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フラマンタスの刃74

 翌朝、フラマンタスが目覚めると、傍らにいたギュネが眠たげにあくびを噛み殺してこちらを見た。

「しまった、寝入ってしまった」

 フラマンタスは夜に見張りを交代するはずが、その役目を忘れ眠りの世界へと沈んでいたことを悔やんだ。だが、何故、起こしてくれなかったと、ギュネを問い詰めるのは筋違いだ。彼女は病身のフラマンタスのためを思って寝かせておいてくれたのだろう。

「申し訳ない、ギュネさん」

「別に大丈夫よ。それより、身体の調子はどう?」

 そう言ってギュネは手を伸ばしてフラマンタスの額に手を当てた。冷やりとした気持ちの良い感触だった。

「熱は無いみたいだけど、どう?」

 フラマンタスは己の神経を研ぎ澄ませて意識を内側へ向けた。どこも異変はない。立ち上がるがよろめきもしなかった。

「治ったようです」

「良かった」

 ギュネが微笑み、フラマンタスは心臓がドキリとするのを感じた。彼女の笑顔は魅力的過ぎた。昨晩、熱に浮かされながらお互いの気持ちを話し、唇を薄く重ね合わせたことを思い出す。顔から火が出そうだった。使命を果たし、その時は本当に俺は彼女を幸せにできるのだろうか。いや、するのだ。二人で幸せになるように尽くすのだ。

「ヒヒーン」

 ペケが鳴いた。

 見るとコモドとアネーリオが顔を出した。

「おはよう。昨夜はお楽しみでしたね」

 コモドがニヤニヤ笑いながら言う。

「な、アンタ見てたの!?」

 ギュネが声を上げる。フラマンタスは溜息を吐きたい心境だった。コモドはふざけてカマをかけたに過ぎない。ギュネはまんまと真面目に反応をしてしまったのだ。

「お、進展あったの!?」

 コモドが声を上げて尋ねる。

 ギュネも気付いたらしく開いた口を押さえていた。だが、勘の鋭いコモドのことだし、フラマンタスはギュネを好いていることを以前に彼に聞かせてしまっている。だが、コモドはお喋りじゃない。おそらく胸の内に留めていてくれるだろう。

「何かあったの?」

 アネーリオが尋ねた。

「俺が熱を出してギュネさんが看病してくれたんだよ」

 フラマンタスは小さな戦士に向かってそう言った。

「熱出したの? 今はどうなんよ?」

 コモドが訊いてきた。

「熱はない。身体ももう大丈夫だ」

「そっか、それなら良かったけど、病み上がりで出発できるの?」

 コモドの問いにフラマンタスは頷いた。

「だったら朝食行ってきなよ。そのために俺っち達来たんだから」

「そうか、悪いな。ギュネさん、行こう」

「うん」

「戻って来るまで少年にはちんちんの仕組みについて語ってあげよう」

「最低」

 ギュネが呟いた。

「性教育だよ。それともギュネっち先生やりたい? 少年もその方が喜ぶかもよ」

「やらないわよ。行こう、フラマンタス」

「はい」

 二人は歩き出した。

「行ってらー」

 コモドの声が背中から聴こえた。

 教会製の懐中時計を見ると針は朝の八時を過ぎていた。早々と店を構える露天商達の声が聴こえた。

「そこの恋人さん達、幸せになれるペンダントはいらんかね?」

 さっそく声を掛けてきた露天商を無視し、食堂を目指す。だが、露天商に言われて気付いた。自分とギュネはもう恋人同士なのだと。

 ギュネさんに何かプレゼントしてあげたいな。

 フラマンタスは義務感にも駆られてそう思った。この関係を継続させ格上げさせるには、彼女に喜んでもらわなければならない。

「フラマンタス!」

 ギュネの声が聴こえてフラマンタスは我に返った。

「ここ、食堂よ」

 フラマンタスは慌てて戻って合流した。

「やっぱり調子が良くないんじゃないの?」

「いいえ、少し考え事をしていただけです」

 ギュネに続いて食堂に入った。

 カランカランと控えめのベルがなる。

 給仕が席へと案内する。

 二人は対座した。適当に朝食を頼むと、ギュネはあくびをした。

「ごめん」

 彼女はそう言った。

「食事が来るまででも眠られてはどうですか?」

 フラマンタスは自責の念も感じながらそう提案した。

「そうするわね」

 ギュネはテーブルに突っ伏した。

 フラマンタスは彼女の寝顔が見たかったが、その目に驚く物が飛び込んで来た。

 次に現れた老夫婦が揃って首からオニキスの首飾りを下げていたのだ。

 彼は周囲を見回す。すると誰もがオニキスの首飾りをしていたのだった。

 ここまで来てどうしていきなりオニキスのことを。ただの偶然ではない。どこかの旅商人か誰かが噂を広めてくれたのだろうか。

「もうし、そのオニキスの首飾りはどうされたのですか?」

 フラマンタスは思わず、隣に着席した老夫婦に尋ねた。

「ああ、これかい。これは旅の占い師さんがくれたものだよ」

「旅の占い師?」

 紳士の答えにフラマンタスは首を傾げた。

「緑色の髪をした美しい方でしたよ」

 老婦人が言った。

 フラマンタスはハッとした。

「イシュタルさんですか?」

「ええ、そうですよ。偶然居合わせた町長が馬を二頭進呈したのですよ。イシュタルさんと戦士の方に。彼女はそのお礼としてこのオニキスの首飾りをたくさん、ええ、つまり町の人達全員に配りました。何でも王都方面ではゾンビ騒ぎが起きているとか。それを防ぐ護符だそうです。何だか彼女の言葉が頭から離れなくてお風呂の際も着けたままなんですよ。おかしいですよね」

 老婦人が応じた。

「いえ、その占い師の方の言うことに間違いはありません。肌身離さず付けけられますように」

 フラマンタスはそう言って席へと戻った。

 イシュタルとウルフは先へ進んでいる。しかし、町の人全員にオニキスを渡すことなんて可能なのか? フラマンタスが思い出す限り、かつてのイシュタルは旅人をしながらも荷物らしい荷物は持っていなかった。ゾンビ化の噂は耳に挟んでいたとしても、どうやって、いつの間にオニキスをそれだけ準備したのだろうか。

 それと二人は馬を手に入れた。距離が開くのは言うまでもない。自分達が目的地に着く頃には、あの二人は真紅の屍術師と対面を終えているだろう。勝つか、負けるかは分からないが。

 考えるフラマンタスの前にオニキスの指輪をした女性の給仕が料理を持ってきた。

「お待たせしました」

 フラマンタスは女性の給仕の指輪を凝視したままだった。

「少しすっきりしたわ」

 ギュネの声が耳に入り、フラマンタスは我に返った。

「食べないの?」

 そう問われ、フラマンタスは頷いた。

 そして食事を始めながらも、イシュタルの行為に疑念が過ぎったのだった。

 この三か月間にゾンビ騒ぎもたくさんあった。その人達に配らなかったのは何故だろうか。それともこの期間にオニキスを買い溜めしていたのだろうか。疑問は尽きなかった。

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