フラマンタスの刃76
辿り着いたのは村だった。
一日掛かりでようやく着けた。
真紅の屍術師は仕掛けて来るだろうか。
食事を終え、居酒屋の喧騒もどこ吹く風、フラマンタスはコモドと宿の一階のロビーで番をしていた。
「我々は寝ますが?」
そう尋ねてくる宿の主人の首にはオニキスの首飾りは無く、手には指輪も腕輪もない。先の町でのことはイシュタルの気まぐれだったのだろうか。いずれにせよ油断はできなかった。
「おう、俺っち達ここにいるけど、お気遣いなく。なぁに、物を盗んだりはしませんよ。心配なら持っていってしまえばよろしい」
コモドが言うと店主は隣にいる老いた妻に向かって一言二言交わし、金庫を持ち上げて奥へ行ってしまった。
「そんなに俺っちの言うことって信用無いかな?」
「憂いなく夜を過ごせる。お互いにな」
フラマンタスはコモドに応じた。
ロビーには燭台が一本限り燃えていた。と、言ってもロウソクは四本立っている。これが意外に明るかった。
「でさ、フラちゃん」
「何だ?」
「ギュネっちとどこまでいったの?」
その問いには答えるしかなかった。何故ならギュネがカマに引っかかったからだ。
「唇を合わせた」
「へぇ、吸い付く感じに? 舌を絡めて?」
「いや、ただ軽く唇を合わせただけだ。コモド、お前の言うそれは、その、唇を、ええい、キス! の種類なのか?」
フラマンタスは思い切って尋ねた。
「そだよ。深いキスだね。大丈夫、フラちゃんでも、愛しのギュネっち見れば、身体が求める様にそういうのやるようになるから練習の必要は無いよ」
「そういうものか」
「そうそう。早くこの旅に結末打って二人の結婚式に呼ばれるのが今の俺っちの夢。だからフラちゃんとギュネっちだけは絶対に死なせない。というか、少年もダニーボーイも強くなったし、そう簡単にやられることも無いとは思うよ」
「そうだな」
ヒューはもとより、コモドの言う通り、ダニエルもアネーリオも強くなった。そしてギュネだって自分の身は自分で守れるだろう。ゾンビに遅れは取らないはずだ。マリアンヌ姫だって胆力がある。黒の乗り手の頭目を斃したのも彼女の勇気と力だった。
「それとさ」
「何だ?」
「幻の城の噂が入って来てる」
「何だって? どこでそれを」
フラマンタスは瞠目した。
「まぁ、食堂で小耳に挟んだ程度だけど」
コモドはこういうところが器用だとフラマンタスは思った。
「幻の城に入った者は二度と出て来ないって噂だ。噂ね」
二度と出て来ない?
「道に迷ったり、あるいは真紅の屍術師のことだ、強力な番兵でも用意しているのかもしれないな」
脳裏に黒の乗り手やブラックドラゴンの姿が思い浮かぶ。
「そだね、生きてはいないと思うよ。イシュタルさんとウルフさんがどうなるか、俺っち少し心配してんのよ」
「確かに心配だな」
手段としてはイシュタルには何もなく、ウルフ頼みになるだろう。ウルフは強いが一人で真紅の屍術師を討つことはできるのか?
「急いだ方が良いな。近いのか?」
「うん、俺っちの聴いたところ、次の港町が東の果ての終着地点。その北に幻の城はあるんだとさ」
フラマンタスは驚いたが、身体が熱くなった。来ていたのだ、すぐ傍まで。真紅の屍術師を討ち、己の呪われた運命に終止符を打つ。
「何で、みんなの前で言わなかったんだ?」
フラマンタスの問いにコモドは笑った。
「緊張して眠れなくなるでしょ?」
「俺なら眠れるということか?」
「まぁまぁ、隊長だからね。先に話しておいた」
するとコモドはいつの間に手に入れたのか、リュートを手にし、弾き語りを始めた。熱くなっていた心が少しずつ鎮まってゆく。本当に器用な男だとフラマンタスは思った。
2
居酒屋チェーン店猛牛の里で朝食をしながらフラマンタスは切り出した。
「みんな、聴いて欲しい。我々は東の果てまで近いところに来ている」
全員が沈黙し、こちらを見た。
「噂では幻の城に入った者で帰って来る者はいなかったとのことだ」
フラマンタスが言うと、ヒューが口を開いた。
「俺達がビビるとでも?」
「念のためだ。ここまで俺の旅に付き合わせてしまったようなものだ。ここで待つのもみんなの自由だ」
フラマンタスは自分が真紅の屍術師の標的になっていることを思い起こし、そう述べた。遠慮できるように柔らかい声を意識して。彼としてはマリアンヌ姫に、ギュネ、アネーリオ、ダニエルには残って欲しかった。その方が賢明にも思えたのだ。
「私は行きますよ。王国の代表として、国民の仇を討ち、これ以上犠牲者が出ないようにしなければなりません!」
マリアンヌ姫が口火を切った。
「姫が行かれるのなら最後まで御同道いたしましょう」
ヒューが姫の前で首を垂れて言った。
「俺も行くよ! シスターエレッタやみんなの仇を討つんだ!」
アネーリオが声を上げる。
「私だって、真紅の屍術師には借りがあります。討伐することで借りを返してやりたいです!」
ダニエルが続いた。
「私は」
ギュネが口ごもった。そしてかぶりを振ってはっきりと言った。
「町の人達の仇を討ちたいし、それに、フラマンタスの役に立ちたい!」
強い眦がフラマンタスを捉えて放さなかった。なので、フラマンタスは本音を言うのを止め、頷いた。
「みんなの意見は分かった。イシュタルさんとウルフさんが先に出ているはずだ。我々の出番があるかは分からないが、行こう、真紅の屍術師を討つために!」
フラマンタスの言葉に一同は声を揃えて応じた。この決起会に他の客は訝し気な視線を向けていた。
そしてフラマンタスらは幌馬車を一台手に入れた。引く馬は四頭だ。フラマンタスが大きいためである。そこにペケも加わった。
御者として才覚を発揮したのはダニエルだった。彼は仲間から驚かれ、称賛され照れ臭そうに謙遜していた。
朝の村の東口まで歩き、そして馬車に乗った。
椅子など無い、幌の中で荷物のように一同は並び向かい合った。
「用意は良いですか?」
御者席のダニエルが問う。
「ああ」
フラマンタスが応じる。正面にはギュネが座り、微笑み、頷いていた。
「それでは出発!」
ダニエルが馬に鞭を入れた。馬車は走り出したのであった。




