フラマンタスの刃81
全く、どう戦えというのだろうか。
目の前の怪物は二本足で立ち、空に向かって炎を吐き出し、それをこちらへ向けて来る。
仲間達はそれぞれ散って避けた。
俺っちが最強のトリックスターでもこんなのは規格外だぜ。
だが、首元にはフラマンタスの残した言葉の通り輪が着いている。彼はあれを外せと言った。外したらどうなるか。あれは従属、操りの道具だろう。それが無くなればドラゴンは本能を取り戻し、野生に帰る。って、寸法なんだろうけど、上手くいくのか?
「全員傾注! ドラゴンの気を引いてくれ、その間に俺っちはあの首輪を叩き割る!」
「あの首輪が何だっての!?」
ギュネがほとんど反対側から尋ね返す。
「愛しのフラちゃんからの助言だ! 信じてくれ!」
信じるしかない。
「ペケちゃん、私を乗せて」
マリアンヌ姫がペケの背に乗った。
身の丈十五メートルほどのブラックドラゴンは前足を着いた。途端に揺れる地面に更に粉々に割れる石畳。真紅の屍術師はどうやって城を維持しているのだろうか。給仕も左官屋さんもゾンビぐらいしかない。
「寂しい場所だね、ここは」
ドラゴンが長い首を伸ばし、アネーリオに食らいついた。
「おっと!」
少年は寸前でかわした。顎がカチリと空を噛む。冷や冷やした。
「ドラゴン、あなたの相手は私です!」
マリアンヌ姫がペケを操り声を上げた。
ドラゴンはマリアンヌ姫を追いかける。
「コモド!」
ギュネが声を上げる。
了の解よ! 今しかない!
コモドは全力で駆けた。大きな大きな身体が距離を詰める度に更に大きく見えてくる。太い首元にある黄金色の首輪にはルビーがはめ込まれていた。
高値で売れそうだな。壊すのが勿体ないが、仕方が無い。
コモドは跳躍しドラゴンの首元に乗った。
姫が、少年が、ギュネがそれぞれ声を上げてドラゴンの気を反らしている。今しかチャンスはない。コモドはルビー目掛けて剣を突き立てた。
ルビーに亀裂が入る。そして二つに分かれて魔具は落下した。
「よっしゃ! 俺っち、世界一!」
と、ドラゴンが大人しくなった。仲間達も足を止め見守っている。コモドはそっと首から降りてゆっくり後ずさった。
頼む、このまま飛んで行ってくれよん。
ドラゴンは咆哮を上げる。耳を押さえたくなるような凄まじい音だ。被膜の大きな両翼を広げてはばたかせ、空へ空へ上がってゆく。
全員が壁に寄った。ドラゴンの羽ばたきによる突風が吹き荒れている。
「フラちゃん、こっちは終わったぜ」
コモドは大きく息を吐いた。
ドラゴンは小さく小さくなり厚い黒雲の中へと入って、戻って来た。
「な!?」
「え!?」
仲間達が驚きの声を上げる。
ドラゴンは急降下し石畳を突き破った。
「ちょっと、コモド! どうなってんの!?」
尻もちを付いたギュネが声を上げてきた。
「俺っちにもさっぱり! だけど分かってることは」
ドラゴンは長い首を巡らせ、全員を睨んで咆哮を上げた。
「やるしかないってことね!」
耳を塞ぎながらコモドはドラゴンを睨みつけていた。どうする、どこを攻めればいい。表面の鱗は刃が通らない。無闇に目を潰すのは危険な気もする。ならば、腹か。
「みんな、聴いてくれ! 俺っちがどうにかしてこいつの腹を突き刺す!」
「それは愚策でござる!」
突然、男の声が聴こえた。
見ればレンジャーの中年の男、ハンスが弓矢をドラゴンに向けながら立っていた。
「外、終わったのかい?」
「いいえ、むしろ援軍を求めに来たのです」
ハンスは弓矢でドラゴンを狙いながら言った。
「ドラゴンの腹は確かに鱗に覆われてはいません。ですが、分厚く刃はまず通りません!」
「アンタ、ドラゴンと戦ったことあるのか?」
コモドが問う。
「ええ、二十八年ほど前にフォレストドラゴンと。あの日は」
「昔話は良いから手段を教えてくれ!」
コモドが言うとハンスは頷いた。
「ドラゴンの弱点は尻、肛門です! 肛門の内側の肉なら柔らかくダメージを与えることができます。ドラゴンとは痛みとはおおよそ無縁だった生き物。痛みを感じれば驚いて逃げ去るはずです!」
「確証は?」
「私が成功させました」
ハンスは自信満々に言い切った。
急がないとな。じいさんとダニーボーイが援軍を求めてる。
「分かった、みんな、もう一度、ドラゴンを掻き回してくれ! 俺っちがお尻にチクリとやるからさ!」
一同は頷いた。
「さぁ、開戦ですぞ!」
ハンスが矢を放ち、ドラゴンの身体に当てる。ハンスは矢を連射した。ドラゴンは怒りの声を上げてハンス目掛けて口を開いた。炎が吐かれるが、レンジャーは素早い身のこなしで避けた。
「ドラゴン、こっちだ!」
少年が声を上げる。
ドラゴンがそちらを向いて、足を進めようとする。
「こっちよ!」
ギュネが声を上げる。
「いいえ、こっちです!」
ペケを駆け回らせ、棹立ちにさせて嘶かせてマリアンヌ姫がその背で言った。
ドラゴンはマリアンヌ姫に狙いを定めたようだ。
コモドは気取られぬようにそろりそろりと動き、駆けた。ドラゴンの側面を迂回し、当たれば打たれて死ぬだろう太い尻尾の動きに注意しつつ、駆けた。ドラゴンの太い尻尾の付け根の下にその穴はあった。
「悶え苦しんで頂戴っと!」
コモドは剣を肛門に突き刺した。そしてグチャグチャに刃を走らせ肉を切り裂いた。
ドラゴンが悲鳴のような声を上げた。
ブワッ!
コモドは強烈な風によって吹き飛ばされた。壁に当たってようやく止まる。
ドラゴンは翼をはためかせ、浮上し、そして今度こそ厚い雲の中へと消えて行ったのだった。
「やれやれ、みんな、ご苦労様」
コモドはそう言ったが、誰も近づいてこない。それどころか鼻を摘まんでいる。ペケに至っては嘶き棹立ちになりを繰り返していた。
コモドも気付いた。すさまじい刺激臭だ。卵が腐ったようなこの臭いは、間違いなく屁だ。
「ま、実じゃなかっただけマシでしょ」
コモドが近寄るとみんなは鼻を摘まんで頷いた。
「さぁ、援軍を頼みますぞ!」
鼻を摘まみながらレンジャーが言った。
「おうさ」
フラちゃん、こっちは何とかなるよ。そっち、頑張ってな。無事に会おう。それでギュネっちとの挙式を楽しみにしてるからね。
先を行く一同に遅れ、閉ざされた壁を見詰めた後、コモドも元来た道を引き返したのだった。




