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ビリンデッリの血〜東西大陸百年戦記〜  作者: エリカサファイア
episode0(Prologue)

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episode0(Prologue)Chapter11

数日後――。


パオロの休暇は終わりを迎えた。

朝日が窓から差し込む。

静かな寝室で、パオロは一つ一つ装備を身に着けていた。


白銀の胸甲。

幾度もの戦いを潜り抜けた籠手。

傷だらけになりながらも磨き続けられた脚甲。

そして腰には愛剣レジスタ。


装備を整えるたびに、優しい夫の姿は少しずつ消えていく。

代わりに現れるのは戦場を生き抜く騎士。

サンシーロ騎士団所属――

『白銀の騎士』パオロ・ビリンデッリだった。


最後にマントを羽織る。

そして振り返る。

そこにはアンジェリカが立っていた。

言葉はいらなかった。

パオロはゆっくり歩み寄る。


アンジェリカもまた一歩前へ出た。

二人は自然と抱き合う。

鎧越しでも伝わる温もり。

幾度となく繰り返してきた別れ。

それでも慣れることはない。


アンジェリカは静かに夫の胸へ額を預ける。

「気を付けてくださいね。」


パオロは小さく頷く。

「約束する。」


そして互いを見つめる。

短く。

しかし深い口付けを交わした。

何年夫婦でいても変わらない。

そこには確かな愛情があった。


やがて二人は離れる。


すると後ろで気まずそうにしているクリスティアンが目に入った。

「お、おほん。」

咳払いをする。


アンジェリカが思わず笑った。

「見ていたの?」


「み、見たくて見たわけじゃありません!」

耳まで真っ赤になっている。


パオロも苦笑した。

「なら最後に家族三人で。」

そう言って二人を呼び寄せる。


クリスティアンが右側へ。

アンジェリカが左側へ。


三人で肩を組む。

パオロは二人を見渡した。

何よりも大切な存在だった。

「では行ってくる。」

静かな声。

しかし力強い。

「二人とも、俺がいなくてもしっかりな。」


クリスティアンは真っ直ぐ父を見る。

「はい。」

力強く頷く。

「母様は私が守ります。」

十歳の少年なりの決意だった。


パオロは嬉しそうに笑う。


アンジェリカも優しく息子の頭を撫でた。

そして夫を見つめる。

「帰る場所は私が守ります。」

穏やかな笑み。

「あなた。」

少しだけ声が震える。

「無理はなさらないでくださいね。」


パオロは何も言わない。

ただ微笑みながら頷いた。

それだけで十分だった。

やがて扉へ向かう。


玄関を開く。


すると――


思わず足を止めた。捧げる

村人たちが集まっていたからだ。

老若男女。

デッレ・アルピ村のほぼ全員がいる。


誰かが祈りを捧げている。

誰かが手を振っている。

誰かは保存食や果物を差し出していた。


「パオロ様!」

「ご武運を!」

「必ず帰ってきてください!」

「また英雄譚を聞かせてくれ!」


あちこちから声が飛ぶ。

パオロは困ったように頭を掻いた。

「だから俺はただの兵士だって。」


その言葉に村人たちは笑う。

誰も信じていない。

皆にとってパオロは英雄だった。


人々の輪の中に見慣れた顔もある。

スキラッチ神官。

その隣にはディメトリオ。


「パオロ様!」

ディメトリオが大きく手を振る。


「行ってらっしゃい!」

スキラッチも穏やかに微笑む。


「村のことは我々にお任せください。」

「傷を負ったらまた治療してやりますぞ。」


パオロは笑った。

「その時は頼みます。」


スキラッチも笑う。

ディメトリオは胸を張った。

「その頃には僕ももっと立派な神官になっていますから!」


「ははっ。期待しているよ。」


村人たちの笑い声が広がる。

温かな朝だった。

パオロは改めて故郷を見渡す。


家族。

仲間。

友人。


守りたいものがここにある。

だからこそ剣を取る。

だからこそ戦う。

白銀の騎士はレジスタの柄に手を添える。

そしてゆっくり歩き出した。

村人たちの声援を背に受けながら。


その背中を、クリスティアンは誰よりも真っ直ぐ見つめていた。

いつか自分も――。

あの背中に追いつきたい。

そんな憧れを胸に抱きながら。



--



東大陸。王都カンプノウ。

東方連合軍の出陣の日。

まだ夜明けの余韻を残す空の下、王都はかつてない熱気に包まれていた。

巨大な城門がゆっくりと開かれる。

重厚な鉄の軋みが街中へ響き渡り、それに応えるように無数の兵士たちが整列していた。


槍兵。

剣士。

騎兵。

魔導師。


東大陸各地から集められた精鋭たちである。

鎧が朝日を反射し、無数の光が波のように揺れていた。

沿道には市民たちが詰めかけている。


家族へ手を振る者。

勝利を願い祈りを捧げる者。


幼い子供たちは憧れの眼差しで兵士たちを見上げていた。

やがて王都中央の大通りに、一団の騎士たちが姿を現す。


先頭を進むのは黒い外套を纏った男。

東方連合軍総司令。

エミリアーノ・ラウール。

その姿を認めた瞬間、群衆から大歓声が巻き起こった。


「エミリアーノ様だ!」

「東の剣聖!」

「必ず勝ってください!」


歓声を浴びながらも、エミリアーノは静かに前を見据えている。

その隣には若き騎士ジョルディ・バケーロの姿もあった。

初陣ではない。

だが今回の遠征はこれまでとは意味が違う。

百年続く東西戦争。

その均衡を崩すための大規模侵攻。


誰もが理解していた。

この戦いが歴史を動かすのだと。

やがて宮殿前の広場へ到着すると、整列した軍勢が一斉に沈黙する。

数万の兵が息を呑む。


エミリアーノは馬上から軍勢を見渡した。

そして短く告げる。


「進軍する。」


それだけだった。

だが十分だった。

兵士たちの瞳に炎が宿る。


次の瞬間。

「東方連合軍、進軍!」


号令が響いた。

轟音のような歓声。

鳴り響く軍楽隊のラッパ。

翻る無数の軍旗。

東大陸最大の軍勢がゆっくりと動き始める。


その先に待つのは西大陸。

そして宿命の戦場。

エミリアーノは遥か西の空を見つめた。

脳裏に浮かぶのは一人の男。

白銀の騎士パオロ・ビリンデッリ。

長き時を経てもなお忘れられない好敵手。


「待っていろ。」

誰にも聞こえないほど小さく呟く。


東の剣聖は静かに口元を歪めた。


こうして東大陸の大軍勢は王都カンプノウを発ち、西へ向けて進軍を開始したのである。



--



一方西大陸。サンシーロ王国領。

東方連合軍が進軍を開始したその頃。

西大陸でもまた、大軍勢が動き始めていた。


王都サンシーロへ続く大街道。

地響きにも似た轟音が大地を震わせる。


数千。いや数万。

無数の兵士たちが整然と隊列を組みながら進軍していた。

白銀の軍旗が風にはためく。

中央に描かれているのは翼を広げた獅子。

サンシーロ王国の紋章である。


先頭には重装騎兵隊。

その後方に槍兵隊。

さらに魔術師団と補給部隊が続く。

百年戦争を生き抜いてきた歴戦の軍勢だった。

兵士たちの表情に迷いはない。

誰もが己の役割を理解している。


故郷を守るため。

家族を守るため。

そして仲間を守るために。

その中でもひと際目立つ存在がいた。


白銀の鎧。

純白のマント。

腰には長剣レジスタ。


馬上を進む男を見て兵士たちが自然と背筋を伸ばす。


「パオロ様だ……。」

「白銀の騎士。」

「今回も共に戦えるのか。」


若い兵士たちの瞳に憧れが宿る。

古参兵たちは頼もしそうに頷く。


パオロ・ビリンデッリ。

サンシーロ騎士団が誇る最強の剣士。

その名は敵味方問わず知られていた。

しかし当の本人はというと――。


「おい。」

隣を進む若い騎士へ声をかける。

「そんなに緊張するな。」


二十歳ほどの騎士が慌てて姿勢を正した。

「は、はい!」

声が裏返る。


パオロは苦笑した。

「初陣か?」


「はい……。」


「なら腹を括れ。」


若い騎士がごくりと唾を飲む。


パオロは空を見上げた。

青空が広がっている。

戦争など起きていないかのような穏やかな空だった。


「怖いのは当然だ。」

静かな声だった。

「俺だって怖い。」


若い騎士は驚いた表情を見せる。

「パオロ様でもですか?」


「当たり前だ。」

パオロは笑った。

「死ぬのは怖い。」


その言葉に周囲の兵士たちも耳を傾ける。


「仲間を失うのも怖い。」

少しだけ表情が曇る。

マルチナの顔が脳裏をよぎった。

だがすぐに笑みを浮かべる。

「だから生きて帰る。」

そして若い騎士の肩を叩いた。

「お前もな。」


若い騎士は目を見開く。やがて力強く頷いた。

「はい!」


その様子を見て周囲の兵士たちから笑いが起きる。

張り詰めていた空気が少しだけ和らいだ。


その時だった。

前方から一騎の伝令が駆けてくる。


「パオロ様!」


馬を止めながら叫ぶ。

「王都より報告です!」


パオロの表情が引き締まる。

「何だ?」


伝令は息を整えた。そして告げる。

「東方連合軍が大規模進軍を開始しました!」


周囲の空気が変わる。

兵士たちの顔から笑みが消える。

パオロも静かに目を細めた。

ついに来たか。

そんな表情だった。

「規模は?」


「推定三万以上!」

兵士たちがざわつく。


だがパオロは冷静だった。

「進路は。」


「国境要塞アルタ・フォルテ方面と思われます!」


パオロは小さく頷く。

そしてゆっくりとレジスタの柄へ手を置いた。

三万。間違いなく本気の侵攻だ。

東大陸も勝負を仕掛けてきた。

ならばこちらも応えるしかない。

パオロは遥か東を見つめる。

その視線の先には見えない好敵手がいる。


エミリアーノ・ラウール。


幾度も剣を交えた男。


「また始まるか。」

誰にも聞こえないほど小さく呟く。

だがその瞳には迷いがなかった。

白銀の騎士は静かに前を向く。


「総員。」

低く、それでいてよく通る声。

兵士たちが一斉に注目する。


パオロは剣を掲げた。

陽光を受けて白銀の刀身が輝く。

「故郷を守るぞ。」


それだけだった。

しかし十分だった。

兵士たちの士気が一気に高まる。


「おおおおおおおっ!!」

大歓声が大地を揺らす。


サンシーロ騎士団は歩みを止めない。

東方連合軍。

そして百年戦争最大の激戦へ向けて。


白銀の軍勢は進撃を開始した。

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