フラマンタスの刃80
マグナスは踏み込み剣を突き出した。
その時、金属同士のぶつかる音が聴こえた。
何も無い空間で剣は止まっている。マグナスは尚も力を入れているようだがビクともしない。
急にイシュタルの両腕が眩く光り、その手には戟が姿を現した。
「急きすぎですよ、マグナス」
イシュタルは涼やかな声でそう言い、戟を振るった。
マグナスが高々と打ち上げられた。そこで下から突けばマグナスは死んでいたかもしれない。しかし、イシュタルはそうはせず、床に落ちたマグナスを見降ろしていた。
「さて、お二人とも、もう、お気付きかもしれませんが」
イシュタルの姿が一瞬で真紅の外套を纏った宿敵に変わった。
「真紅の屍術師!」
フラマンタスは声を上げた。
「マグナス、下がって」
フラマンタスが声を上げて襲撃しようとすると、真紅の屍術師は左手を開いて前に突き出した。
突風が吹き荒れ、テーブルやイス、豪華な食事などが一斉にフラマンタス目掛けて飛んできた。
フラマンタスは立ちすくみ、両手で顔を庇った。籠手に胴に物がぶつかるが彼を吹き飛ばすまでには至らなかった。
真紅の屍術師は哄笑した。
「フラマンタス、少しだけお時間をいただきますよ」
「ふざけるな!」
フラマンタスは突進した剣を横に構え、薙ぎ払ったが敵の戟に阻まれた。
「お怒りはごもっとも。私はずいぶんあなたに嫌がらせをしてきましたからね」
敵は密やかに笑顔の道化の面の下で笑うと、片腕を戟から放し、右を指さした。
そこには一つの棺があった。
「あの中に何が入っているのかあなたは分かりますか? 特にマグナス、あなたには気付いてほしい」
立ち上がっていたマグナスが表情を青ざめさせた。
「クシルスト姫か!?」
「うふふ、どうでしょうねぇ」
フラマンタスは一旦、競り合いを回避し、下がった。マグナスも合流した。
「フラマンタス、時間を稼いでくれ」
「マグナス、敵の戯言に惑わされるな。あなたの探し人はなく邪悪な仕掛けかもしれない」
フラマンタスとマグナスは睨みあった。
「さて、どうします?」
真紅の屍術師の身体が浮き上がった。
「頼む、フラマンタス」
マグナスの決死の願い事にフラマンタスも了承するしかなかった。目の前の敵は不安要素を抱えて勝てる相手ではない。
「分かった。敵の相手は俺が!」
フラマンタスは咆哮を上げて床を蹴った。そして大上段に剣を振り上げ、振り下ろす。しかし、剣は空を切った。真紅の屍術は浮きながら戟を突き下ろした。
鋭い音色と火花が散った。フラマンタスは十字剣で受け止めた。そして突き上げる。だが、これは避けられ、敵はあっという間にフラマンタスの背に回り込んだ。そして羽交い絞めにした。
「あなたの大きな背中に私は憧れていたんですよ。だからついついいじめたくなってしまうんですよね。孤独なあなたがかわいそうだった」
真紅の屍術師の腕に力が入り、フラマンタスの肩鎧が拉げ始めた。
「それが理由で、私に付きまとったのか!? 多くの善良な民をゾンビに変えたのか!?」
「そうだとしたら?」
相手が笑い声を漏らしながら応じた。
「意地でもお前を斬る!」
フラマンタスは首を下げ反動をつけて後頭部で敵の顔面に頭突きを見舞った。腕が緩む。その腕を取り、背負い投げにして地面に叩きつけた。
「死ね!」
フラマンタスは恨みと怒りで剣を突き下ろした。だが、真紅の屍術師は短剣を持って受け止め、弾き返した。
フラマンタス程の体躯の者でものけぞる程の力のある返しだった。
真紅の屍術師は短剣を鞘に納め、戟を拾った。
「くそっ、開かない! クシルスト姫!」
マグナスの悲痛な声が聴こえ、敵は大笑いした。
「開けられないので答えを言いましょう。棺の中身はまさしくクシルスト姫です。マグナスを除いた多く人の記憶から忘れ去られた教会戦士団副団長ですよ」
そう言われ、フラマンタスは己の記憶の中にクシルスト姫がいないことに苛立った。どこまでも人を弄ぶ敵を彼は許すことができなかった。
「貴様だけは許さん!」
フラマンタスは一気に加速し、横に剣を薙いだが、敵は避けて、ひらりと頭上から背後に回った。フラマンタスは慌てて武器を旋回させた。間一髪敵の戟の刃と十字剣はぶつかりあった。
競り合ったが、真紅の屍術師の二つの細腕はフラマンタスを押していた。
こんなに膂力があるか。競り合うのは無意味、フラマンタスは素早く屈んで足払いした。真紅の屍術師はそれを浮いて避けた。
「これでも喰らえ!」
不意に前方から跳躍する影があった。
マグナスの一刀両断は敵に避けられ、フラマンタスの刃と衝突した。肩が揺らいだ。
「くそっ、外したか」
マグナスは宙をふよふよ漂い左右に揺らめいてこちらを嘲笑う敵を睨んでいた。
「棺は?」
「駄目だ。開かなかった」
「蓋が重いと言うわけですか?」
「何とも言えぬ」
マグナスはそう言うと敵に躍り掛かった。
「だが、貴様さえ斃せれば棺の蓋も開く、そう言うことなのだろう!?」
マグナスの剣は次々空を裂く。真紅の屍術師の女の様な笑い声が聴こえた。
「大当たりです、マグナス」
真紅の屍術師は戟で応戦してきた。その凄まじい速さは同じ戟を使うヒューなど相手にならぬほど、そしてこのフラマンタスでさえ見切れるものでは無かった。
「うぐっ!?」
マグナスが呻いた。戟の長い刃はマグナスの鎧ごと腹部を貫いていた。
「マグナス!?」
放り捨てられ、壁にぶつかる。だが、マグナスは気力を振り絞るように気勢を上げ、仇敵に挑みかかった。
真紅の屍術師は鬼の様な猛襲を次々捌いた。そしてマグナスはついに倒れた。
フラマンタスは駆けつけた。そしてマグナスを抱き起した。
「マグナス、死んでは駄目だ! 私や全ての人々の記憶にクシルスト姫を呼び起こすためにも!」
「ああ、私は死なない。死ねない……」
マグナスはそう言うと立ち上がろうとした。
「あなたは少しでも生きながらえて下さい。生きて一目でも愛する方の顔を見てください。敵は必ず私が殺します」
「フラマンタス、頼む」
フラマンタス頷き、真紅の屍術師を睨んだ。
「ふふふっ」
不敵な笑い声を上げて敵は地に降り立った。
フラマンタスは咆哮を上げて敵へと斬りかかったのだった。




