↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ビリンデッリの血〜東西大陸百年戦記〜  作者: エリカサファイア
episode2(SanSiro)

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

33/124

episode2(SanSiro)Chapter2

夕暮れのサンシーロ。

石畳を踏み鳴らしながら、クリスティアンは無我夢中で走っていた。

頬はまだ熱い…バレージに殴られた痛みよりも、胸を抉られた言葉の方が何倍も痛かった。

「やってられるか……!こんなところ……!」

涙を拭いながら角を曲がった、その時だった。


「おぅ! クリスティアン!」


聞き覚えのある声が飛ぶ。

銀髪を揺らしながら歩いてきた青年――エンツォ・コッツァだった。

「来たか……って、おーい!!」

エンツォは異変に気付く。


頬は赤く腫れ、目は真っ赤。

今にも泣き崩れそうな顔だった。

クリスティアンは無理に笑おうとする。

「わりぃ……。もう、やってらんねぇ。帰るわ。」

そのまま走り去ろうとした。


しかし、

「待てよ。」

エンツォが腕を掴む。

「何があったんだ?……ちょっと付き合え。」

有無を言わせず肩を押し、そのまま近くの酒場へ連れて行った。



--



夕方の酒場は騎士達で賑わっていた。

木のテーブルには酒瓶が並び、笑い声が飛び交う。

二人が席へ着くと、白髪混じりのマスターがグラスを二つ置く。

「お前らはジュースな。」

琥珀色ではなく、鮮やかなオレンジ色。

果汁たっぷりのオレンジジュースだった。


エンツォが頬を膨らませる。

「ちぇっ。しけてやがんなぁ。」


マスターは鼻で笑う。

「未成年に酒なんぞ飲ませられるか。」


そのやり取りにも、クリスティアンは反応しない。

俯いたまま黙り込んでいた。


エンツォは肩を組み、いつもの調子で笑う。

「初日早々どうした?」

「バレージやドナドーニのクソセンコー共と揉めたか?」


クリスティアンは悔しそうに唇を噛む。

「あぁ……。クソだよ、アイツらは。」


その一言で、エンツォの表情が変わった。

「……マジで揉めたみてぇだな。」

軽口は消え、真剣な眼差しになる。


クリスティアンは堰を切ったように話し始めた。

「エンツォやマウロが認めてくれた剣を……。」

「アイツらは才能がないって言うんだ。」

「弓をやれ。やれないなら田舎へ帰れって……。」

拳を握る。

「俺は父様みたいな剣士になるために……。」

「デッレ・アルピも……母様も置いて来たのによ……。」

最後の言葉は涙で震えていた。


エンツォは静かに頷く。

「……そうか。」

少し考えてから、ゆっくり尋ねる。

「んで?どうするんだ?」

「せっかく来たのに、このまま帰るのか?」


クリスティアンは苦笑する。

「俺の剣が必要ないなら……。いる意味もないじゃないか。」


エンツォは腕を組みながら言った。

「でもよ。弓のお前は必要なんだろ?」

「じゃなきゃ、あのセンコー共は弓をやれなんて言わねぇ。」

「俺には真意は分からねぇ。」

「でも、素人の弓が必要なほどロッソ・ネーロは困っちゃいねぇよ。」


クリスティアンが顔を上げる。

「……俺の弓が?」

「あぁ。」

エンツォは真っ直ぐ答えた。

「だから、一ヶ月だけでもいい。やってみろよ。」

「サンシーロ騎士団で弓を教われる人間なんて、そうはいねぇぞ。」


クリスティアンは目を丸くする。

「優しいんだな……エンツォは。」


エンツォは照れ臭そうに鼻を掻いた。

「俺は家柄が低くてよ。」

「ここへ来るまで苦労したし、来てからも人一倍苦労した。」

「だから多少は気持ちが分かる。」

「お前は血統はエリートだけど、育ちは俺に近い。」


クリスティアンは思わず吹き出した。

「バカにしてるだろ。」

二人が笑った、その時だった。


バァン!!


酒場の扉が勢いよく開く。


「おい!!酒だ酒だ〜!!酒持って来い!!」


店中へ響く豪快な声。

金髪を短く刈り込み、頭頂部と毛先だけ少し伸ばした独特の髪型。

日に焼けた肌。

肩には大剣。

陽気そのものの男が、大股で店へ入ってきた。


クリスティアンは思わず振り返る。

「うぉっ……なんだ?」


エンツォが笑う。

「あれか?この酒場の名物だ。」

「ネラッズーロ第五十五番隊副隊長。ケイスケ・ナガトモ。」


クリスティアンはまじまじと眺める。

「なんか……独特な風貌だな。」

「あぁ。東洋のパロマって国の出身らしい。」

「ネラッズーロは外国人や外来種で構成される部隊なんだ。いわゆる傭兵ってやつさ。」


その時。

ケイスケがこちらへ気付いた。

「おっ?なんだ小僧!」

「シケたツラしやがって!新入りか?」

豪快に笑うと、いきなりクリスティアンへ肩を回した。

「こんな日は飲んだらいいんだよ!!」


マスターがすぐさま睨む。

「そいつはガキだからダメだ。酒は禁止。」

「ちぇー。」


ケイスケは肩を竦める。


エンツォが笑い転げる。

「もう出来上がってんのかよオッサン。」


ケイスケは豪快に笑った。

「堅ぇこと言うなよヒヨッ子!」

「俺たち傭兵はテメェら正規兵と違って出世しねぇ!」

「稼いだ金で酒飲むのが一番の生き甲斐なんだぜ!」

振り返りながら叫ぶ。

「なぁ、アウローラ!」


その隣では、金色のウェーブがかった長髪をハーフアップにまとめた少女が、大きく欠伸をしていた。


頭には猫耳。

腰からはしなやかな尻尾。


「ナガトモ副隊長……。」

「私は娼婦じゃないんだよ。」

「酒くらい一人で飲みな。」

「こっちはもう眠いんだ。」


不機嫌そうにぼやく。


クリスティアンは目を見開いた。

「ね……猫!?いや、人間!?」


その一言で。

猫耳がぴくりと立つ。

少女はゆっくり振り返った。


「あん?」


鋭い金色の瞳。

次の瞬間にはクリスティアンの胸ぐらを掴んでいた。

「なんだアンタ。私の顔になんか付いてたかい?」

「失礼な奴だね。」


クリスティアンは慌てる。

「い、いや……その……。」


エンツォが間に割って入った。

「わりぃわりぃ。こいつ田舎出身でさ。」

「獣人を見るのは初めてなんだ。」


アウローラは鼻を鳴らしながらクリスティアンを見下ろす。

その視線が、ふと腰の剣で止まった。

「……おい。」

彼女の表情が変わる。

「アンタ、その剣……もしかして。」


クリスティアンは自然と柄へ手を添える。

「俺の父様の剣がどうしたってんだよ。」


アウローラは息を呑んだ。

「……嘘だろ。」

「それ……パオロ隊長の《レジスタ》じゃないか。」

胸ぐらを掴む手に力が入る。

「アンタみたいな新入りが持っていい剣じゃねえよ。」

「しかもなんだこのお守り?ママの手作りってとこだな」

嘲笑するように笑いながら言う。


そして酒場の扉が閉まると同時に、喧騒はそのまま外へと流れ出した。

夜風が石畳を吹き抜け、野次馬たちが半円を描くように二人を囲む。


「喧嘩だ!」

「ロッソ・ネーロの新入りらしいぞ!」

「相手はアウローラか!」


歓声と口笛が飛び交う。

それを一瞥すると、クリスティアンはゆっくりと構えた。


対するアウローラは猫耳をぴくりと動かし、鼻で笑う。

「ハン! まだママのおっぱいが恋しいマザコンかよ……いや、ファザコンか?」


観客がどっと笑う。


クリスティアンの表情が変わった。

「……黙って聞いてりゃ好き放題言いやがって。」

静かな怒気が滲む。

「俺の悪口は構わねぇ。」

一歩踏み出す。

「だが父様と母様を侮辱する奴だけは――誰であろうと許さねぇ!!」

木刀を突きつけた。


アウローラも口元を吊り上げる。

「いいさ。」

腰の木刀を抜き放つ。

「素人の人間如き、返り討ちにしてやるよ。」


「おいやめろクリスティアン!」

エンツォが背後から腕を掴む。

「落ち着け!!」

「離せ!!」

クリスティアンは振り払おうともがく。

「コイツだけは絶対に許せねぇ!!」


その様子を見ながら、

ケイスケはジョッキを片手に大笑いしていた。

「おーっ!若いってのはいいなぁ!!」

酒を掲げる。

「やれやれぇ!!」


するとネラッズーロの隊員たちまで騒ぎ始めた。


「おい賭けようぜ!」

「俺ァアウローラに五ロル!」

「じゃあ十ロル!」

「おいおい賭けになんねぇだろ!」

「パオロ隊長の息子ならワンチャンあるかもしれねぇから、一ロルだけ小僧に乗ってやる!」


爆笑が広がる。


エンツォは頭を抱えた。

「おいマスター!どうすんだよ!」


マスターは無言。

ただ静かに店の外を指差した。


「……ったく、使えねぇジジイだぜ。」

エンツォはため息をつく。


「表出ろ!!猫女!!」

クリスティアンは酒場の扉を蹴り開けた。


アウローラも肩を回しながら笑う。

「上等だ、マザコン!」

にやりと笑う。

「……いや、ファザコンか?」


再び野次馬が笑った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。