episode6(underworld)Chapter3
「じゃあ俺たちは行くぞ」
フランコがそう言って、病室の扉へ向かう。
その隣では、セバスティアーノがニヤリと笑った。
「もう暫く、女とイチャついてろ。怪我人は大人しく寝てな」
「ははは……」
クリスティアンは苦笑する。
「俺もマウロから緊急招集が来てる。無事は俺から報告しとくよ」
エンツォも笑いながら、扉へ向かって歩き出した。
その背中を見つめながら、クリスティアンはベッドの上でゆっくりと拳を握る。
「みんな……ありがとうございます」
まだ身体は重い。
脇腹には鈍い痛みが残っている。それでも…
「早く治して、俺も……」
その言葉を聞いた瞬間。
パシッ!
セリーナがクリスティアンの頭を軽く叩いた。
「訓練生が生意気言わないの」
「いてっ……!」
「今は治すことだけ考えなさい」
「……はい」
クリスティアンがしょんぼりと頷く。
それを見た教師たちは顔を見合わせ、声を上げて笑った。
「姉ちゃんの言う通りだ」
セバスティアーノが肩を揺らす。
「ちげぇねぇ」
フランコも笑いながら続く。
「まったく、その通りだな」
「じゃあな、小僧」
アンドレアも手を上げ、三人はそのまま病室を後にしていった。
扉が閉まる。
病室には、静けさが戻った。
……と思った矢先。
「全く騒がしい連中だねぇ」
アンドレイーナが煙草をふかしながら、呆れたように呟いた。
ふぅ――。
白い煙が、ゆっくりと天井へ昇っていく。
「姐さん!」
ララが慌てて声を上げた。
「患者室で煙草はダメですよ!」
「患者室じゃないとゆっくり吸えないだろ」
アンドレイーナは悪びれる様子もない。
そして煙草を指で挟みながら、セリーナへ差し出すように笑った。
「ほら、アンタも一本どうだい?」
「えっ……」
セリーナの顔が一瞬で真っ赤になる。
「わ……私は煙草は……」
明らかに動揺していた。
「ん?」
アンドレイーナが目を細める。
「男の前では清楚でいたいってか?」
「え……いや、その……」
「水商売のくせに、今時流行んないよ、そういうの~」
アンドレイーナはケラケラと笑った。
「我慢する方が身体に悪いしねぇ」
「そ、そういう意味じゃ……」
セリーナがさらに赤くなる。
その様子を見ていたクリスティアンが、ふっと笑った。
「セリーナ……喫煙者なのかい?」
「……!」
セリーナが振り返る。
するとララがクリスティアンの耳元へ顔を寄せ、こっそりと囁いた。
「それも結構ヘビーよ。姐さん並かも……あの血色の感じ」
「えっ……」
クリスティアンが驚いた顔をする。
「ちょ、ちょっとララさん……!」
セリーナは咳払いを一つ。
「コホン」
そして何事もなかったかのように姿勢を正した。
「お構いなく。煙草を吸うのは店だけって決めてますから」
「へぇ……」
アンドレイーナが妖しく笑いながら感心する。
クリスティアンは少し嬉しそうに笑った。
「セリーナ……セリーナも俺の前では隠さないでくれよ」
「……!」
セリーナは目を丸くする。
そして、ふっと口元に妖しい笑みを浮かべた。
「フフ……」
長い金髪を指先で軽く弄びながら、クリスティアンを見つめる。
「女は男の前では全てを見せないの」
その瞳が細くなる。
「例え、愛する人の前でもね」
「……そういうものなのか」
クリスティアンは素直に首を傾げた。
「アハハ~!」
アンドレイーナが大声で笑う。
「食えない女だねぇ。気をつけな、坊や」
そして煙草を一服。
「気に入ったよ、セリーナちゃん」
アンドレイーナは楽しそうに笑った。
「アンタの店の健康診断、ウチで扱ってもいいよ」
「まぁ……」
セリーナは目を細める。
そして、少しだけ妖しい笑みを浮かべた。
「安くしてくれます?」
「もちろん」
アンドレイーナも即答する。
二人は顔を見合わせ。
「フフッ」
「アハハ」
同時に笑った。
「なら今夜、ママに相談しておきます」
セリーナはそう言うと、ベッドのクリスティアンへ向き直った。
先ほどまでの妖艶な笑みが、少しだけ柔らかなものへ変わる。
「改めて……クリスティアンをよろしくお願いします」
深々と頭を下げる。
「この子はまだ若いですから。どうか、しっかり診てあげてください」
「任せな」
アンドレイーナが煙草を咥えたまま笑う。
セリーナは頷いた。
「ありがとうございます」
そして踵を返す。
「じゃあ、私も行くわ」
扉の前で一度立ち止まり、振り返る。
「また店が終わってから来るわね」
そう言って、セリーナは長い髪をさらりとかき上げた。
その仕草に、クリスティアンは思わず見惚れる。
「……うん。またね、セリーナ」
「ええ」
セリーナは微笑んだ。
そして静かに病室を後にする。
カチャリ。
扉が閉まる。
クリスティアンはしばらく、その扉を見つめていた。
その横で。
「……ふぅ」
アンドレイーナが煙を吐き出す。
「まったく……」
ララが呆れたようにため息をついた。
「本当に騒がしい病室ね」
クリスティアンは小さく笑った。
さっきまで死の淵にいたとは思えないほど。
病室には、温かな空気が流れていた。
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その頃。
サンシーロの街角にある、小さなトラットリア。
窓際の席に、一人の男が座っていた。
ベルナルド・パヌッチ。
いや
ヴィクトール・ナダル。
彼は周囲を気にする様子もなく、テーブルに並べられた料理を黙々と口へ運んでいた。
皿の上には、焼きたてのフォカッチャ・アル・フォルマッジョ。
薄く伸ばした生地の間に、たっぷりのチーズを挟んで焼き上げた料理だ。
表面は香ばしく、ナイフを入れると中からとろりと溶けたチーズが伸びる。
さらに、その隣にはポレンタ。
とうもろこしの粉を水やスープでじっくり煮込み、滑らかで濃厚な口当たりに仕上げた、素朴ながら腹持ちのいい一皿。
ヴィクトールはフォカッチャを一切れちぎり、チーズを伸ばしながら口へ運ぶ。
「……サンシーロ料理も、そろそろ飽きたな」
そう呟いたものの、もう一口。
もぐもぐと咀嚼する。
そして、僅かに目を細めた。
「お」
もう一切れ。
「ここのフォカッチャ、美味いな」
口元を緩めながら、卓上のグラスを手に取る。
中身は酒ではない。
冷えた炭酸水。
シュワッ!
細かな泡が舌の上で弾ける。
「……ふぅ」
ヴィクトールはグラスを置き、満足そうに息を吐いた。
「悪くない」
淡々とした声。
だが、その表情にはほんの僅かな満足感が浮かんでいた。
しばらく食事を続けていたヴィクトールだったが、ふと手を止める。
「……あー」
何かを思い出したように、天井を見上げる。
「フラメンキンと……マッシュルームのアヒージョが食いたい」
フラメンキン。
薄く伸ばした豚肉でハムやチーズなどを巻き、衣をつけて揚げた料理だ。
ナイフを入れれば、香ばしい衣の内側から肉汁が溢れ、ハムの塩気と溶けたチーズが一体となって口いっぱいに広がる。
そして、マッシュルームのアヒージョ。
たっぷりのオリーブオイルにニンニクと唐辛子の香りを移し、その中でマッシュルームをじっくり煮込む。
熱々のオイルをパンにつければ、ニンニクの香ばしさとキノコの旨味が重なり、いくらでも食べられる一皿だ。
ヴィクトールは料理を想像するように目を閉じる。
「……食いたい」
小さく呟いた。しかし…
「……まあ、今は我慢するか」
そう言って、懐から数枚の紙を取り出した。
机の上へ並べる。
そこには…人物の写真。
一人。
また一人。
サンシーロの騎士たち。
そして、冒険者。
ヴィクトールは写真を一枚ずつ眺めていく。
「……次は誰にするかな」
指先が、写真の上をゆっくりと滑る。
その中に一枚の写真があった。
「……」
ヴィクトールの指が止まる。
そこに写っていたのは。
マウロ・ミッコリ。
ロッソ・ネーロ屈指の剣士かつリーダー。
そして、クリスティアンが目標として見上げている男の一人。
ヴィクトールは、マウロの写真をじっと見つめる。
「……強そうだな」
淡々とした呟き。
しかし、その目には先ほどまで食事を楽しんでいた時とは全く違う光が宿っていた。
殺意。
警戒。
そして奇妙な興味。
ヴィクトールはマウロの写真を持ち上げる。
「さて……」
写真の端を指で弾く。
パチン。
「次は、誰から遊ぶ?」
机の上には、複数の標的の写真。
ヴィクトールは炭酸水を一口飲む。
そして何事もなかったかのように、残ったフォカッチャを手に取った。
「……やっぱり、ここのフォカッチャは美味い」
場違いなほど穏やかな声。
しかし、そのすぐ横には…
次なる標的たちの写真が、静かに並べられていた。




