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ビリンデッリの血〜東西大陸百年戦記〜  作者: エリカサファイア
episode1(Departure)

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episode1(Departure)Chapter8

西大陸剣術大会 二回戦。


一回戦以上の観客が詰めかけていた。

理由は単純だ。

誰もが見たがっていたのである。


英雄の息子。

クリスティアン・ビリンデッリ。

そして。

騎士団期待の若き剣士。

エンツォ・コッツァ。


昨日まで無名だった辺境の少年と、既に名を轟かせている実力者。

話題性は十分だった。

両者が入場した瞬間。

コロセウムは大きく揺れた。


『ビリンデッリ!!』

『ビリンデッリ!!』

『ビリンデッリ!!』


西側スタンドから巻き起こる大合唱。

それに負けじと。


『コッツァ!!』

『コッツァ!!』

『エンツォォォ!!』


東側スタンドから怒涛の歓声が返る。

二つの応援がぶつかり合う。

まるで戦争だった。

巨大な旗が翻る。

発煙筒の煙が舞う。

観客たちは総立ちだった。

審判が両者を中央へ呼ぶ。


クリスティアンとエンツォが向かい合う。

互いの距離は数歩。

だが空気は張り詰めていた。


エンツォが口元を歪める。

「吠え面かかせてやるよ」

木刀を肩へ担ぐ。

「二世」

そのままゆっくり構えを取った。

だが。

その構えは奇妙だった。

普通の剣術流派では見ない。

重心が低い。

しかし前傾姿勢ではない。

右足も左足も自由に動ける位置。

攻撃にも防御にも移行できる。

まるで獣が獲物を狙っているような構えだった。


クリスティアンは眉をひそめる。

「変な構え方だけど……」

木刀を握る。

「隙がないな」

本能が告げていた。

強い。

今まで戦った誰とも違う。

一歩間違えれば負ける。

そんな相手だった。


観客席。

最前列ではマウロ・ミッコリが腕を組みながら見つめていた。

その表情はどこか楽しそうだった。

「面白い」

ぽつりと呟く。

「二人とも個性的だが、いい構えだ」

視線は闘技場から離れない。

「きっと素晴らしい戦いになる」

そして口元に笑みを浮かべた。

「この試合が事実上の決勝戦だな」


その瞬間。

隣に座っていた参加者の一人が吹き出した。

「おいおい」

呆れたような顔。

「決勝に一番相応しい奴が何言ってんだ」


マウロは首を傾げる。

「そうか?」

「そうだよ!」

参加者は即答した。

「優勝候補筆頭が他人事みたいに言うな!」


周囲からも笑い声が漏れる。

だがマウロは本気だった。

彼には見えている。

二人の才能が。

そしてこの試合が今大会屈指の好勝負になることが。


一方。

デッレ・アルピ組の応援席では。

引率教師が既に興奮状態だった。

立ち上がり。

両手を口に当てる。

そして叫んだ。

「クリスティアァァン!!」

会場中に響く大声。

「この試合勝てば残り負けてもリストランテでいいぞぉぉぉ!!」


クリスティアンが思わず振り返る。

「マジで!?」

観客席から笑いが起こる。


上級生も立ち上がった。

「勝てぇぇぇ!!」

「一番高いコースだぁぁぁ!!」

「肉だ肉ぅぅぅ!!」

「魚も追加だぁぁぁ!!」

もはや応援の理由がおかしい。


クリスティアンは拳を握った。

「よっしゃあ!!」

闘志が湧いてくる。

半分くらい食欲だった。


その横で。

剣術教師だけは静かだった。

騒がしい観客席。

轟く歓声。

そして。

中央で向かい合う二人の少年を見る。


クリスティアン。

エンツォ。

片や英雄の息子。

片や叩き上げの天才。


どちらもまだ未完成。

だが。

だからこそ美しい。

教師は静かに微笑んだ。

「さあ……クリスティアン」

誰にも聞こえないほど小さな声。

しかしその目には期待が宿っている。

「世界の広さを肌で感じなさい」


彼はもう確信していた。

勝敗などどうでもいい。

この試合は。

クリスティアン・ビリンデッリという少年の人生を変える。

そんな予感がしていた。


審判が中央へ進み出る。

観客席が静まり返る。

数万人の視線。

全てが二人へ注がれる。

エンツォが笑う。

クリスティアンも笑う。

そして。


「――始め!!」


号令が響いた。

同時に。

二人の天才が動いた。


ドンッ!!


エンツォ・コッツァが踏み込んだ石畳が砕ける。

その身体が一気にクリスティアンとの間合いを詰めた。

あまりの加速に、観客の視界から姿が消えたように見える。

いや。

消えたように見えただけだ。

観客席から悲鳴にも似た歓声が上がる。


「来るぞ!」

「コッツァの得意技だ!」

「見逃すな!!」


次の瞬間。

エンツォの姿が三つに見えた。

右。

左。

正面。

実際には、エンツォは高速の踏み込みと細かな軌道変更を繰り返しながらクリスティアンの周囲を駆け、最後に正面へ回り込んでいた。

その移動の残像が重なり、右から迫るエンツォ、左から迫るエンツォ、正面から斬り込むエンツォの三人が同時に存在するように見えたのだ。


もちろん本当に分身しているわけではない。

だが。

観客たちの目にはそうとしか映らなかった。

右からの斬撃。

左からの斬撃。

そして正面から振り下ろされる本命の一撃。

三方向から同時に襲われたように見える。


「終わった!」


誰かが叫ぶ。

回避不能。

そう思われた。

しかし。


ガァァァン!!


轟音が響く。

木刀同士が激突した。

最後に正面へ回り込んだエンツォの本命の一撃を、クリスティアンが受け止めていた。


観客席から悲鳴が上がる。

誰もがまともに斬られたと思ったからだ。

だが違った。

クリスティアンは残像に惑わされながらも、実際に殺気が集中した正面だけを本能的に見抜いていた。

ほんの紙一重。

振り下ろされた木刀の軌道へ、自分の木刀を滑り込ませていたのだ。


両腕が痺れる。

足が石畳を削りながら後退する。

それでも。

受け止めていた。


エンツォの目が見開かれる。

「なに?」


クリスティアンはニヤリと笑った。

腕は痛い。

だが。

見えた。

仕組みが。

右にも左にも敵がいるように見せているだけで、本当に攻撃しているのは最後に踏み込んだ一人だけ。


「なるほど」

肩を回す。

「こうやるんだな」


エンツォの表情が凍る。

その言葉の意味を理解したからだ。


次の瞬間。

クリスティアンが踏み込む。


ドンッ!!


石畳が砕ける。

そして。

観客席がどよめいた。


「は?」

「今……」

「まさか……」


クリスティアンの姿が三つに見えた。

右。

左。

正面。

先ほど見せられた動きを、そのままなぞるように高速で左右へ軌道を振りながら接近する。

残像が重なり、三人のクリスティアンが同時にエンツォへ迫っているように見えた。

先ほどまでエンツォが使っていた技。

それを。

たった一度見ただけで。

再現していた。


「なっ!?」

エンツォが初めて動揺する。

どれが本物か見極めるのが一瞬遅れた。

その隙に、本命のクリスティアンが正面から木刀を振り抜く。


ギィィィン!!


エンツォは辛うじて木刀を合わせて受け流した。

だが完全には捌けない。

逸らし切れなかった刃筋が肩口を掠める。

制服の袖が裂ける。

エンツォは大きく後退した。

観客席が騒然となる。


「バカな……」

エンツォは信じられないものを見るような顔だった。

「あり得ない」

息が荒い。

「見ただけでコピーするだと……」


クリスティアンは肩を竦めた。

まるで大したことではないと言わんばかりに。

「なんでぃ」

ニヤニヤしている。

「お前の言う通り」

木刀を肩へ担ぐ。

「子供騙しじゃねえか」


会場が爆発した。

『おおおおおおお!!』

『やり返した!!』

『見ただけで覚えたぞ!!』

『なんだあいつ!?』

ビリンデッリコールがさらに大きくなる。



--



観客席。

マウロ・ミッコリは立ち上がっていた。

思わず。

無意識に。

それほど衝撃だった。

「クリスティアン……」

瞳が輝いている。

今まで見たどんな試合よりも。

面白い。

胸が高鳴る。

「君はどこまで僕を興奮させるんだ」

笑みが止まらない。

天才。

そんな言葉では足りない。

あの少年は。

本当に。

パオロ・ビリンデッリの息子なのだ。



--



一方。

エンツォは。

笑っていた。

「へっ……」

肩を震わせる。

そして。

楽しそうに笑った。

「そうこなくちゃ面白くねぇ」

木刀を握り直す。

先ほどまでの余裕は消えていた。


今ここにいるのは。

騎士団の剣士。

純粋な戦士。

「ならば」

重心が沈む。

「小細工は無しだ!」


ドォォォン!!


爆発的な踏み込み。

今度は残像も分身もない。

左右へ散らず、一直線にクリスティアンへ突っ込む。

ただ。

速い。

圧倒的に。

純粋な速度だけ。

観客席の誰もが目で追えなかった。


クリスティアンの背筋が凍る。

(速い!!)

さっきとは別次元だった。

受ける。

弾く。

避ける。

どれも間に合わない。


ギィン!!


一撃。

エンツォが右から斬り上げる。

クリスティアンは反応し切れず、肩口を打ち抜かれる。

防護魔術が衝撃を殺したが、鋭い痛みが走った。


ギィン!!


二撃目。

返す刀で横薙ぎ。

後退したクリスティアンの脇腹を掠める。


ギィン!!


三撃目。

さらに踏み込みながら下段を払う。

太腿に衝撃が走る。

木刀による模擬戦用の防護魔術が働いているため致命傷にはならない。

だが。

痛い。

そして何より。

見えない。

攻撃を受けた瞬間にようやく木刀の位置が分かるほどだった。


クリスティアンの身体中に浅い切り傷が増えていく。

制服が裂ける。

呼吸が乱れる。

完全に押されていた。


エンツォの目つきが変わる。

獣のようだった。

いや。

戦場を知る兵士の目。

「これが」

一歩踏み込む。

「洗練されたサンシーロ騎士団の技だ」

さらに速くなる。

前へ出ようとするクリスティアンを許さず、連続攻撃で間合いを支配する。

「田舎の学生如きに」

木刀が唸る。

右から。

左から。

上から。

「手こずるわけにはいかねえ」


クリスティアンは歯を食いしばる。

今まで感じたことのない圧力。

初めてだった。

本気で強いと思った相手は。



--



観客席。

マウロは腕を組んだ。

そして静かに呟く。

「エンツォ……」

目を細める。

親友を見つめるように。

「本気になったな」

先ほどまでのエンツォではない。

騎士団で何百もの実戦を潜り抜けた剣士。

その本来の姿だった。

そして。

その猛攻の中でなお倒れないクリスティアンを見ながら。

マウロは確信する。

この試合は。

まだ終わらない。

むしろ――。

ここからが本番だと。

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