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ビリンデッリの血〜東西大陸百年戦記〜  作者: エリカサファイア
episode2(SanSiro)

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episode2(SanSiro)Chapter10

酒場の空気が、ようやく落ち着き始めた頃だった。


バァンッ!!


酒場の扉が勢いよく開かれる。


「おいマスター!!」


豪快な声が店中に響いた。


「酒だ酒!!今日は浴びるほど飲むぞ!!」


先頭に立っていたのは、金髪を短く刈り込み、頭頂部と毛先だけを少し伸ばした男――ケイスケ・ナガトモだった。

その後ろには、ネラッズーロの隊員たちがぞろぞろと続く。


「また始まった……。」

「副隊長絶好調だな。」

「あーあ。」


店内から苦笑が漏れた。


カウンターの向こうではマスターが深いため息をつく。


一方、その集団の最後尾では


「だから私は眠いって言ってんだろオッサン!」


アウローラが不機嫌そうに猫耳をぴくぴく動かしていた。

「今日はもう寝かせろ!」


ケイスケは豪快に笑う。

「細かいことは気にするなガハハハ!」


そのままアウローラの肩をガシッと抱く。

「酒飲めば眠気なんざ吹っ飛ぶ!」

「吹っ飛ばねえよ!私は猫だぞ!」

「知らん!寝ろ!飲め!」

二人はいつものように言い合いを始める。


その騒ぎの中で、ケイスケの視線がふとカウンターへ向いた。

「おっ?おう小僧!」

クリスティアンを見つけると、大股で近寄ってくる。

「中々いいお洒落じゃねえか!!」

ボロボロになった制服を見ながら豪快に肩をバンバン叩く。


「いてててっ!」


「辛気臭え顔しやがって!どうだ?ネラッズーロに来る気になったか?ガハハハハ!!」


店中に豪快な笑い声が響く。

後ろの隊員たちも笑顔で続いた。


「アウローラに勝ったお前なら歓迎だ!」

「ネラッズーロなら即戦力だぜ!」

「酒も毎日飲めるぞ!」

「給料日にゃ宴会だ!」


クリスティアンは苦笑するしかなかった。


その横でエンツォが鼻で笑う。

「バーカ。」

「俺たちより基本給が安い部隊に好き好んで行くかよ。」


「それでも正規軍だ。」

ケイスケは肩をすくめる。

「金より自由よ。」


「自由って便利な言葉だな。」


そんなやり取りを聞いていたアウローラが眉を吊り上げた。

「はぁ?最初から本気出してたら勝ってたし!!」

猫耳を逆立てながらクリスティアンへ詰め寄る。


ガシッ!


胸ぐらを掴み上げる。

「おいクソガキ!なんだそのシケたツラは?」

「テメェが情けねえ姿晒すと私の評価も下がるんだよ!しっかりしろ!」


クリスティアンは力なく答える。

「しょうがねえだろ……。」

「連携なんてやったことねえし……。」


その言葉を聞いた瞬間。

アウローラの目が丸くなった。


「……れ?連携?」


一拍置いて


「ぶははははははは!!」

腹を抱えて笑い始めた。

「何だよそれ!」

「ギャハハハハ!!」


周囲のネラッズーロ隊員まで笑い出す。


「聞いたか?」

「連携だってよ!」

「ロッソ・ネーロらしいな!」


クリスティアンは顔を真っ赤にする。

「何がおかしい!!」


アウローラは笑い涙を拭きながら、人差し指でクリスティアンの額をぐいっと押した。

「だからテメェら正規軍は甘ちゃんなんだよ!」

「連携なんか知ったこっちゃねえ。」

「一人でも多く仕留めた奴が偉いんだよ。バーカ。」


クリスティアンは押し返されながら目を丸くする。

「そんな戦い方……。」


エンツォが呆れたように頭を掻く。

「全く。これだから傭兵は……。」

「だから邪魔者扱いされんだよ。」


その一言にアウローラが噛みつく。

「うるせえ!」

猫耳を逆立てる。

「私達が最前線で敵を仕留めなきゃ、テメェらロッソ・ネーロのガキ共はビビって何も出来ねえくせに!」

「偉そうな口聞くんじゃねえ!」


「はっ!」

エンツォも負けていない。

「誰がビビるか!」

「毎回好き勝手突っ込んで戦線崩してんのはどこの誰だ!」

「戦争はチームで勝つんだよ!」

「だからテメェらはいつまで経っても傭兵なんだ!」


酒場の空気が一気に張り詰める。


ケイスケだけは面白そうに笑っていた。

「ガハハハハ!!」

ジョッキを掲げる。

「いいぞ!今日はエンツォとやるか?」

「久々に面白くなってきたじゃねえか!」


マスターは額に手を当て、大きなため息をつく。

「全く……。」

何も言わず、いつものように店の外を指差した。

その仕草だけで全員が意味を理解する。

「外でやれ。」

ということだった。


アウローラはニヤリと口角を吊り上げる。

「あのおかっぱはいねえんだろ?」

もちろん、マウロのことだ。

「喧嘩売るんなら買うぜ。」

挑発するように木刀へ手を伸ばし、エンツォを真っ直ぐ見据えた。


エンツォも椅子からゆっくり立ち上がる。

「望むところだ。」


酒場の客たちは一斉に立ち上がる。


「また始まるぞ!」

「今日はエンツォ対アウローラか!」

「賭けるか?」


酒場は再び、決闘前夜のような熱気に包まれていった。



--



酒場の外。

石畳の広場には、いつの間にか野次馬が集まり始めていた。


ロッソ・ネーロ。

ネラッズーロ。

休日の騎士たち。

街の住人まで足を止め、円を作る。


その中心で、アウローラが木刀を肩に担ぎ、ニヤリと牙を見せた。

猫耳がぴくりと動く。

「テメェら正規軍なんかより――」

ゆっくりと木刀をエンツォへ向ける。

「私達ネラッズーロの方が優秀だって教えてやるよ、ガキ。」


挑発的な笑み。

一方のエンツォは鼻で笑った。


「ハッ。」


肩を鳴らしながら木刀を抜く。

「クリスティアンに不覚を取るようじゃ、俺は倒せねえぜ猫女。」

木刀の切っ先を向け返す。

「怪我する前に猫らしくおねんねしときな。」


「言ってくれるじゃねぇか……。」

アウローラの猫耳が逆立つ。


その時だった。

後方で腕を組んでいたケイスケが、不敵な笑みを浮かべた。

「おい、エンツォ。」


エンツォが視線だけ向ける。


「テメェ、ビアンコ・ネーロの付き添いから外されたらしいな。」


その一言で空気が変わる。

クリスティアンも思わずエンツォを見る。


ケイスケは追い打ちをかけるように笑った。

「ヌルい環境で弛んでるんじゃねぇのか?」


「……。」

エンツォの額に青筋が浮かぶ。

次の瞬間。


ビュッ!!


木刀の切っ先がケイスケへ向いた。

「オッサン!テメェもやるか?」


周囲がどよめく。

しかしケイスケは微動だにしない。

ジョッキを片手に笑ったままだ。

「ガキと野試合する程、俺は落ちぶれちゃいねえよ。」


一歩だけ前へ出る。

「ただな。」

「今のお前がアウローラを煽れるほど偉いのか、疑問でな。」


その言葉は静かだった。

だが、鋭かった。


エンツォの拳が震える。

「……。」


ドンッ!!


怒りのまま木刀を石畳へ叩きつける。

石畳に小さなひびが走る。


「猫女を瞬殺した後…」

エンツォはケイスケを睨みつけた。

「覚えとけよオッサン。」


「へへっ。」

ケイスケは口角を上げるだけだった。


その様子を見ていたクリスティアンは慌ててエンツォの腕を掴む。

「おいエンツォ!熱くなりすぎだ!」


「放せ!」

エンツォは振り払おうとする。

「うるせえ!」

「これは俺のプライドの問題だ!」

その瞳には、いつもの余裕はなかった。


ここ数日。

エンツォ自身も順風満帆とは程遠い日々を送っていた。

若手の中でも期待株として、ビアンコ・ネーロの実戦随行候補に選ばれていた彼だったが、直近の評価でそのメンバーから外されていた。

理由は「規律違反の多さ」と「感情に流されやすい戦い方」。

本人は表向き気にしていない素振りを見せていたが、その悔しさは胸の奥で燻り続けていた。

だからこそ、ケイスケの何気ない一言は、エンツォの誇りを容赦なく抉った。

その苛立ちは、今まさに目の前の勝負へと向けられようとしていた。

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