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ビリンデッリの血〜東西大陸百年戦記〜  作者: エリカサファイア
episode6(underworld)

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episode6(underworld)Chapter4

サンシーロ宮殿。

そのさらに地下深く。

厚さ数メートルにも及ぶ石壁に囲まれた一室に、巨大な円卓が置かれていた。


壁には歴代の騎士団長たちの肖像画。

天井から吊るされた魔石灯が、青白い光を落としている。

そこに集まっているのは、全員が青の鎧を纏った騎士たち。


サンシーロが誇る特選部隊。

『アズーリ』。


その名を冠する者たちは、いずれも一騎当千。

大陸各地で幾多の戦場を潜り抜けてきた猛者たちだった。


……だが。

今日の会議室には、まだ空席が目立っていた。

円卓の中心。

腕を組みながら椅子に腰掛けている男が、苛立たしげに指を鳴らす。


いや。

鳴らしているのではない。

人差し指を、円卓へ何度も叩きつけているのだ。


――コン。

――コン。

――コン。


彫刻のように整った顔立ち。

切れ長の瞳。

乱れひとつない髪。

青銀の鎧を身に纏ったその姿は、まるで王宮に飾られた英雄像そのものだった。

だが、その美貌とは裏腹に。

放たれる空気は凍るほど厳格だった。


アリーゴ・マルディーニ。

アズーリ隊長。


「……遅い」

――コン。

「……遅すぎる」

――コン。

「…………」

――コン。


その音だけが、地下会議室に響き続ける。

やがて、隣に座っていた男が肩をすくめた。


長身。

整った顔。

軽薄そうな笑み。


しかし、その身体から漂うものは明らかに違った。

幾度となく死線を潜り抜けた騎士だけが持つ、凄み。


アズーリ副隊長。

マッシモ・ゾフ。

彼は椅子に深く腰掛けたまま、楽しそうに口角を上げた。


「アリーゴ」

「なんだ」

「今回の賭けも俺の勝ちだな」


「……」


「後で奢れよ」


アリーゴの眉間に、さらに深い皺が刻まれる。

「貴様……こんな時まで賭けの話か」


「こんな時だからこそだろ?」

マッシモは悪びれる様子もない。

「ちなみに俺は三十分遅刻すると見てた」


「……」


「実際には四十分だ。お前の読みが甘かったな」


「くだらん……」

アリーゴが吐き捨てる。


その様子を見ながら、小柄な男が肩を揺らして笑った。

背丈こそ他の者より低い。

だが、立ち振る舞いには妙な色気がある。

年齢を重ねた男だからこそ出せる、落ち着きと余裕。

アズーリの潤滑油とも言うべき男。


ファブリツィオ・リーバ。


彼は頬杖をつきながら、呆れたように笑った。

「全く……いい歳して、いつまで貴公子を気取るんだ、あいつらは」


「ファブリツィオ、お前もそう思うか?」


「そりゃあ思うさ」

ファブリツィオは肩をすくめる。

「こっちは命懸けで戦場を駆け回ってるっていうのに、あいつらときたら……」


「商売女と酒でも飲んでるんだろ」

マッシモが笑う。


「違いない」

ファブリツィオも笑った。


その瞬間だった。


「……笑っている場合かッ!!」


轟音。

アリーゴが両手を円卓へ叩きつけた。


ドンッ!!


魔石灯が揺れる。

部屋にいた全員が一瞬だけ視線を向けた。


「全く……!!」

アリーゴは立ち上がった。

「今回の召集は遊びではない!!」

その鋭い眼光が、空席へ向けられる。

「我々はサンシーロ宮殿直属――特選部隊アズーリだ!!」


「……はいはい」

マッシモが苦笑する。


「また始まったな」

「また始まったねぇ」


ファブリツィオも笑う。


そこへ。

壁際で腕を組んでいた男が、ゆっくりと口を開いた。

「落ち着けよ、キャプテン」


鋭い顔立ち。

整えられた髪。

堂々とした体躯。

そして、どこか人を惹きつける伊達男の雰囲気。


マーク・ブッフォン。


守りの堅さにおいては、サンシーロ騎士団史上でも最高峰。

敵の攻撃を何度受けても、最後まで味方を守り抜く男。

そんな彼が、涼しい顔でアリーゴを見つめた。


「シワが増えるぜ…マーク」

「せっかくの男前が台無しだ」


「貴様まで……!」


「ハハハ」

マークは笑った。


そして、さらに奥。

椅子に座りながら葉巻を燻らせていた男が、ゆっくり煙を吐き出した。


立派な髭。

重厚な顔立ち。

長年の戦場経験を物語る無数の傷。

その存在だけで、部屋の空気を落ち着かせるような威厳。


ランフランコ・ヒュブナー。


誰もが認める大ベテランだった。

彼は葉巻を指先で揺らしながら、穏やかに言う。


「まあまあ……」

紫煙が天井へと昇っていく。

「彼らに関しては多めに見てやれキャプテン」


「……何?」


「彼らの自由さとファンタジーこそ、我々の強さなのだから」

ランフランコは、静かに笑った。

「カリカリするな、アリーゴ」


「ファンタジーだと?」

アリーゴのこめかみに青筋が浮かぶ。

「甘い!!」


ドンッ!!


再び円卓が揺れた。

「我々は遊び人の集まりではない!!」


ドンッ!!


「特選部隊アズーリだ!!」


ドンッ!!


「やがて我々は、国民……いや!!」

アリーゴは全員を見渡した。

「大陸の模範とならねばならんのだ!!」


静寂。


「いつまでも甘やかすわけにはいかん!!」

拳を握りしめるアリーゴ。


その姿を見つめマッシモが小さく息を吐いた。

「……ほらな」


「ん?」


「始まっただろ?」

ファブリツィオがニヤリと笑う。


マークも肩をすくめる。

「いつものことだ」


ランフランコは葉巻を咥えたまま、静かに煙を吐き出した。

「若い頃から変わらんな……」


「隊長は昔から真面目だからねぇ」

ファブリツィオが笑う。


「真面目というより、融通が利かないんだよ」

マッシモが続ける。


「だが」

マークがアリーゴを見る。

「そこが、俺たちのキャプテンらしいところでもある」


一瞬だけ。

全員の表情から笑みが消えた。


そして。

誰からともなく、口元が緩む。


「……まあな」

「全く同感だ」

「仕方ねぇキャプテンだ」

「フフ……」


誰も本気で怒ってはいない。

呆れている。

笑っている。


だが誰よりもアリーゴの背中を信頼している。

それが、特選部隊アズーリという男たちだった。


その中心で。

「……何を笑っている!!」

アリーゴだけが、まだ怒鳴っていた。


地下会議室に、男たちの笑い声が響く。

厳格な隊長と、自由奔放な精鋭たち。

一見、まとまりのない集団。


しかし彼らこそ。

サンシーロが誇る、最強の特選部隊。


『アズーリ』。


その名は、やがて大陸全土を揺るがす戦いの中で。

幾度となく歴史に刻まれることになる。

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