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フラマンタスの刃82

 剣戟が衝突する。途端に凄まじい衝撃波が部屋を揺るがせた。

 武器越しに真紅の屍術師の仮面を見る。道化の仮面は眉を下げ、目には涙が描かれていた。

 これが奴の気持ちというものなのか、だが、何故奴は悲しむ必要がある?

 フラマンタスは後退した。マグナスは生きている。壁に背を預け、か細い息遣いをしながらこちらを見守っていた。

 真紅の屍術師は積極的に攻めて来なかった。

 俺達を排除したいわけではないのか? しかし、何故?

「フラマンタス」

 背後で弱弱しいマグナスの声がした。

 そうだ、疑問を挟む余地はない。決着を着けねば!

 フラマンタスは再び真紅の屍術師に挑みかかった。

 戟で受け止められた。

「戦う気はあるのか?」

 フラマンタスは得物越しに敵に尋ねた。

 すると真紅の屍術師の仮面が憤怒の形相に変わった。

「ええ、ありますとも!」

 戟が離れ、薙ぎ払わられる、フラマンタスは下がり、先ほどとは打って変わって敵は追撃をしてきた。まるで挑発に乗った形だった。

 目では見切れない猛攻をフラマンタスは勘の赴くままに受け止めたが、弾き返すことは不可能だった。剣戟がぶつかる度に火花が散り、手に痺れが何度も走った。

 このままでは勝機が無い。

 ふと、フラマンタスの隣にイスがあった。

 彼はそれを蹴り上げ、一気に剣を突いた。そのまま加速し、真紅の屍術師を壁に縫い付けた。

「うふふ、やりますね……」

 イスを挟んで敵は言った。

 敵の仮面が笑顔に戻っていた。

「私はここまでのようです。良かったですね、フラマンタス、あなたにも仲間にも世界にも平穏が訪れます」

 そう言い残すと真紅の屍術師の姿が消えた。

 やったのか?

 血の滴るイスを剣から振り飛ばし、フラマンタスはマグナスの方へ駆け付けた。マグナスは重傷の身で棺の蓋を開けようと試みていた。

「俺が外します」

 フラマンタスは棺へ駆け寄ると、木製の蓋を持ち上げた。蓋は軽々と持ち上がっていた。

 そして中にはマリアンヌ姫によく似ているが彼女よりは大人の黒い髪の若い女性が眠っていた。

「クシルスト姫!」

 マグナスが呼び掛けた。

 これがクシルスト姫か。マグナス以外の俺達の記憶から失われたという、教会戦士団副団長。

 マグナスは咳き込みながらも何度もクシルスト姫の身体を揺さぶり名を呼んでいた。だが、クシルスト姫が目覚める気配は無かった。フラマンタスは彼女の手を取り脈を計った。動いている。ただ眠っているだけだ。

「生きています」

 フラマンタスが言うとマグナスは涙を流して更にクシルスト姫の名を呼んだ。やはり目覚める気配は無い。

「どうすれば」

 マグナスが咳き込んで血を吐きながら言った。

「愛する者の口づけです」

 涼やかな女の声が聴こえた。

 フラマンタスが見ると、そこにはイシュタルが立っていた。フラマンタスは剣を向けたが、イシュタルは見つめ返した。そして傍らの教会戦士団部隊長を見て言った。

「マグナス、何故、口づけをしないのです? あなたは死にます。そうなれば彼女は永遠に眠ったままです。彼女を起こせるのはマグナス、あなたの口づけだけにほかなりません」

 イシュタルの身体が淡く消えたり現れたりと明滅している。

 マグナスは動いて、クシルスト姫に口づけした。

 そして離す。

「何故、教える気になった?」

 マグナスが問う。

「あなたとの旅は僅かですが楽しかった」

 イシュタルは感慨深げに応じた。

「私はまた一人で旅をすることになるでしょう。さようなら、マグナス、フラマンタス」

 イシュタルの姿が消え入ろうとした瞬間、マグナスはまるで最後の力を振り絞るように、イシュタルの方へとよろめきながら歩んでいた。

「イシュタル、その旅路に私も加わろう。あなたは決して孤独ではない」

 イシュタルの目が大きく見開かれ、マグナスに抱き着いた。

「こんな罪深い私をお許しになるのですか?」

「許すか許さないか、私の裁量では判断できない。ただあなたが真紅の屍術師として面白半分にして来たことは罪深きことだ。あの世で罪を贖おう。微力だが私も手伝わせていただこう」

 マグナスはそう優しく言った。

 イシュタルの目から涙が零れ落ちた。

 そして二人の姿がうっすらと消え始める。

「さらばだ、フラマンタス」

 マグナスが振り返り、そう言った。そして二人の姿は消え、彼の教会戦士の証である波打った十字剣だけが後に残された。

 だが、フラマンタスにはこの剣の持ち主が誰だか分からなかった。

「そこのお前」

 女性の声が凛と響いた。

 そこにはフラマンタスが遠くからなら見たことがある教会戦士団副団長クシルスト姫の姿があった。

「ここはどこだ?」

「真紅の屍術師の居城です。ですが、戦いは終わりました」

「そうか。しかし、何故、私は棺の中に入っているのだ?」

 何故? それはフラマンタスにも分からなかった。ただ、拾い上げた波打った形状の十字剣を見ると、心が切なくなった。

「その剣を見せてくれ」

 クシルスト姫が歩んで来た。

 フラマンタスが剣を渡すと、クシルスト姫は唸った。

「これは誰のものだ?」

「私にも分かりません。ですが、紛れもなく我々教会戦士の強者の証の剣です」

「うむ。だが、この剣を見ていると、何故だか胸が切なくなるな」

「ええ」

 その時、部屋が揺れ始めた。

「副団長、急いで脱出しましょう! 城が崩れるかもしれません!」

「分かった、行こう」

 二人は駆けてグチャグチャの宴会部屋から飛び出した。

 城全体が揺れている。煤や埃、そして天井の石壁まで落ちてきた。

「急ぎましょう、走れますか、副団長?」

「身体が少々鈍ってはいるが、気力で駆け抜ける。行こう」

 クシルスト姫が言い、フラマンタスは彼女と駆けた。

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