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ビリンデッリの血〜東西大陸百年戦記〜  作者: エリカサファイア
episode0(Prologue)

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episode0(Prologue)Chapter12

――アリアンツ平原。


東西大陸を結ぶ交易路の中継地点にして、幾度となく戦場となった広大な平原。

空は重く曇り始めていた。

まるでこれから流される血を予感しているかのように。


平原の西側。

白銀の軍旗が無数に並ぶ。

サンシーロ騎士団。総勢一万。

数こそ少ない。

だが、その全員が幾度も実戦を潜り抜けた歴戦の精鋭だった。


騎士。

重装兵。

槍兵。

魔術師。


その全てが厳しい選抜を勝ち抜いた者たちで構成されている。

隊列は乱れ一つない。

静かだった。

嵐の前の静寂。

まさにその言葉が似合う光景だった。


そして東側――。


地平線を埋め尽くすほどの軍勢が広がる。

東方連合軍。総勢三万。

カンプノウを中心として東大陸各地から集められた兵士たち。


騎士団。

地方軍。

傭兵。

魔導師部隊。


決して全員が精鋭というわけではない。

だが数は圧倒的だった。


三倍。


その数字だけ見れば勝敗は明らかに思える。

しかし現実は違う。


サンシーロ騎士団一人が東方連合軍三人に匹敵する。

そう言われるほどの練度差があった。

故に――。

この戦場に立つ者たちは皆理解していた。

戦力は互角であると。


風が吹く。

無数の軍旗がはためく。

そして。

両軍中央。それぞれの将が姿を現した。


白銀の騎士。

パオロ・ビリンデッリ。


東の剣聖。

エミリアーノ・ラウール。


二人の視線が遠く離れた戦場で交差する。

数十年前。

若き日に剣を交えた二人。

今やそれぞれの軍を背負う英雄となっていた。


しばしの沈黙。

だが、その均衡を破ったのはエミリアーノだった。


「全軍聞け!!」


魔力によって増幅された声が平原全体へ響き渡る。

三万の兵士たちが武器を握る。


エミリアーノは魔剣ジャブラニを天へ掲げた。

刀身に黒紫の光が奔る。

周囲の空気が震え始めた。


「数は我が軍が優勢だ!!」

兵士たちから歓声が上がる。

「一気に片をつけろ!!」


次の瞬間だった。

ジャブラニが妖しく輝く。

轟音と共に空が鳴いた。

ゴロゴロと不気味な雷鳴が響き渡る。

青空だったはずの空が急速に暗く染まっていく。

黒雲…いや。

雷雲そのものが戦場へ呼び寄せられていた。


魔剣ジャブラニ。

東大陸に伝わる伝説級の魔剣。

その真価は剣技だけではない。

莫大な魔力を媒介とした天候操作にあった。


兵士たちが空を見上げる。

サンシーロ軍にも緊張が走る。

雷雲はなおも膨れ上がる。


そして――。

エミリアーノが剣を振り下ろした。


「落ちろォォォォッ!!」


轟音が更に鳴り響き空が裂けた。

眩い閃光が戦場全体を飲み込む。

無数の雷光が空から降り注いだ。


まるで神罰。

まるで天災。


自然そのものが敵へ牙を剥いたかのようだった。

東方連合軍の兵士たちから歓喜の声が上がる。


「団長殿だ!」

「東の剣聖!」

「勝てるぞ!!」


一方。

後方でその光景を見ていたジョルディは思わず息を呑んだ。

握り締めた魔法剣が汗で滑りそうになる。

「凄い……。」

呆然と呟く。


空を埋める雷。

大地を揺らす魔力。

それは彼が知る魔法とは別次元のものだった。

「これが……。」

視線の先にはエミリアーノ。

誰よりも大きく見えた。

「これが先生の本気……。」


憧れ。

尊敬。

畏怖。


様々な感情が胸に湧き上がる。

ジョルディは無意識に剣を強く握った。

だがその時だった。


雷光に包まれたはずのサンシーロ軍から、どよめきが広がり始める。

何かがおかしい。

ジョルディは目を細めた。


雷鳴が轟く。

閃光が大地を白く染め上げる。

東方連合軍の兵士たちは勝利を確信していた。

あれほどの雷撃だ。

いかにサンシーロ騎士団といえど無事では済まない。

誰もがそう思った。


だが――。


雷光が徐々に晴れていく。

そして戦場の中央を見たジョルディは、思わず目を見開いた。

「そ……そんな……。」

声が震える。

信じられなかった。


サンシーロ騎士団は壊滅していない。

むしろ隊列すら崩れていなかった。

その最前線。

白銀の騎士が立っている。

パオロ・ビリンデッリ。

彼は愛剣レジスタを天へ掲げていた。

刀身には凄まじい雷光がまとわりついている。

まるで雷そのものを捕らえたかのように。


「馬鹿な……。」

ジョルディが呟く。


魔術師でもない。

魔力もほとんど持たない。

そんな男が。

最大級の雷魔法を正面から受け止めている。


しかも――。

利用していた。

パオロがレジスタを振るう次の瞬間。

刀身に蓄積された雷光が奔流となって放たれた。


轟音。


稲妻が戦場を駆け抜ける。

東方連合軍の前列が吹き飛ばされる。

兵士たちが悲鳴を上げる。


「なっ……!」

「魔法だと!?」

「あり得ない!」


東方連合軍に動揺が走る。

パオロは静かに剣を構え直した。

雷光が刀身で弾ける。

まるで簡易的な魔法剣だった。


レジスタは本来魔法を扱う武器ではない。

だが圧倒的な剣技と技量で雷の力を無理やり制御している。


常識外れ…

それ以外の言葉が見つからなかった。


そして。

それを最も理解している男がいた。

エミリアーノ・ラウール。

彼の表情から余裕が消える。


歯を食いしばる。

拳が震える。

右頬の古傷が疼く。


「くっ……。」

低い声だった。

「いつも貴様だ。」

怒りが滲む。

「いつも……。」

さらに声が大きくなる。

「いつもいつもいつもいつも!!」

ジャブラニから黒紫の魔力が溢れ出す。

「いつも貴様だ!!」

怒号が戦場に響き渡った。


百年戦争。

幾度もぶつかってきた。

どれだけ策を講じても。

どれだけ鍛えても。

その前に立ちはだかる男。

パオロ・ビリンデッリ。


宿敵。

好敵手。

そして最大の壁。


そんなエミリアーノを見据えながら、パオロはゆっくりとレジスタを持ち上げる。

切っ先が真っ直ぐエミリアーノへ向けられた。


周囲の喧騒が遠のく。

二人だけの世界のようだった。


「エミリアーノ!!」

パオロが叫ぶ。

その声は戦場全体へ響き渡る。

「今日で終わりにしよう!」

レジスタが雷光を纏う。

「我々の長きに渡る腐れ縁を!!」


東西の兵士たちが息を呑む。

英雄同士の決着。

それを予感していた。


エミリアーノはゆっくりとジャブラニを構える。

そして口元を歪めた。

「いいだろう……。」

黒紫の魔力が爆発的に膨れ上がる。

「貴様の死をもってな!!」


轟ッ!!


ジャブラニが唸る。

その一振りだけで周囲の兵士たちが吹き飛ばされる。

まるで暴風。

東方連合軍の兵士たちすら巻き込む勢いだった。

だがエミリアーノは止まらない。


地面を蹴る。

大地が砕ける。

黒い流星のように一直線に突撃した。


その先にいるのはただ一人。

パオロ・ビリンデッリ。


そして――。

パオロもまた前へ出る。

「総員道を開けろ!!」

サンシーロ騎士団の兵士たちが一斉に左右へ散る。

レジスタが閃く。


一太刀。

二太刀。

三太刀。


東方連合軍の兵士たちが次々と吹き飛ばされる。

誰も彼を止められない。

白銀の騎士は一直線に駆ける。

ただ一人の男を目指して。


黒紫の流星。

白銀の流星。


二つの光が戦場の中央を駆け抜ける。


そして――ついに。

アリアンツ平原の中央。

白銀と黒紫。

二つの流星がぶつかろうとしたその時だった。


「手出し無用ッ!!」


エミリアーノの怒号が戦場全体に響き渡る。


東方連合軍の兵士たちが思わず足を止めた。

「なっ……?」

ジョルディも驚きの表情を浮かべる。


エミリアーノはジャブラニを横薙ぎに振るう。

凄まじい衝撃波が発生し、周囲の兵士たちを強引に後退させた。


「ここから先は私一人であの男を討つ!!」


その瞳に宿るのは憎悪だけではない。

長年積み重ねてきた執念。

誇り。

そして剣士としての矜持だった。


対するパオロも僅かに眉を上げる。

「むっ……。」

一瞬だけ驚いたような表情を見せる。


しかし次の瞬間には笑った。

何十年も戦ってきた相手だ。

考えることは分かる。


パオロはレジスタを高く掲げた。

「いいだろうエミリアーノ!」

その声はサンシーロ騎士団へ向けられる。

「ならばこちらも手出し無用だ!!」


騎士たちが顔を見合わせる。

副官が何か言おうとする。

だがパオロは振り返らない。

「これは俺と奴の戦いだ。」

静かな声だった。


だが誰も反論できなかった。

やがて。

両軍がゆっくりと距離を取る。


サンシーロ騎士団。

東方連合軍。

合わせて四万を超える兵士たちが武器を下ろしていく。


剣が鞘へ収まる。

槍が地面へ立てられる。

魔術師たちも詠唱を止める。

戦場とは思えない静寂が訪れた。


兵士たちは巨大な円を作る。

その中央に立つのは二人。


白銀の騎士。

パオロ・ビリンデッリ。


東の剣聖。

エミリアーノ・ラウール。


百年戦争を象徴する二人だった。


風が吹く。

草原が揺れる。

誰も息をしていないように感じられた。


そして。次の瞬間。


ドォンッ!!


大地が砕ける。

二人が同時に踏み込んだ。

剣と剣が激突する。

甲高い金属音。

衝撃波が周囲へ広がる。

近くで見ていた兵士たちが思わず顔を覆った。


「な、何だ今の……。」

「本当に人間か……?」


誰かが呟く。

答えられる者はいない。


エミリアーノが連続で斬り込む。


一撃。

二撃。

三撃。

四撃。


常人なら見えない速度。

だがパオロは全て受け流す。

火花が散る。

そのまま反撃。


鋭い突き。

横薙ぎ。

斬り上げ。


レジスタが白銀の軌跡を描く。

しかしエミリアーノも避ける。


紙一重。

本当に紙一重だった。


再び激突。

轟音。

さらに激突。

轟音。


何度も。

何度も。

何度も。


二人の剣は止まらない。

まるで若き日に戻ったかのように。

いや。

若い頃よりも遥かに研ぎ澄まされていた。


ジョルディは息を呑む。

目で追えない。

辛うじて剣閃だけが見える。


「これが……。」

震える声。

「先生と……パオロ・ビリンデッリ……。」


隣では東方連合軍の兵士たちも呆然としている。

サンシーロ騎士団も同じだった。

誰もが理解していた。

この戦いに割って入れる者はいない。

そして。


十合。

二十合。

五十合。

百合。


時間だけが過ぎていく。

だが。

決着がつかない。


エミリアーノの魔法剣は完璧だった。

パオロの剣技もまた完璧だった。


力。

技。

経験。

覚悟。


全てが拮抗している。

どちらかが優勢になる気配すらない。


パオロの額から汗が流れる。

エミリアーノも肩で息をしている。

それでも両者は笑っていた。

長年追い求めた好敵手。

ようやく全力でぶつかり合える。

その喜びすら感じていた。


再び剣がぶつかる。


ギィィィィン――!!


二人は鍔迫り合いの状態になる。

至近距離。

互いの息がかかる距離。


パオロが笑う。

「相変わらずだな。」


エミリアーノも口元を歪める。

「貴様こそな。」


剣が軋む。

魔力が弾ける。

だが均衡は崩れない。


戦場の誰もが感じていた。

このままでは。

この二人に決着はつかない――と。


アリアンツ平原の中央で。

二人の英雄はなおも激しく剣を交え続けるのだった。

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