第59話 王都への道 ~磐梯山が見守る帰還~
峠を越えた瞬間、俺の視界に飛び込んできた光景に息を呑んだ。
「わぁ……!」
陽菜の驚嘆の声が、俺たちの気持ちを代弁していた。いや、むしろ控えめすぎるくらいだ。
眼下に広がる平野は、まるで神が描いた絵画のようだった。遠くに見える都市――王都ヴァカマトリア――は、中央に聳える白亜の城を中心に、整然と区画された街並みが広がっている。
夕日を浴びた街全体が黄金色に輝き、まるで宝石箱をひっくり返したような美しさだった。
「これは……想像以上だな」
俺が呟くと、隣でスイリアが微笑んだ。彼女の横顔も夕日に照らされて、なんだか神秘的に見える。
――って、何を考えてるんだ俺は。
そんなことを考えていると、陽菜が突然声を上げた。
「あっ……! 磐梯山だ!……異世界なのに、磐梯山がある」
陽菜の目に涙が浮かんでいるのを見て、俺も胸が熱くなった。故郷を思い出すというのは、こういうことなのだろう。
「磐梯山、やっぱりこの世界にもあったんだね……」
陽菜が感極まった声で言う。
「いつ見ても頼もしく美しい山だな……なんだか嬉しいなぁ……」
そして、まるで校歌でも歌うように続けた。
「磐梯の嶺、高らかにって言葉がぴったりだね」
スイリアも同じように山を見つめて、静かに呟いた。
「バンダーイの嶺よ……私はまた戻ってこれました……」
その声には、深い感慨が込められていた。きっと彼女にとっても、特別な意味を持つ山なのだろう。
陽菜が急に思い出したように、俺たちに向かって説明を始めた。
「あのね、会津って盆地だから、途中で方角が分からなくなっても、遠くの山の形を覚えていれば方角が分かるから便利なんだよ!」
彼女は興奮気味に続ける。
「特に若松市内にいる場合は、磐梯山が北東方向にあるってみんな知ってるから、迷ったらすぐ磐梯山を探せばいいの。そうすれば、なんとなく現在位置がわかるから、めっちゃ重宝するんだよね!」
「そうそう!」
スイリアも嬉しそうに相槌を打った。
「私も迷ったときは、バンダーイの山を目印にしていましたわ。世界が違えども、見える景色はおんなじですのね」
二人の会話を聞いていて、俺も納得した。
「確かに、帝都東京だと山が一つもないから、方角がわからなくなる。この地は山が目印になるから便利でいいな」
すると、今まで黙っていたミアが、急に胸を張って説明を始めた。
「ヴァカマトリアは『朝陽の都』の意味ですにゃ!」
その得意げな表情が可愛らしくて、思わず頬が緩む。
「朝日が昇るとき、城壁全体が金色に輝くんですよ。それはそれは美しいんですにゃ~」
「へぇ、朝陽の都か……素敵な名前だな」
俺がそう言うと、ミアは更に得意げになった。尻尾がぴんと立っているのが、彼女の感情を如実に表している。
しばらく俺たちはその光景を見つめていた。風が心地よく頬を撫で、どこか懐かしい香りを運んでくる。
ふと横を見ると、スイリアの表情に変化があった。懐かしさと共に、何かを決意したような強さが浮かんでいる。
「行きましょう」
彼女が静かに、しかし力強く言った。
「父上に会いに」
その言葉に、全員が頷いた。俺たちは再び歩き始める。
木々の間から見える王都の姿は、まるで俺たちを優しく迎え入れるようだった。道は次第に舗装され、人の往来も増えてきた。
商人らしき男が荷車を引いて通り過ぎ、農民の家族連れが楽しそうに話しながら歩いている。平和な光景だ。
だが、王都の大門が近づくにつれ、スイリアの足取りが少し硬くなるのに気づいた。
肩に力が入り、歩調も微妙に乱れている。長年の経験から、人の緊張は見逃さない。
「大丈夫か?」
俺はさりげなく声をかけた。できるだけ他の二人に気づかれないように、小声で。
スイリアは一瞬驚いたような表情を見せた。きっと、自分の緊張を隠せていると思っていたのだろう。
でも、すぐに柔らかな微笑みを浮かべた。
「はい……少し緊張していますが」
そして、俺の目を真っ直ぐ見つめて続けた。
「あなたたちがいてくれて心強いです」
その言葉に、俺の胸がどきりと高鳴った。
――また変なことを考えてる。落ち着け、俺。
「そ、そうか。まぁ、何かあったら遠慮なく頼ってくれ」
我ながら気の利かない返事だと思ったが、スイリアは嬉しそうに頷いてくれた。
「お二人、何をこそこそ話してるんですか~?」
陽菜が振り返って、にやにやしながら聞いてきた。
「もしかして、内緒話? ずるいな~」
「べ、別に何でもない!」
俺は慌てて否定したが、陽菜の笑みは深まるばかりだ。
「ふ~ん? さだっちの顔、赤くない?」
「赤くない! 夕日のせいだ!」
「あら~、そうですかね~?」
ミアまで面白がって茶化してくる。
「スイリア様、何かいいことがあったんですかにゃ?」
「え? い、いえ、特には……」
スイリアも頬を染めて俯いてしまった。
こうして、俺たちは少しばかり賑やかになりながら、夕暮れの光に包まれた王都の大門へと向かった。
いよいよ王都に入る。俺たちの旅は新たな局面を迎え、未知の冒険が始まろうとしていた。
果たして、スイリアの父王との再会はどうなるのか。そして、この美しい都市で、俺たちを待ち受けているものは――。




