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ビリンデッリの血〜東西大陸百年戦記〜  作者: エリカサファイア
episode2(SanSiro)

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episode2(SanSiro)Chapter11

石畳の広場は、すでに祭りのような熱気に包まれていた。


「エンツォに十ロル!」

「いや、アウローラだ!」

「ネラッズーロに全部賭けるぜ!」

「今日は面白くなりそうだ!」


あちこちで金貨が飛び交い、歓声が響く。


円の中心では、エンツォとアウローラが静かに木刀を構えた。


「始めッ!」


誰かの声と同時に、勝負が始まる。


その様子を見ていたケイスケが、クリスティアンの肩を豪快に抱いた。

「小僧。」

「えっ?」

「常に『どう援護するか』を考えながら見てろ。」

ケイスケは試合から目を離さず笑う。

「テメェみたいな実習生には貴重な実戦見学だ。」


クリスティアンは驚いたようにケイスケを見る。

「援護を……。わかった。」

その瞬間から、クリスティアンの目つきが変わった。

(もし俺が弓兵なら……。)

(エンツォが踏み込む瞬間に援護する。)

(いや、あの跳躍なら先に着地点を狙うべきか。)

頭の中で何度も戦況を組み立て始める。


一方の試合。

エンツォは怒りのまま踏み込んだ。

「うおおおおっ!」

いつもの鋭く無駄のない剣筋ではない。

力任せの大振りで呼吸も乱れている。


アウローラはそれを見て鼻で笑った。

「全く、なっちゃいねぇな。」

猫耳を揺らしながら軽やかに跳ぶ。

「期待の若手さんよ。」


カンッ!

カンッ!


木刀が何度もぶつかる。

だが、エンツォは冷静さを完全に失っていた。

「うらぁっ!」

渾身の一撃。木刀を力任せに振り抜く。


「甘い。」

アウローラは紙一重でかわす。

そのまま身体を回転させて


バシィッ!!


木刀が容赦なくエンツォの首筋へ叩き込まれた。


「がっ……!」


エンツォの膝が崩れる。


「げぇぇ……ごほっ……!」


激しく咳き込み、その場に吐き戻してしまう。


「実戦なら。」

アウローラはしゃがみ込み、苦しむエンツォの顎を軽く持ち上げた。

「今ので首が飛んでるぜ、僕ちゃん。」

妖しく笑う。

「さっきの威勢はどうした?」

木刀を振り上げる。

「トドメだ!」


その瞬間


「もう勝負はついただろ!」

クリスティアンが飛び込み、アウローラの腕を後ろから押さえて制止した。

勢い余って互いによろめく。


アウローラは顔を赤くして振り返る。

「おい!どこ触ってんだクソガキ!」


クリスティアンは慌てて手を離した。

「わ、悪い!止めようとしただけで、そんなつもりじゃ……!」

耳まで赤くして狼狽える。


アウローラは呆れたように鼻を鳴らした。

「まったく。これだからロッソ・ネーロのガキ共は。胸だけで耳まで赤くしやがって」

からかうようにクリスティアンの頬を軽く指先でつつく。


そして木刀を突きつけた。

「ほら、剣持てよ。次はテメェだ。」


周囲のネラッズーロたちも大盛り上がりだった。


「リベンジマッチか!?」

「いいぞアウローラ!」

「やっちまえ!」

「今度こそ決着だ!」


しかしクリスティアンは首を横に振る。

「俺は……剣は持たない。」

静かな声だった。

「安い挑発には乗らん。」


ケイスケが腕を組み、口元を緩める。

「ほう……。」


アウローラは眉を吊り上げた。

「はぁ!?ざけんじゃねぇ!」

クリスティアンの胸ぐらを掴もうとした、その時。


ガシッ。


「そこまでだ、アウローラ。」

ケイスケが後ろから首根っこを掴み、そのまま軽々と持ち上げる。

「離せオッサン!」

猫のようにもがくアウローラ。


しかしケイスケは意に介さない。

「小僧はよ。」

クリスティアンへ視線を向けて笑う。

「エンツォを瞬殺したお前を見て、ビビっちまったみてぇだ。」

「これじゃ賭けにならねぇ。」

「飲み直すぞ。」


そのままアウローラを抱えたまま酒場へ戻っていく。


「放せって言ってんだろー!」


アウローラが叫ぶ中、ネラッズーロの隊員たちも笑いながら後に続いた。


「へへっ!」

「ロッソ・ネーロなんて所詮こんなもんよ!」

「正規軍つってもガキと新米の集まりだもんな!」

「今日はネラッズーロの勝ちだ!」


野次と笑い声を残し、一団は酒場の中へ消えていく。

広場には倒れたエンツォと、その傍らに立つクリスティアンだけが残った。

クリスティアンは苦しそうに呼吸するエンツォへ肩を貸しながら、小さく呟く。

「……まずは、教官の言う通り立ち回りを覚えないとな。」

先ほどの勝負を見て、彼は改めて実戦では剣の腕だけでは勝てないことを痛感していた。



--



クリスティアンは肩を貸しながら、ふらつくエンツォをゆっくりと寮へ連れて歩く。

先ほどまでの喧騒が嘘のように、街は静かだった。


アウローラに首を強打されたエンツォは顔をしかめながらも、自分の足で歩こうとしていた。


クリスティアンは心配そうに覗き込む。

「……大丈夫か? エンツォ」


エンツォは苦笑しながら首を押さえた。

「ぅぅ……痛ぇ。」

「……あの猫女、調子に乗りやがって。」

その声にも、いつもの威勢はない。


クリスティアンは眉をひそめた。

「教官を呼ぼう。」

「ドナドーニ教官なら治療魔術を…」

そう言いかけた瞬間。


ガシッ。


エンツォがクリスティアンの腕を掴んだ。

「やめろ。」

「また野試合したなんてバレちまったらマズイ。」

「いいさ……。」

彼は苦笑した。

「この痛みは、しっかり向き合うよ。」


クリスティアンは少し黙る。

やがて寮へ着くと、自室から水差しを持ってきてコップへ水を注いだ。

「……ほら。」


エンツォはゆっくり受け取り、一気に飲み干す。

「……悪い。」


クリスティアンはベッドへ座るエンツォの隣に腰を下ろした。

静かな時間が流れる。

そして、ぽつりと呟いた。

「……らしくねえぞ。どうしたんだ?」


エンツォはしばらく黙っていた。

拳をぎゅっと握る。

その手は震えていた。

「……完敗したんだ。この間の戦闘で。」


クリスティアンは思わず顔を上げる。

「……え?」


エンツォは悔しそうに歯を食いしばった。

「あいつには……」

「手も足も出なかった。」

その声は震えていた。


「ジョルディ・バケーロ。」


その名を口にした瞬間。

部屋の空気が重くなる。


エンツォは拳を膝へ叩きつけた。

「エミリアーノ・ラウールが、パオロ様を討ち取る手助けをした男だ。」


クリスティアンの瞳が揺れる。

「父様を……。」


エンツォはゆっくり頷いた。

「そうだ。」

「若干二十六歳でカンプノウ最強クラスの隊長。」

「見た目は女みてぇに綺麗な野郎なのによ……。」

「剣はもっと綺麗だった。」


エンツォはその光景を思い出す。

「俺が踏み込む度に、全部読まれてた。」

「斬りかかれば受け流され。」

「距離を取れば詰められ。」

「フェイントも。分身も。全部見抜かれてた。」


悔しさに拳が震える。


「気付けば周りの仲間は全員倒れてて……」

「俺も、生きて逃げるのが精一杯だった。」


ぽたり。


エンツォの拳へ涙が落ちた。


「……悔しかった。」

「俺は……ロッソ・ネーロで一番になって、いつかビアンコ・ネーロへ行くつもりだった。」

「なのに。世界は……広すぎた。」


エンツォはゆっくりと目を閉じた。

「……忘れられねぇ。今でも夢に出てくる。」

その言葉と共に、彼の意識は数日前の戦場へと戻っていく――。



--



空は灰色だった。

雨上がりの湿った大地には、無数の死体が転がっている。

矢が飛び交い、魔法が炸裂し、悲鳴が響く。


サンシーロ騎士団『ロッソ・ネーロ』と、カンプノウ騎士団『ロス・ブランコス』。

百年続く戦争の最前線。


「押し込めぇぇぇ!!」


ロッソ・ネーロの若き隊員たちが一斉に前進する。

その先頭にいたのはエンツォだった。

「敵は崩れてる! 一気に決めるぞ!」


威勢よく剣を掲げた、その瞬間だった。


風が吹く。

いや。

誰かが動いた。


「……え?」


エンツォの視界から、一瞬で味方が消える。

次の瞬間。


ズバッ。


背後で鮮血が舞った。


「ぐぁぁぁぁ!!」


振り返ると、仲間が一人、胸を斬り裂かれ倒れていた。


「なっ……!」


そこに立っていたのは。

長く美しい金髪。

女性と見間違うほど整った顔立ち。

だが、その瞳だけは氷のように冷たい。


ジョルディ・バケーロ。


ロス・ブランコス第七番隊隊長。

彼は静かに剣を払った。

血飛沫だけが宙を舞う。


「遅い。」


その一言だけだった。


「この野郎ォォォ!!」

エンツォは怒号と共に斬り掛かる。

しかし。


カンッ。


あまりにも軽く受け流された。


「なっ!?」


体勢が崩れその隙を狙われる。


ジョルディは必要最小限の動きだけでエンツォの懐へ入り込む。


「戦場では。」


ヒュン。


「怒った者から死ぬ。」


ドンッ。


柄頭が鳩尾へめり込む。


「がっ……!」

息が止まり膝をつく。

視界が揺れる。

立ち上がろうとした瞬間。

剣先が喉元へ止まっていた。


あと数センチ。

それだけで命は無かった。


ジョルディは無表情のまま周囲を見る。


「撤退しろ。」


その命令だけでカンプノウ軍が一斉に後退を始める。

深追いする者はいない。

ただ必要な敵だけを倒し、目的だけを果たして去っていく。


その背中を見ながらエンツォは拳を握る。

(勝てるか……。こんな奴に。)

涙と悔しさが込み上げた。


周囲では仲間たちが倒れ、神官が必死に治療している。

エンツォは血だらけの剣を握り締めたまま、ただ立ち尽くすことしかできなかった。




--




寮の部屋。

エンツォは力なく笑った。

「……生きて逃げるのに必死だった。」

「俺はあの日、完敗した。」


クリスティアンは何も言えない。

目の前の男は、自分が憧れるエンツォだ。

そのエンツォがここまで打ちのめされた相手。

父が死ぬ要因になった相手。


ジョルディ・バケーロ。


その名は、クリスティアンの胸にも深く刻まれた。

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