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ビリンデッリの血〜東西大陸百年戦記〜  作者: エリカサファイア
episode2(SanSiro)

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episode2(SanSiro)Chapter3

二人は夜の石畳で向かい合う。


エンツォが最後の助言を飛ばす。

「クリスティアン!」

「猫獣人は跳躍力と瞬発力が異常だ!」

「だが集中力もスタミナも極端に少ねぇ!」

「長期戦に持ち込め!」


アウローラは肩をすくめる。

「ハン。」

木刀を肩へ担ぐ。

「ありきたりなアドバイスしか出来ないのかい。」

冷たい目になる。

「いつもいつもネラッズーロの手柄を横取りするロッソ・ネーロには辟易してんだよ。」

腰を低くした。

「……いくよ!!」


次の瞬間。姿が消えた。


「!!」


猫獣人特有の跳躍。

石畳を蹴る音すら置き去りにする速度。


クリスティアンは辛うじて反応し、


ギィン!!


木刀で受け流す。

「速い……!」

思わず後退する。

「想像以上だ……!」


アウローラが舌で木刀を舐めた。

「もうビビっちまったかい?」

猫のように笑う。

「じゃあ――」

再び跳躍。

「トドメだ!!」


その瞬間。

ケイスケだけが目を細めた。

「……ほう。」


クリスティアンの足運びが変わる。

無駄が消えた。

最小限。最短距離。

紙一重で身体を滑らせ、

木刀を斜め下から振り上げる。


ガキィン!!


アウローラの木刀が宙を舞った。

「なっ……!?」


木刀が石畳へ突き刺さる。


クリスティアンはその切っ先を彼女の顔へ向けた。

「スピード以外てんで大したことねぇな。」

冷たく言い放つ。

「エンツォの方が何倍も強いぜ。」


エンツォも思わず息を呑む。

(流石だ……。)

(しかし……。)

(これで剣の才能がねぇとか……。)

(教官共は節穴か?)

(この猫獣人もかなりの腕だぞ……。)


しかし

アウローラは笑っていた。

「チッ。」

袖口から一本のダガーを抜く。

「剣を弾いただけで油断したね。」


シュッ!!


「ぐあああああ!!」

ダガーがクリスティアンの右肩へ深々と突き刺さる。

鮮血が飛び散った。


「おい!!」

エンツォが怒鳴る。

「野試合だろ!!卑怯だぞ!!」


アウローラは鼻で笑う。

「ハン!」

落ちた木刀を拾う。

「これだからロッソ・ネーロは甘い。」

「戦いは勝った奴が正義なんだよ。」

「理念も誇りも飯は食わせてくれない。」

「ネラッズーロは勝たなきゃ稼げねぇんだ。」


容赦なくクリスティアンに木刀を振り下ろす。

だが――


「甘いのは……」

クリスティアンは左手一本で木刀を握り直した。

「お前だ。」


ズドン!!


鈍い衝撃。

木刀がアウローラの右肩の付け根を正確に鋭く打ち抜く。


「ぎゃあああああ!!」

アウローラの右腕が変色し力なく垂れ下がる。


ケイスケは静かに酒を飲んだ。

「ほほう……。」

感心したように頷く。

「小僧。訓練も受けずにこの剣か。」

「流石はパオロ隊長のご息族だ。」


クリスティアンは木刀を突き付ける。

「俺の勝ちだ。」

肩から血を流しながら睨む。

「父様と母様に謝罪しろ。」


アウローラは回復魔術を受けながら悔しそうに唇を噛んだ。

「……わ、わかったよ。」

小さく呟く。

「……アタシが……悪かった……。」

そこまで言うと、

緊張の糸が切れたように、その場へ倒れ込んだ。


「寝たな。」

ネラッズーロの回復師が呆れ顔でため息をつく。

「ダメージ受けすぎて興奮が切れた。」

「全く、これだからにゃんこちゃんは…誰が連れて帰ると思ってんだ。」


「神官はいねぇか!」

エンツォが叫ぶ。

「クリスティアンにも回復を――」


「その必要はない!!」


怒号が夜空を裂いた。

全員が振り返る。

そこに立っていたのは、

怒りに満ちた表情のマウロ・ミッコリだった。


「おいマウロ!」

エンツォが言いかける。

「仕掛けてきたのは向こう――」


バキッ!!


拳がエンツォの頬を打ち抜く。


「ぐっ!!」

「サンシーロ騎士団を何だと思っている!!」


マウロの怒声が響く。

「俗物どもの挑発に乗り!」

「軽々しく剣を抜くとは言語道断だ!!」


クリスティアンも叫ぶ。

「父様と母様を侮辱された!絶対に許せねぇ!」


バキィ!!


今度はクリスティアンが殴り飛ばされた。

胸ぐらを掴まれる。

「お前……。」

マウロは怒りを押し殺すように低く言う。

「なぜ剣を持っている。」

「一秒たりとも握るなと教官から命じられたはずだ。」


エンツォが立ち上がる。

「テメェらが節穴なんだよ!!」

「クリスティアンのどこが剣の才能がねぇって言うんだ!!」

「今日改めて証明された!コイツは本物だ!!」


すると、

ケイスケが静かに口を開いた。

「……本当にそうかな?」

「なにィ!?」

エンツォがケイスケの胸ぐらを掴む。

「さっき感心してただろうが!!」

その瞬間。


ドゴッ!!


マウロの拳がエンツォの鳩尾へめり込んだ。

エンツォは一撃で気を失う。


マウロはネラッズーロへ頭を下げた。

「部下達がすまない。連れて帰る。」


ネラッズーロの一人が鼻で笑う。

「へっ。お高く止まりやがって。」

「ロッソ・ネーロのくせによ。」


マウロは一瞥すらしなかった。

「下劣なネラッズーロと。剣を交わす気も、口を利く気も毛頭ない。」

「失せろ。」


クリスティアンが思わず口を開く。

「おいマウロ!そこまで言わなくても――」


バキッ!!


二度目の拳だった。胸ぐらを掴まれる。

「クリスティアン。」

その瞳には失望が宿っていた。

「これ以上私を失望させるな。」

「お前には一からサンシーロ騎士団の理念を学んでもらう。」

エンツォを片手で担ぎ上げる。

「……帰るぞ。」

その時だった。


「小僧!!」


ケイスケの声が飛ぶ。

クリスティアンが振り返る。

ケイスケは酒瓶を持ちながら、豪快に笑った。

「ガッリやバレージが気に食わねぇなら、ネラッズーロへ来い。俺が面倒見てやる。……まあ、考えとけや。」


「さっさと来い。」

マウロの命令が重なる。


クリスティアンは何も言わなかった。

ただ静かにその背中について歩き出す。

しかしその胸には、これまで抱いたことのない感情が芽生えていた。


理想だけでは、人は生きていけないのかもしれない。


マウロが示す誇りある騎士道。

ケイスケが語る、生き抜くための現実。


二つの道が、彼の心を大きく揺らし始めていた。



--



ロッソ・ネーロ育成部の寮。

石造りの廊下は夜更けということもあり静まり返り、外からは遠く巡回兵の足音だけが微かに響いていた。


ギィ……


部屋の扉を開けたクリスティアンは、無言のまま荷物を床へ置く。

右肩には応急処置の包帯が巻かれていた。

ダガーが刺さった傷の鈍い痛みだけはまだ残っている。


「……はぁ。」


深く息を吐き、ベッドへ腰を下ろした。

視線は自然と壁に立て掛けた一本の剣へ向かう。


父・パオロの愛剣――『レジスタ』

鞘には、母アンジェリカが旅立ちの日に縫い付けてくれた小さなお守りが揺れている。


クリスティアンはそっと手に取り、お守りを指先で撫でた。

「母様……。」

小さく呟く。

デッレ・アルピ村を旅立つ朝の光景が脳裏によみがえる。


『気を付けて。』

『あの人のお墓に飾るより、あなたが使う方が喜ぶわ。』

『今生の別れになるかもしれないわね……。』


アンジェリカの震えた笑顔。

そして、自分は胸を張って答えた。


『必ず出世して戻ります。』


その約束だけを胸に、このサンシーロへ来た。

だが――。

「……なんなんだよ。」

握り締めた拳が震える。

「俺は父様みたいな剣士になるために来たんだぞ。」

今日一日の出来事が次々と頭をよぎる。


『剣士の才能はない。』

『弓を学べ。』

『部隊だなんて十年早い。』

『嫌なら今すぐ故郷へ帰れ。』


セバスティアーノの怒号。

フランコの無関心な一言。

マルコの失望したような背中。

そして――。


『……本当にそうかな?』


ケイスケの言葉。


クリスティアンはゆっくりと天井を見上げた。

「本当に……そうかな、か。」

今日、自分はアウローラに勝った。

大会でもエンツォをあと一歩まで追い詰めた。

それでも教官たちは口を揃えて「剣士の才能はない」と断言した。

「何が足りないんだよ……。」

答えは出ない。

いや、教えてくれる者もいない。

静寂の中、クリスティアンはレジスタを鞘から少しだけ抜いた。

月明かりを受けた刃が白く輝く。

その美しさは、まるで父が「焦るな」と語りかけてくるようだった。


「父様……。」

小さく笑う。

「俺、本当に剣の才能ないのかな。」


もちろん返事はない。

部屋には静寂だけが残る。

その時、不意にもう一人の人物が頭をよぎった。


『ガッリやバレージが気に食わねぇなら、ネラッズーロへ来い。俺が面倒見てやるぜ。』


ケイスケ・ナガトモ。

豪快で酒好きで、正規兵からはどこか一線を引かれている傭兵隊の副隊長。


そして、アウローラ。

父と母を侮辱した憎らしい相手。

だが最後には、悔しそうに謝罪して眠り込んだ少女。


さらに、マウロの言葉も胸に刺さって離れない。

『これ以上私を失望させるな。』

『サンシーロ騎士団の理念を学べ。』


「……なんなんだよ。」

頭を抱える。

「誰が正しいんだ。」


ロッソ・ネーロの誇り。

ネラッズーロの現実。

故郷デッレ・アルピ村で学んだ「人を守るための剣」。


すべてが違う。

すべてが正しいようにも、間違っているようにも思えた。


「サンシーロって……。」


窓の外を見る。

城壁の向こうには、眠らない大都市の灯が瞬いている。


「思ってた何倍も……難しい場所なんだな。」


そう呟くと、クリスティアンはレジスタを静かに鞘へ納めた。

鞘に揺れる母のお守りが、かすかに音を立てる。

その音だけが、迷い続ける少年の心を静かに慰めていた。


だが彼はまだ知らない。

この「剣の才能はない」という教官たちの言葉には、クリスティアン自身が想像もしていない意味が隠されていることを。

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