第61話 牢獄のソースカツ丼と真実の石
俺たちは王宮の地下深くへと連れていかれた。
ひんやりとした空気が肌を刺し、松明の灯りだけが頼りの薄暗い通路を進む。湿った石壁から滴る水音が、不気味に響いていた。
やがて、重厚な鉄格子の前に立った。
「さあ、しばらくここでおとなしくしていなさい」
衛兵の冷たい声と共に、俺たち四人は牢獄へと押し込まれた。扉が重々しく閉まり、鍵のかかる音が廊下に響く。
「ちょっとぉ~! 本物のお姫様を牢屋に入れるなんて、そんなのありえないでしょ!」
陽菜が鉄格子を掴み、必死に訴えた。その様子に、俺は思わず苦笑してしまう。
「うるさい! 偽物が何を言っても無駄だ」
衛兵は冷淡に言い放ち、松明を持って立ち去った。
牢獄の中を見回すと、意外にも広々としていた。四つの簡素なベッドと小さなテーブル、水の入った桶が置かれている。壁には小さな窓があり、かすかに光が差し込んでいた。
「これが牢獄……?」
陽菜が首を傾げる。
「映画より全然キレイじゃん」
「王族や貴族用の牢獄ですわ」
スイリアが静かに説明した。その声には、どこか寂しさが滲んでいる。
「一般の罪人とは扱いが違うのです」
「なるほど、なんだかんだ言って『王女様』扱いしてるってことだにゃ」
ミアが肩をすくめた。
俺は壁に寄りかかり、腕を組んだ。頭の中で状況を整理する。
「しかし、三日前にスイリアが戻ったというのは気になるな。何か裏があるのかもしれない」
スイリアは落ち着きを取り戻し、ベッドに腰掛けた。その横顔には、父親に会えなかった失望が浮かんでいる。
「私を騙る者がいるというのです。父上は騙されているのかもしれません……」
陽菜がスイリアの肩に手を置いた。
「大丈夫、なんとかなるよ! 私たち四人なら、きっと真実を突き止められるって!」
その頼もしい言葉とは裏腹に、陽菜の顔にも不安が浮かんでいるのが見て取れた。俺は彼女たちを守らなければという責任感に、胸が締め付けられる。
「そ、そうですわね。ありがとう、陽菜さん」
夜が更けていく中、俺たちは交代で見張りをしながら、脱出と真相究明の策を練った。しかし、これといった名案は浮かばない。
翌朝、牢獄の扉が開く音で目を覚ました。
「朝食です」
侍女が四つの食事トレイを持ってきた。俺は寝ぼけ眼でトレイを見下ろし、思わず二度見した。
「これ、牢獄の食事?」
陽菜が目を丸くする。
「刑事ドラマで見るやつだ!」
そこには、なんと四人前の会津名物「ソースカツ丼」が乗っていた。
まさかのカツ丼である。しかも、ただのカツ丼じゃない。会津名物のソースカツ丼を出してくるとは。
「なかなか自白しない容疑者に、カツ丼を食わせて自白を促すって話は聞いたことがあるけど……。」
陽菜は何とも言えないひきつった顔でつづけた。
会津のB級グルメが食べられるのは嬉しいけど、牢獄で食べるのはちょっと複雑……」
陽菜が苦笑いを浮かべた。
「これって、美味しいものを食わせて、自白に導こうという魂胆かにゃ……?」
ミアも訝しげに丼を見つめる。
「朝からカツ丼とは……」
俺は箸を手に取りながらため息をついた。
「この王国の牢獄の運営は大丈夫かしら……」
スイリアも呆れたような声を出す。
とはいえ、腹が減っては戦はできない。俺たちは複雑な気持ちを抱えながらも、ソースカツ丼を平らげた。
食事を終えると、再び扉が開いた。今度は年配の男性が現れる。黒い法衣を身につけ、首から重たそうな銀のペンダントをぶら下げていた。
「偽スイリア様、カツ丼を食べて、罪を自白する用意はできましたかな?」
老人の言葉に、俺は思わず噴き出しそうになった。本当にそのつもりだったのか。
スイリアは毅然と立ち上がった。
「私は偽物ではありません。父上にお会いさせてください」
「それは王の決断次第です」
老人は厳かに自己紹介をした。
「私はラウディス、王室魔術師にして真偽判別官です」
そう言うと、懐から小さな水晶を取り出した。
「この真実の石が、あなた方の嘘を暴きます」
俺は一歩前に出た。これはチャンスだ。
「ぜひお願いしたい。この石で真実が明らかになるなら、我々は無実を証明できるはずだ」
ラウディスは水晶を掲げ、呪文を唱え始めた。水晶が青白い光を放ち、牢獄を照らす。
「まずは問いかけます。あなたはスイリア・ホルシーナですか?」
「はい、私はスイリア・ホルシーナです」
水晶の光が緑色に変わった。ラウディスは眉をひそめる。
「緑は……真実を意味します」
「ほらー! 言ったとおりじゃん!」
陽菜が勝ち誇ったように声を上げる。俺も内心でガッツポーズを決めた。
しかし、ラウディスは首を振った。
「まだ続けます。あなたの母上の名前は?」
「エリアナです」
再び水晶が緑に輝く。
「父上の寝室にある宝物は?」
「水晶の鷹の置物です。それと……」
スイリアは少し顔を赤らめた。
「ここでは話せないような書物が隠し引き出しにあります」
スイリアがなぜ顔を赤らめたのだろうか。
もしかして、いかがわしい書物だろうか。王も男だからな、うん。
その言葉に、ラウディスの表情が変わった。水晶を見つめ、それから困惑した顔でスイリアを見る。
「これは……予想外です。あなたは本当の記憶を持っている」
「当然ですわ!」
スイリアは胸を張った。俺も安堵の息を漏らす。
「では、父上に会わせてください」
しかし、老人の次の言葉に、俺たちは再び愕然とした。
「しかし、三日前に戻られた方も、同様に真実の石に偽りなしと出たのです……」
「それは何かの間違いです! 私こそが本物です!」
スイリアの必死の訴えが響く中、突然、轟音が鳴り響いた。
ドォォォン!
牢獄の壁が激しく揺れ、土埃が舞い上がる。石が崩れ落ち、俺は反射的に陽菜とスイリアを庇った。
「なっ……何が起きたの!?」
陽菜が叫ぶ。
土埃が晴れると、壁に大きな穴が開いていた。そこから現れたのは——
「エドワード将軍!?」
俺は目を疑った。先日ユガミ温泉で出会った、あの軍人が数人の兵を引き連れて現れたのだ。
「やはり君たちがここにいたか」
エドワードは颯爽と穴から入ってきた。
「噂を聞いて急いで参じた」
「エドワード将軍、私たちは偽物だと言われて投獄されたのです」
スイリアが訴える。
「それは聞いている」
エドワードは頷いた。その表情は真剣そのものだ。
「だが私は、こちらのスイリア姫が本物だと確信している。私はこの者たちを深く信頼しているからだ」
ラウディスは混乱した様子で口を開いた。
「将軍、これは内政問題です。軍が介入すべきではない……」
「ラウディス殿」
エドワードは厳しい声で遮った。
「これは単なる内政問題ではない。王国の安全保障に関わるのだ。よって、私にも関与する権限がある」
エドワードは俺たちに向き直った。
「城内に偽のスイリア姫がいる。それはヴァルター伯爵の計略だ」
「ヴァルター?」
スイリアが驚いて尋ねる。
「彼は父上の側近でしょう?」
「そうだ。だが最近、彼はサウスアイヴェリアとの戦争を煽っている。王を操るため、偽姫を使っているのだ」
俺は頭の中で素早く状況を整理した。
「つまり、エルフ側に偽のスイリアを送り込んで挑発し、戦争を引き起こそうとしているってことか」
「鋭いな、芦名殿」
エドワードが感心したように頷く。
「でも、どうやって父上に会えばいいのですか?」
スイリアが焦りを見せる。その瞳には、父親に会いたいという切実な思いが宿っていた。
「私に任せろ」
エドワードは兵士たちに指示を出した。
「彼らを王の私室に案内しろ。誰にも見つからぬよう」
兵士たちは敬礼し、俺たちを城の秘密の通路へと導いた。
薄暗い通路を進みながら、俺は陽菜に小声で尋ねた。
「大丈夫か?」
「うん、なんか映画みたいでドキドキする!」
彼女の前向きさに、俺も少し気が楽になった。
城内を抜け、次第に豪華な装飾が増えていく廊下を通り、やがて一行は重厚な扉の前に立った。
「陛下は中におられる」
兵士が小声で言う。
「しかし……」
「なんだ?」
エドワードが尋ねた。
「偽スイリア様も一緒です」
一同は顔を見合わせた。いよいよ真実が明らかになる時が来た。
スイリアは深呼吸し、俺たちを見回した。
「構いません。真実を明らかにしましょう」
俺は彼女の肩に手を置いた。
「大丈夫だ。俺たちがついている」
スイリアは微笑み、頷いた。
エドワードが扉をノックすると、中から疲れた声で「入れ」という返事があった。
いよいよ、運命の対面だ。




