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第51話 月夜の露天風呂で逢った銀髪の姫君

就寝前にもう一度湯に浸かろうと思い、俺は再び浴場へ向かった。エドワードの薦めもあり、今度は露天風呂に足を運ぶことにした。


「温泉の効能は十二分に味わうに限るしな」


独り言を呟きながら、タオル一枚を腰に巻き、浴場の奥にある障子戸を開けた。


外は既に夕暮れ時。露天風呂は険しい渓谷に面して造られており、自然の岩を巧みに活かした造りだ。


湯舟に浸かりながら目の前に広がる渓谷の絶景を楽しめるように設計されている。


「おお、これは贅沢な眺めだ…」


誰もいない露天風呂に、そっと足を踏み入れる。


熱めの湯が足先から背中へと包み込み、海軍にいた頃の古傷まで温めていく感覚に、思わず目を閉じた。


「はぁ~…」


思わず漏れる吐息。

この心地よさは何だろう。


戦場では一瞬たりとも気を抜けなかったのに、ここではすべてを忘れられる。


湯に浸かりながら見上げると、夕焼け空から次第に星が瞬き始めていた。


雲一つない空に、満月がぽっかりと浮かび上がっている。湯気越しに見る月は、まるで幻想的な絵画のようだ。


「こりゃ、壮観だ...」


一人きりの露天風呂で、湯の温もりと共に自然の美しさに身を委ねる。


海軍少佐として、常に緊張感の中で過ごしてきた俺だが、こうして穏やかな時間を過ごすのも悪くない。むしろ、心が洗われるような感覚だ。


水面に映る月を眺めながら、ふと白雪での夜当直を思い出す。


南方の海で見た月もこんな風に美しかったが、当時は常に敵襲の恐れがあり、心からくつろぐことなどできなかった。月明かりが敵の目標になるという恐怖と背中合わせだった。


背を湯舟の縁に預け、目を閉じる。


五感が心地よく解放されていく。


南洋での激戦から、こんな平穏な時間を過ごせるようになるとは。


神様のいうとおり、世界を救うまでは戻れないかもしれないが、こんな「生」を与えられただけでも感謝すべきかもしれない。




しばらくすると、ふと障子戸が開く音がした。


「あら、どなたかいらしたのですね」


女性の声だ。それも聞き覚えのある、上品な声色。


「えっ?」


目を開けると、湯気の向こうに人影が見える。こちらに向かって歩いてくる長身のシルエット。


髪を頭上で束ねた、どこか凛とした佇まい。そして微かに香る、草木のような優しい香り。


「あっ…」


生唾を飲み込み、視界が晴れるのを待つ。湯気が晴れた瞬間、そこに立っていたのは——。


「す、スイリア!?」


声が裏返りそうになる。彼女はタオル一枚を胸に当て、俺を見下ろしている。


肌の白さが湯気の中で月光に照らされ、磁器のように輝いていた。


長い銀紫色の髪は乱れないよう頭上で結い上げられ、首筋から鎖骨にかけてのラインが妙に色っぽい。


タオルの下縁からのぞく長い脚線美は、普段の衣服では隠されている美しさを惜しげもなく晒していた。ハーフエルフらしい、しなやかさと気品を兼ね備えた体つき。


「芦名さん? ここでお会いするとは思いませんでした」


スイリアは少し驚いた様子ながらも、自然な微笑みを浮かべている。その微笑みは、いつも見せる医者としての優しさとは違う、女性としての柔らかな表情だ。柔和さの中に垣間見える色気に、俺の心臓が早鐘を打ち始めた。


「あの、ここは…」


言いよどんだ俺に、スイリアが小さく笑った。顔を少し傾げ、長い睫毛の下から俺を見上げる仕草に、どこかあどけなさすら感じる。


「ここ、深夜時間帯は混浴露天風呂ですよ。看板、見ませんでしたか?」


「な、なんだって!? 混浴!?」


慌てて立ち上がりかけた瞬間、自分が全裸だということを思い出し、急いで腰を下ろす。水面に波紋が広がり、バシャバシャという音が静かな湯舟に響く。


「ひぃっ!」


スイリアも小さく悲鳴を上げ、顔を背ける。頬が紅潮しているのが見て取れた。


タオルを胸に押さえる仕草に、思わず視線が釘付けになる。


普段は衣服の下に隠れている柔らかそうな胸の膨らみが、タオル越しにくっきりと浮かび上がっていた。


くそっ、何を見てるんだ俺は! こんなところで下品なことを考えるなんて。頬がほてるのを感じる。湯のせいだけではない。


「す、すまない。気づかなかった。俺はもう上がるべきか...」


たどたどしい言葉で謝りながら、水面下で足がもつれる。今すぐここから逃げ出したい一心だったが、動けない。


「い、いえ、お構いなく」


スイリアも少し慌てた様子で言った。その表情が意外にも可愛らしく、湯の温度よりも体が熱くなるのを感じる。


「エルフの里では男女共に滝行をしますので、その…気にしません」


言葉とは裏腹に、彼女の耳先が赤くなっていた。ハーフエルフの特徴である尖った耳がかわいらしく揺れている。白雪で会議室にいたスイリアとはまた違う、女性らしさに胸が高鳴る。


彼女はそそくさと湯船の反対側に滑り込んだ。湯舟に入る際、ほんの一瞬だが身体のラインが月明かりに照らされ、しなやかな腰のくびれと豊かな腰回りが目に焼き付いた。目のやり場に困り、思わず視線を泳がせる。


肩まで湯につかり、明らかに視線を合わせるのを避けているスイリア。湯気のせいだけではなく、彼女の頬が赤く染まっていた。普段の凛々しい姿からは想像もつかない、そんな姿に息を呑む。


「エルフは裸を気にしないのか?」


気まずい沈黙を破るために言ってみた。実際には、目の前の彼女の美しさに気を取られ、思考がまとまらなかった。頭の中が真っ白で、軍人としての冷静さなど、どこかに吹き飛んでいた。


「そうですね…自然の中で過ごすエルフにとって、体は自然の一部です」


彼女は視線を泳がせながら答える。水面から覗く白い肩には、青みがかった月光が映え、それだけで絵画のような美しさだ。湯の熱さのせいか、彼女の胸元がほんのり桜色に染まっている。


「ただ、人間の世界では恥じらいがあるように…私もハーフなので…」


言いながら、彼女は湯舟の縁に小さく身を寄せた。その仕草が水面を揺らし、湯が彼女の鎖骨あたりまで滑り落ちる。思わず息を呑む。


普段の威厳ある王女様から、今は一人の恥じらいを持つ女性へと変貌した姿に、心が奪われる。


「あっ、そうか…いや、日本の温泉も基本的に男女別だが…混浴もなくはない」


むやみに視線を泳がせながら言い訳めいたことを口走る。空気を少しでも和らげようと。


「日本の温泉文化も奥深いんですね」


スイリアの声に緊張が解けていくのを感じる。不思議と彼女といると、心が落ち着く。


そして会話は自然な流れで続き、スイリアはエルフの文化について語り始めた。


彼女の銀の髪が月明かりを受けて神秘的に輝いている。俺はそんな彼女の姿に、不意に目を奪われた。


喋るたびに動く唇の艶やかさ、湯気で湿り気を帯びた肌の質感、時折見せる首の仕草から伸びやかな肩のライン…すべてが絵に描いたような美しさだった。


そこには、医者・王女としてではなく、一人の女性としてのスイリアがいた。




「エルフは月の光を浴びると力が増すんですよ」


彼女が教えてくれる。その話し方は先生のようであり、少女のようでもある。


「へえ、だから今夜は満月だし、元気なのか?」


つい軽口を叩いてしまう。こんな場面で冗談めいたことを言うなんて、自分でも驚いた。


「ええ、少し体が熱くなりますし…感覚も鋭くなるんです」


彼女が言うと、月光が指す湯面が一瞬きらめいた気がした。その輝きが彼女の水に濡れた肌を照らし、まるで真珠のように光っている。


「それにしても…」


スイリアが言葉を切った。湯面に映る月を見つめる彼女の横顔に、何か物思いにふける影が見えた。


「なんだ?」


「いえ…実は…」


彼女がもじもじと言いづらそうにしている。


華やかな王女・有能な医師としての姿しか知らなかった彼女にも、こんな一面があるのか。不思議と親近感が湧く。


「芦名さん、背中に大きな傷がありますね…」


俺は無意識に肩を触った。そこには確かに、ビスマルク海海戦の際についた傷痕がある。もういらない記憶のはずなのに、こうして体に刻まれている。


「ああ、これか。戦場の記念品さ」


軽口を叩いたつもりだったが、声にはどこか虚しさが混じっていた。


「痛かったでしょう…」


彼女の声に、医者としての優しさを感じる。そこには単なる同情ではなく、傷への深い理解があった。彼女もまた、何かに傷ついた経験があるのかもしれない。


「その…もしよろしければ、少し治療を」


「え?」


スイリアが俺の方へ少し近づいてきた。その動きに伴い、水面が波立ち、彼女の湿った肌がほんの一瞬だけ露わになる。滑らかで白磁のような肌は、ただそれだけで男の目を惹きつけるに十分だった。


「ここの温泉と私の癒しの魔法が合わさると、古傷も少しは楽になります」


彼女は湯の中で手を動かし、かすかな緑色の光が水面に浮かび上がった。まるで小さな星が浮かんでいるようだ。妖精のような存在感。


「では…失礼します」


背中に彼女の指先が触れると、俺はビクッと体を震わせた。


彼女の手は意外にも柔らかく、しなやかな指先が傷跡をなぞる感触に思わず息を詰めた。


優しい指先と共に、暖かな魔力が傷に染み込んでいく。


「あ…す、すまん、くすぐったい」


「大丈夫ですか?」


湯舟の中で彼女が近づいたせいで、ほのかな香りが鼻先をくすぐる。自然の草花のような爽やかさだが、どこか甘美な香りでもある。その香りに酔いそうになる。


「あ、ああ…続けてくれ」


彼女の指が傷に沿ってゆっくりと滑っていく。指先から流れる魔力が温かく、妙に気持ちいい。次第に全身が緩んでいくような感覚だった。治療とはいえ、彼女の体温を感じる近さに、俺の心臓は早鐘を打ち始めた。


「芦名さん…」


彼女の声が近い。湯の中でこちらに近づいているのが分かる。


わずかに開いた彼女の唇が、月光に照らされ艶めかしく見えた。神秘的な雰囲気を纏う彼女の姿に、俺は釘付けになった。


「ん?」


「実は、エルフとしては私は人間に近すぎ、人間としては私はエルフに近すぎて...」



彼女の声が小さくなる。そこには確かな痛みと孤独が滲んでいた。



「どちらの世界にも居場所がなかったんです」



彼女の横顔が月明かりに照らされ、いつもの威厳ある王女の姿ではなく、ただの傷ついた少女のように見えた。胸が痛むような表情。


「そうか...それで王城を出て医者になったのか」


「はい。生きるために必要な技術を身につけようと思って…人の役に立てれば、排除されないかもしれないと…」


湯煙の向こうから、彼女の瞳が静かに輝いていた。見つめ合った瞬間、彼女は慌てて視線を外した。その仕草が妙に色っぽく、まるで恋する乙女のようだった。


強さの中に秘めた弱さ。それが彼女の本当の姿だったのか。


「スイリア、誰だってそうだ。どこかに自分の居場所を探している」


「芦名さんも、ですか?」


「ああ、俺も海軍の中で自分の役割を見つけようとしてきた。異世界に来てからは、なおさらな」


スイリアがゆっくりと頷いた。湯気の中で二人きりになって初めて、彼女の内面に触れた気がした。

そうして静かに語り合ううち、空はすっかり闇に包まれ、満月が高く昇っていた。月の光が湯面を銀色に染め上げる。まるで魔法のような光景だった。


「あっ、流れ星…」


スイリアが突然、空を指さした。身を乗り出したその仕草で、水面から胸元がわずかに現れる。丸みを帯びた柔らかな曲線と、湿った肌の輝きが一瞬だけ目に飛び込んできた。


目を閉じて、俺は彼女の声に意識を集中させようとした。流れ星に気を取られていると、彼女の声が耳元で囁いた。


「願い事をするといいですよ」


彼女が微笑む。その表情があまりに愛らしく、俺は思わず見とれてしまった。


「願い事か…」


俺は心の中で願った。みんなと無事に任務を果たし、元の世界に戻れますように、と。でも、その願いの中に、スイリアのこともずっと忘れないようにという願いも忍ばせた。


「芦名さんは...元の世界に戻りたいですか?」


まるで俺の心を読むかのように、スイリアが問いかけた。その声には微かな寂しさが混じっている。


「ああ…俺には果たすべき責務がある。仲間たちのためにも」


「そうですよね…」


スイリアの声が少し寂しげに響く。月光が彼女の横顔を照らし、その表情は湯気の向こうでも美しく見えた。湿った銀髪が首筋に貼りつき、その曲線を強調している。


「でも、この世界で出会えた皆とも…特にスイリアとも、大切な縁だと思っている」


思わず本心が口から溢れた。そんな素直な言葉を発するなんて、俺らしくない。

その言葉に、スイリアの目が少し潤んだように見えた。


「芦名さん…」


彼女がこちらに近づいてくる。湯の中で距離が縮まり、彼女の息遣いが聞こえるほどの近さになった。彼女の体から放たれる熱が、湯の温もりを超えて伝わってくる。


「どうした?」


「いえ…ただ…芦名さんと会えて良かったなと」


彼女の瞳が月光を反射して煌めいていた。この瞬間、俺は彼女の美しさに心を奪われた。背後から差す月光で、彼女の肌が透き通るように輝いている。湯面から覗く肩のラインから、湯に半ば浸かった豊満な胸元にかけての曲線が息をのむほど美しい。


「俺も、スイリアと出会えて…」


言葉を続けようとした瞬間——ドア越しに騒がしい声が届いた。


「きゃーーーー! 誰かいるー!」


湯舟と障子の間から、陽菜の声が響いた。


「陽菜!?」「陽菜さん!?」


俺とスイリアは同時に声を上げた。魔法のような時間が、あっけなく破られる。


「え? さだっち? スイリア? 二人ともここだったの!?」


バサバサと湯舟に駆け寄る足音。慌てて俺たちは距離を取った。スイリアは急いで肩まで湯に浸かり、染まりかけた頬を隠そうとしている。


「なになに? 二人で何してたの~?」


タオルを巻いただけの陽菜が、にやにやしながら湯舟の縁に腰掛ける。彼女の顔には、まるで宝物を見つけたような好奇心に満ちた表情が浮かんでいた。


「い、いや、偶然出会っただけだ!」


「そうですよ、何も…」


俺とスイリアは慌てて否定した。


「ふーん? でも二人とも顔真っ赤だよね~? スイリアのエルフ耳まで赤いよ?」


陽菜の茶化すような声に、さらに顔が熱くなる。


「お、湯が熱いからだ!」


「そうです! 湯が熱くて…」


「そっかぁ~? まぁいいや、私も入るね!」


陽菜はそう言うと、タオルを外し、湯舟に飛び込んだ。バシャッという大きな音と共に、湯が飛び散る。


「おわっ!」


俺は思わず顔を背けた。彼女の無邪気さに、思わず笑みがこぼれる。


その後ろからは、くすくすと笑い合う二人の声が聞こえる。


「なんだよ、さだっち、さっきまでスイリアとなに話してたの~?」


「べっべつに、エルフの文化の話を…」


すると、今度は障子の外から、「スイリア様~? どちらですか~?」というミアの声が聞こえてきた。


「あ、ミアも来るんだ!」


陽菜が叫ぶ。


「え、ちょっと待て、これ以上人が増えると…」


俺の言葉も虚しく、結局この夜の露天風呂は、四人での賑やかな時間となった。湯気に包まれ、月光を浴びながら、俺たちは笑い合っていた。


だが、スイリアとの間に生まれかけた特別な瞬間のことは、その後も俺の心に残り続けた——。月明かりに照らされた彼女の曲線美、湯に濡れた白い肌、そして湯気の向こうで垣間見えた女性としての魅力。全てが俺の記憶に深く刻まれた。


タオルに顔を埋めながら、俺はそっと笑った。こんな平和な時間も、悪くないな…と。そしてスイリアの横顔をチラリと見る。彼女もまた、嬉しそうに微笑んでいた。

硬派な軍人・芦名さんが見せる、珍しくドキドキな一面。スイリアとの関係もこれからどうなっていくのか…!? 次回も引き続きお楽しみに!

あと、「陽菜は悪くないけど、ちょっとだけタイミングが悪い子だな」と思った方、手を挙げてください(笑)。よかったらコメントもお待ちしています!

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