」


誰もが興奮と緊張を隠せない。

その熱気は演習場全体を包み込んでいた。


その中でクリスティアンも静かに三人を見つめる。

(……あいつら。俺の剣を”才能がない”と一蹴した奴ら。)

拳を強く握る。

(今日は違う。目にもの見せてやる。)

瞳には静かな闘志が宿っていた。


そんな訓練生たちを見渡し、セバスティアーノは煙草をくわえたまま鼻で笑う。

「けっ。俺達三人揃ったら目の色変えやがって。」

「現金なガキ共だ。」


アンドレアは一歩前へ出ると、腹の底から響くような怒声を飛ばした。

「聞けェェェッ!!」

その怒号だけで場が静まり返る。

「昇格に目が眩んで好き勝手してみろ!!」

「連携を乱した奴!」

「命令を無視した奴!」

「独断専行した奴!」

「そんな奴は容赦なく居残りだ!!」

「今日は俺達三人が隅から隅まで見ている!!」


訓練生たちは一斉に背筋を伸ばす。

「「は、はいッ!!」」


その横でフランコだけは空気など気にも留めず、

「ふぁぁぁぁぁぁ……。」

盛大な欠伸を一つ。

眠たそうに目を擦りながら、ぼそりと呟く。

「……始まったら起こしてくれ。」


その一言に、一瞬だけ張り詰めた空気がわずかに緩んだ。

しかし、三人の教官が揃って見守る合同実戦演習が始まろうとしていることに変わりはない。

訓練生たちは皆、自らの未来を懸け、それぞれの武器を強く握り締めた。

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