第60話 王女様、まさかの偽物扱い!?
四人でノースアイヴェリアの首都、ヴァカマトリアに辿り着いた時、俺はその光景に息を呑んだ。
街の中心にそびえ立つ巨大な城――クレインズブルグ城が、まるで天を突くように聳えていた。
「あれがクレインズブルグ城、この王国の中心です」
スイリアが誇らしげに胸を張る。
白亜の城壁は陽光を受けて輝いている。
城門へと続く大通りには色とりどりの旗がはためき、行き交う人々の活気に満ちていた。
まるで絵本から飛び出してきたような光景だ。
「すごい、立派なお城だね……」
陽菜が目を輝かせて見つめていたが、ふと我に返ったように俺たちを見回した。
「でも、うちら、本当にあの城の中に入れるの? なんか庶民は門前払いされそうな雰囲気バリバリなんだけど……」
するとスイリアが、ふふんと鼻を鳴らして胸を反らせた。
「ふっふっふ。私を誰だと思っているのですか。私はこの王国唯一の王女ですよ? 私が通れば、まさにモーゼのごとく道が開けるのです」
「モーゼってこの世界にもいるんだ……」
陽菜がボソリと呟く。確かに、異世界なのに聖書の話が出てくるのは不思議だな。
ミアも尻尾をピンと立てて警戒している。
「にゃ~、なんだか嫌な予感がするのにゃ……」
そんな不安を余所に、俺たちは城門の前に立った。
門番の兵士たちは、俺たちを値踏みするような視線で見つめている。スイリアは堂々と前に出て、凛とした声で告げた。
「私はこの国の王、アレクサンダー三世の王女、スイリアです。門を開けてください」
その瞬間、城門兵の顔色が変わった。
血相を変えて、通用門から慌てて中へ入っていく。
「ふふ、どうですか、これが王女の力です」
スイリアが得意げに振り返る。
「スイリア、それ、フラグ……」
陽菜がそう言いかけた瞬間、今度は正門が勢いよく開いて、武装した衛兵がゾロゾロと出てきた。
(おいおい、歓迎にしては物々しすぎないか?)
俺は本能的に身構えた。陽菜とミアも同じように緊張している。
衛兵の中から、一人身分の高そうな騎士が進み出た。鎧に刻まれた紋章からして、騎士団の隊長格だろう。
「スイリア様……ですか」
その口調には明らかな疑念が含まれていた。
「お役目ご苦労様です。それでは、父上の元にご案内いただけますか」
スイリアは気にも留めず、当然のように言う。
騎士は眉をひそめ、スイリアを頭の先から爪先まで疑わしげに見た。まるで偽物を見るような、値踏みするような視線だった。
「スイリア様……ですか」
「そうです。私はスイリア・ホルシーナ、アレクサンダー三世の娘です」
スイリアは毅然と胸を張った。
その姿は確かに気品があり、王女としての佇まいに間違いはない。長い銀紫の髪、エルフ特有の整った顔立ち、凛とした物腰――どこからどう見ても高貴な生まれだ。
しかし、騎士の表情は氷のように硬いままだった。
「まことに申し訳ございませんが……」
騎士はゆっくりと剣の柄に手をかけた。
「スイリア様は三日前に王宮に戻られました」
「え?」
スイリアの顔から血の気が引いた。
俺たち四人は互いに顔を見合わせる。頭の中が真っ白になった。
「な、何を言っているのですか? 私がスイリアです!」
「偽スイリア様の一味を捕らえよ!」
騎士の号令とともに、城門から十数人の兵士が雪崩れ込んできた。
瞬く間に俺たちは包囲される。剣先が四方八方から突きつけられた。
「ちょ、ちょっと待って!」
陽菜が慌てて両手を上げる。
「何かの間違いだよ! だってスイリアちゃん、本物じゃん! どう見ても王女様オーラ出まくりでしょ!?」
ミアは体を低くして警戒姿勢を取り、牙を剥いて威嚇した。
「にゃー! スイリア様に無礼な真似は許さないにゃ!」
(まずい、このままでは血を見ることになる)
俺は冷静に状況を分析した。相手は訓練された兵士が十数人。城門前での戦闘は避けるべきだ。何より、スイリアの父君がいる以上、話し合いで解決できる可能性がある。
「スイリア、抵抗はやめよう。ここには父君もいらっしゃることだし、いずれ話せば分かるはずだ」
「話せばわかる」か……。
自分で言っておいて、ふと五・一五事件が頭をよぎる。俺と年齢の近い海軍の若手将校が起こした事件で、新聞で知っただけだが衝撃的だった。
だが、ここはスイリアの父親の部下たちだ。問答無用ということにはならないだろう。
「でも……」
スイリアは悔しげに唇を噛んだ。瞳には涙が滲んでいる。
「私は、本当に……」
その姿を見て、胸が締め付けられた。彼女にとって、故郷で偽物扱いされることがどれほど辛いか。
「大丈夫だ。必ず誤解は解ける」
俺は優しく声をかけた。
スイリアは震える息を吐いて、小さく頷いた。
「分かりました。芦名殿の言う通りにします」
「賢明な判断だ」
騎士が冷ややかに言い放つ。
「偽王女様、あなた方は王の裁きを受けることになる」
こうして俺たち四人は、武器を取り上げられ、後ろ手に縛られて城内へと連行されることになった。
(まさか王女の里帰りが、こんな修羅場になるとはな……)
縄で縛られながら、俺は苦笑いを浮かべるしかなかった。
隣を歩く陽菜が小声で囁く。
「さだっち、これってまさか、なりすまし詐欺とかに巻き込まれたパターン?」
「どうやらそのようだな」
「最悪じゃん……私たち、牢屋行きかな?」
「まあ、異世界の牢屋体験も悪くないかもしれないぞ」
「そんなの全然嬉しくないよ!」
ミアも不満そうに尻尾を振る。
「にゃー、せっかくスイリア様が帰ってきたのに、なんでこんな扱いを受けなきゃいけないのにゃ……」
先頭を歩くスイリアの背中は、小さく震えていた。
きっと、様々な感情が渦巻いているのだろう。怒り、悲しみ、困惑……。
(必ず真実を明らかにしてみせる)
俺は心の中で誓った。
スイリアを偽物扱いする何者かがいる。その正体を突き止めなければ。




