フラマンタスの刃73
本当ならば雨の音はけたたましいはずだ。外を穿ち続ける目にも止まらぬ速さで降り注ぐ雨粒を見てそう思う。意識がぼんやりとしていた。
早く回復しなければ。
仲間達に迷惑は掛けられない。それにここの人達にも。
奥の折り重なった干し草の上で横になっている。呪物はペケから外して側に置いてあった。
もしも黒の乗り手が生きていたとすれば今度こそ、俺の命は無いだろう。
病は気からというが、その気さえも挫くほど、急速に体調は悪化していった。
思わず咳き込む。
ギュネさんは傘も持たずに出て行ったな。大丈夫だろうか。俺などのために。
意識を失うわけにもいかない。任務中だ。
「フラマンタス!」
意識を失っていたのかは分からない。ただぼんやりした頭の中に大好きな彼女の声は良く響いた。
「ギュネさん」
フラマンタスは半身を起こした。
「風邪薬を買ってきたから、飲んで」
そうしてフラマンタスの額に手を当てる。
「熱が上がってるわね。解熱剤もあるからそれを」
雨に濡れすぎたのだろう。彼女の衣服はびしょびしょだ。
フラマンタスは思わず感動した。
「ギュネさん、ありがとう。俺なんかのために」
ギュネは眼を見開いてこちらを注視した。
「なんかじゃないわよ。私達仲間でしょう?」
何気ない言葉が更にフラマンタスの心に染み入った。
その体躯から人は距離を置き、ついには自分が人を拒み、長らく孤高の討伐者をしてきた己を振り返り、その言葉は明らかに慈愛に満ちていた。フラマンタスは思わずギュネを抱き締めていた。
ギュネの顔は見えない。だが、抵抗はしなかった。
「……よしよし」
ギュネは子をあやす様に言いフラマンタスの背を撫でた。
聖母だ。フラマンタスは涙を流し、伝えた。
「ギュネさん、俺はあなたが好きです。愛してます」
そう言った後、フラマンタスはギュネを困惑させてしまうのでは無いかとも思い恐れた。だが、ギュネは背に回した手を解かなかった。そしてフラマンタスの顔の隣で言った。
「奇遇ね。アタシもアンタが好きなのよ、フラマンタス。嘘なんかじゃないわ」
ギュネがフラマンタスの両頬に手を添えて動かした。二人は真正面から見つめ合っていた。
「先に言ってくれてありがとう。アタシはこういう気持ちを伝える度胸は無かったから、一生胸の奥にしまい込んで墓場まで持っていくところだった。フラマンタス、本当にアタシで良いの?」
ギュネの目は優しさに満ちていた。
「あなたじゃなきゃ駄目だ」
するとギュネが顔を寄せてきた。フラマンタスが気付いたときには唇同士が触れ合っていた。
離れようとするギュネをフラマンタスは逃がすまいと手を伸ばしたが、ギュネは優しく手に触れてかぶりを振った。
「今はここまでよ」
「そうですね」
フラマンタスは熱に浮かれながらも冷静さを取り戻し頷いた。
「アタシ達にはやるべきことがあるわ」
「ええ」
相手の少し真剣になった表情を見てフラマンタスは頷いた。
そうして薬を受け取り、水袋を呷った。
「ギュネさん、着替えてきた方が良い。あなたまで風邪を引く」
「アタシなら問題ないわ。見張りやってあげるから、少し眠りなさい」
「では、夜になったら交代を」
「ええ、分かったわ」
ギュネの返事を聴いてフラマンタスは干し草の上に身を預けた。ギュネが隣に座り、フラマンタスはいつの間にかまどろみの向こうへと行ってしまった。
2
ギュネは寒かった身体が未だに熱を帯びているのを感じていた。あのまま彼ともっと深い行為まで及びたかった。だが、相手は病人だし、少なくとも今はまだ控える方が賢明にも思えたのだ。全てを終わらせたらその時は。
横で眠る大きな彼の身体に途中で調達してきた毛布を掛けたが、身体全体は覆えなかった。
マリア達にフラマンタスが風邪だと伝えた方が良いだろうか。いや、この雰囲気が破られることは避けたかった。もう少し熱の余韻に浸っていたい。
全てをお見通しなのはペケだった。
「秘密にしてて。お願いね」
ギュネが言うとペケは振り返っていた首を前に戻して小さく鳴いた。
フラマンタスは、どんな時にでも仲間のことを思ってくれていた。身を挺し、無茶をして、その度に驚き、小言を漏らしたくなることもあった。
彼はもう一つの愛の心で仲間達を見詰めている。
強い義務感と責任感を抱いている。
早くそんな呪縛から解き放ってあげたい。重荷を無くしたフラマンタスがアタシを愛してくれなくても良い、ただ彼が幸せならそれで良かった。その時はこの思いを宣言通り墓場まで持って行く。辛いだろうけど、彼以上の男は現れないだろうし、愛することも無いだろう。
ギュネはカードを出した。占いで使うカードの束だ。そしてシャッフルし、気持ちが赴くまま一番上のカードを開いた。そこには天使が描かれていた。ギュネは軽く瞠目した。だが、すぐにフッと息を吐いた。
「インチキ占いだもんね」
天使のカードは恋路が上手くいくという意味を持っていた。
フラマンタスが寝返りを打った。ギュネはずれた毛布を直した。
雨はまだ止まない。雨の音と馬達の小さな声、そして愛する人の寝息。この誰にも邪魔されない空間が続けば良いが、時を止めることはできない。だが、しばらくは安泰だろう。
「幸せ」
ギュネはフラマンタスの寝顔を見て微笑んだのだった。




