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ビリンデッリの血〜東西大陸百年戦記〜  作者: エリカサファイア
episode2(SanSiro)

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episode2(SanSiro)Chapter8

夜明け前。

空にはまだ星が瞬いている。

誰もいないはずの訓練場に、一人の少年が立っていた。


クリスティアン・ビリンデッリである。


昨日修理した弓を握り締め、静かに深呼吸する。

「……今日も。まずは一ヶ月。」

そう呟き、弓を構えた。


その時――。

「時間の十五分前とは感心だな。」

低い声が背後から響く。

振り返ると、セバスティアーノ・バレージが腕を組んで立っていた。


クリスティアンは慌てて姿勢を正す。

「お、おはようございます! バレージ教官!」

「……ほぅ。」

セバスティアーノは鼻を鳴らす。

「誰も来てねぇからって剣を持ち出してねぇだろうなと思ったが……。」

「ちゃんと弓だけ持って来たか。」


クリスティアンは力強く頷いた。

「はい!今日からは弓兵として学びます!」


セバスティアーノは満足そうに口角を上げた。

「よし。じゃあ準備運動だ。」

「訓練場十周。」

「弓を頭上に掲げたまま走れ。」

「落としたら最初からだ。」


「はい!!」


地獄の早朝特訓

まだ授業開始まで二時間以上ある。

しかし訓練は既に始まっていた。

「もっと膝を使え!」

「はい!」

「走れ!」

「はい!」

「伏せ!」

「はい!」

「起きろ!」

「はい!」

「撃て!」


ビシュッ!!


「走れ!」

「はい!」

「伏せろ!」

「はい!」

「撃て!…遅い!!」


ゴツン!!


木剣の柄が頭へ落ちる。

「痛っ!」

「敵は痛いじゃ済まねぇ!」

「もう一度!」

「はい!!」


一時間後。


クリスティアンの腕は震え始めていた。

指先からは血が滲み、肩は悲鳴を上げている。


「あと百本。」

「……はい!」

「声が小せぇ!」

「はい!!」

「あと九十九本!」

「はい!!」


額から汗が滝のように流れる。

息は荒い。

足は鉛のように重い。

それでも弓だけは絶対に離さなかった。


午前七時。

育成部の生徒達が続々と訓練場へ集まってくる。

その頃にはクリスティアンは既に全身泥まみれだった。

制服は汗でびっしょり。

両腕は上がらない。

肩は赤く腫れている。


他の生徒が驚く。

「え……。」

「アイツもう訓練してたのか?」

「何時間前からだ?」


セバスティアーノは何事もなかったように叫ぶ。

「全員集合!!授業開始だ!!」


クリスティアンは息を切らしながら列へ並ぶ。

(まだ朝なのに……。)

(もう身体が動かねぇ……。)


射撃訓練

的が並ぶ。


「十射。…開始!」


次々と矢が放たれる。


ビシュッ!

ビシュッ!

ビシュッ!


しかし。

「あぁ……!」

「外れた!」

「また八点だ!」


周囲の生徒達が苦戦する中――。


クリスティアンも弓を引く。

ゆっくりと息を吐き。

昨日教わった通り背中で引く。

放つ。


ヒュンッ!

ドスッ!!


ど真ん中。


「……。」

周囲が静まり返る。


二射目。


ドスッ。


三射目。


ドスッ。


四射目。


ドスッ。


十射全てが中心付近へ突き刺さった。


一人の生徒が目を丸くする。

「う、嘘だろ……。」

「昨日来たばかりだぞ?」

「なんであんな当たるんだ?」


別の生徒も呟く。

「俺達より精度高くねぇか……?」


セバスティアーノは腕を組んだまま鼻を鳴らした。

「当てるだけならな。」


クリスティアンは不思議そうな顔をする。

(え?)

(褒められないのか?)



--



実戦訓練

訓練場は模擬戦用のフィールドへ変わる。


教官が叫ぶ。

「五対五!!」

「弓兵は後方支援!」

「敵の動きを見て援護しろ!」


試合開始。

「行け!」


味方の剣士達が前へ出る。

クリスティアンは後ろで戸惑う。


(えっと……。)

(誰を狙えば……。)

(今撃っていいのか?)


迷う。

その隙に味方が叫ぶ。


「援護!」

「早く!」


慌てて撃つ。


ビシュッ!


味方の足元へ突き刺さる。


「いてぇ!!」

「何やってんだ!」

「す、すまん!」


別方向では敵が接近。

クリスティアンは気付かない。


「右だ!!」


叫ばれて初めて振り向く。

遅い。


木剣が首元へ。


「戦死。」


教官が無情に告げる。

クリスティアンは呆然と立ち尽くす。


別の試合。

また敵を見失う。

味方が囲まれる。

援護できない。


「何やってんだ!」

「撃てよ!」


「すまん!」

また負ける。


さらに次。

また足を引っ張る。


試合終了後、同じ班の生徒がため息をついた。

「射撃は上手いのに……。」

「立ち回りが酷すぎる。」

「まるで戦場を知らない子供だ。」


クリスティアンは悔しそうに拳を握る。

「……その通りだ。」


セバスティアーノは静かに頷いた。

「だから言った。」

「お前に足りないのは剣でも弓でもない。戦場そのものだ。」

「剣術大会は一対一。」

「戦争は百対百、千対千。」

「周囲を見ろ。」

「敵だけ見るな。」

「味方を見ろ。」

「地形を見ろ。」

「風を見ろ。」

「戦況を読め。」

「それが出来なきゃ、お前の矢は宝の持ち腐れだ。」


クリスティアンは深く頭を下げた。

「……はい。」


その返事には昨日までの反発はなかった。

彼はようやく理解し始めていた。

自分に足りないものは、弓の腕ではなく、「戦場で生きる技術」そのものなのだと。


「右翼援護!」

「はい!」

クリスティアンは慌てて矢をつがえる。

しかし判断が一瞬遅れる。

その間に前衛が包囲された。

「遅い!!」

木刀が味方へ直撃する。

「戦死!」

教官の声が響いた。


試合終了。


前衛の生徒が木刀を地面へ叩きつける。

「ふざけんな!」

「何のための弓兵だ!」

別の生徒も苛立ちを隠さない。

「お前が後ろで突っ立ってる間に俺らが何人やられたと思ってんだ!」

「射撃だけ上手くても意味ねぇんだよ!」


クリスティアンは息を切らしながら頭を下げた。

「……すまない。」


しかし次の試合でも。

「左から敵!」

「え?」

「違う! そっちじゃねぇ!」

味方が叫ぶ。

クリスティアンが振り返った時には遅かった。


「戦死!」

「またかよ!」

「何回同じこと繰り返すんだ!」


昼過ぎ。

何度目かの模擬戦。

今度はクリスティアンが味方の進路を塞いでしまう。


「邪魔だ!」

前衛の一人が肩で強く押しのける。

クリスティアンは体勢を崩して地面を転がった。

「どけ!」

「そこに立つな!」

慌てて立ち上がる。

「す、すまない!」

直後。

敵役の木刀が背中へ。

「戦死!」

また敗北だった。



--



休憩時間。

育成部の生徒達の不満は、いよいよ教官へ向けられる。

一人の生徒がセバスティアーノの前へ進み出た。

「バレージ教官!」

「クリスティアンを班から外してください!」

「足を引っ張るだけです!」


別の生徒も続く。

「射撃は上手いです!」

「でも実戦じゃ役に立ちません!」

「俺達まで巻き込まれます!」

「別班で基礎だけやらせてください!」


周囲からも同意の声が上がる。

「その方が効率的です!」

「お願いします!」


クリスティアンは俯いた。

(……やっぱり。俺がいるせいで。みんなが。)


沈黙。


全員がセバスティアーノを見る。

だが。

教官は腕を組んだまま、一言だけ告げた。


「却下だ。」


場が静まり返る。

「教官!」


「聞こえなかったか?」

低い声で言い返す。

「却下だ。」


生徒達は納得できない。

「ですが!」

「俺達は!」


セバスティアーノは怒鳴った。

「戦場じゃ誰と組むか選べねぇ!!」

空気が凍る。

「未熟な奴が来たら捨てるのか?」

「傷付いた仲間は見殺しか?」

「気に入らねぇ兵士は外せと喚くのか?」


誰も答えられない。


「全員が育成部だ。」

「落ちこぼれを支えて一人前にするのも訓練だ。」

「文句があるなら、お前らがクリスティアンを戦力に変えてみせろ。」


静まり返る訓練場。


クリスティアンだけが驚いた表情で教官を見つめていた。

(……外さないのか。俺を。)



--



午後の模擬戦。

「開始!」

クリスティアンは必死に走る。

だが焦りから再び味方と動きが重なる。

「どけ!」

味方と肩がぶつかり、勢いよく弾き飛ばされる。

「ぐっ!」

泥の上を転がる。

それでも立ち上がる。


「援護しろ!」

「はい!」


矢を放つ。

敵の盾に弾かれる。


「違う!」

「位置取りを見ろ!」

「前へ出るな!」


怒号が飛ぶ。

混乱するクリスティアン。

その隙に敵役の木刀が胸へ。


「戦死!」


また負けた。


息を切らしながら立ち上がるクリスティアンに、味方は厳しい視線を向ける。

それでもセバスティアーノは一切手を貸さない。

助けもしない。

外しもしない。

ただ静かに命じた。

「次。」


クリスティアンは泥を払い、痛む身体を起こす。

「……はい!」

悔しさを噛み締めながら、再び仲間の列へ戻っていった。

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