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フラマンタスの刃72

 夜更け、急に出てきた半月が照らすのは、地面に転がった呪われた武器に手を伸ばす勇敢な若者の姿と、それを見詰める仲間達の姿であった。

 ダニエルは屈んで、右腕を伸ばした。頭上にはヒューの戟の刃がいつでも首を落とせるように煌めいている。

 ダニエルが剣の柄に触れる。

「ダニエル兄ちゃん!」

 アネーリオが声を上げる。

「大丈夫。掴みますよ」

 ダニエルは己を奮い立たせているのだろう、まるで言い聞かせるように軽い口調で言った。

 掴んだ。右腕が剣の柄を、確かに握り締めている。頭上の刃が揺らぐ。

「ヒュー、まだだ」

「ああ、分かってる」

 フラマンタスの言葉に老戦士が応じた。

「で、どう? ダニーボーイ?」

 コモドが尋ねる。

「ええとですね」

 ダニエルは左手も伸ばして柄を掴み取った。

「一つ、言えるのは、この剣、重いです。フラマンタスさんの十字剣を圧し折っただけのことはありますね」

「ちょっと、軽口叩いてないで、身体が変だったりしない?」

 今度はギュネが尋ねた。

「ええ、今のところは」

 ダニエルは両手で剣を握り、苦労して掲げた。月明かりが妖剣を、切っ先からその燃える炎を模ったような広い鍔までも輝かせた。

「少しふざけても良いですか?」

 ダニエルが言った。

「紛らわしいことするなよ、こちとら命がけなんだ。第一、今のお前が呪われてないなんて保証も無いだろう。既に呪われていて演技をしている可能性だってあるんだ」

 ヒューの訝し気な言葉はもっともだった。空気が変わった。全員のダニエルを見る目が変わっている。

「良いか、一歩も動くなよ若造」

 ヒューが言うとダニエルは頷いた。

「呪われた気配は無いですが、どう証明すべきでしょうか?」

 ダニエルが尋ねる。

 これは難しい問題だ。フラマンタスも方法が思い浮かばなかった。

「ダニエルさんを信じましょう」

 隣でマリアンヌ姫が言った。

「姫が、仰せなら」

 ヒューが戟を手元に戻した。

 するとマリアンヌ姫は足元に転がる、御自ら仕留めた敵の頭目の剣を掴んだ。

「姫!?」

「ちょっと、マリア!」

 ヒューとギュネが驚きの声を上げた。

「確かに重いですね。よいしょっと」

 マリアンヌ姫は両手で剣を持ち上げて空に掲げた。

「呪われてはいませんね。ただ重いだけです」

 まさかマリアンヌ姫を斬るわけにもいかなかった。一同の視線がフラマンタスに集まった。

 彼は戸惑ったが、実直な二人が言っているのだとし、信じることに決めた。

「もう剣から手を離しても良いですよ。ダニエルも。この剣は最初に決めた通りどこかの溶鉱炉で溶かしてしまおう。溶ければの話しだが」

「馴染みの無い金属っぽいもんね、それ」

 逸早く察したのはコモドだった。

「そういうことだ。念には念を入れて一本ずつ回収しよう。この王冠もな」

 足元に転がる白銀色に光る冠を見てフラマンタスは言った。



 2



「ごめんね、ペケちゃん」

 夜明けになり、軽く腹に食べ物を入れると、一行は出立した。

 呪われた武器は結局皆が持ったがフラマンタス自身も以前のような身体を乗っ取られる気配は感じなかった。これはただの異質な素材で造られた剣に過ぎない。フラマンタスはそう結論付けた。彼やヒューが扱う分には大丈夫だが、他の面々は重さに振り回される羽目になった。まさか、これを武器として使う時が来るとは思わないが、ひとまずかさばるのでペケの胴体の左右にそれぞれ下げている。王冠は頭陀袋に詰めてこれもペケに担がせている。マリアンヌ姫の言うようにペケに危険を強いるようでフラマンタスもすまなく思った。

 そうして一行は歩いて行く。

 次なる町が姿を見せたのは正午過ぎだった。

 人々が日常を営んでいる。この運命を逆転させてしまうかもしれない災厄を背負ったフラマンタスがいるということを知らずに。

 呼び子の声を左右から受けながら一行は街を歩んで行く。再び雲が出てきた。雨が降り始めるまでさほど時間は掛からなかった。

 露天商が店じまいを始める。

「ヒュー、みんなを連れて先に宿へ。俺はペケを厩に預けて来る。それとそこで番をする。この武器は目立ち過ぎるからな」

「アタシも着いてくわ」

 ギュネが飛び出した。

 雨が強くなった。

「分かりました、行きましょう」

 フラマンタスはギュネとともに厩を探しに動いた。

 強い雨は豪雨となって屋根を、石畳を打っていた。外に人はおらず、道を尋ねることができなかった。二人は広い街を自力で厩を探すことになった。ずぶ濡れになり、運よく、傘を差した老人がいたのでフラマンタスらは道を尋ねた。

 迂闊だった。町の入り口にあったらしい。遅まきながら外套を頭からかぶり、二人は道を引き返した。

 厩に馬は三頭ほどいた。

 フラマンタスは自分達がここで滞在する分を色を付けて管理人に支払った。管理人の老爺は頷き、金を受け取った。

 二人は共に一息吐き、思わず顔を見合わせた。ギュネの顔は雨に濡れていても綺麗だった。くせのある緋色の髪も濡れてべったりしていたがどこか妖艶さを感じさせた。

「ギュネさん、ここは俺だけで」

「充分だなんて言わせないわよ。冠はまだしもあれを六本、街の中で晒しすぎたわ。こそ泥が出るかもしれない」

「では、せめて先にお風呂でも」

「離れないわよ。ここが無事だって保証もない。そういつも自分を犠牲にしないで」

「犠牲にしたわけでは」

 フラマンタスは反論しかけ、彼女の目が心配で歪んでいるのを見た。こんな俺などを本気で心配してくれているのか。

 と、フラマンタスは久々に身震いした。それは寒さから来るものであった。少々熱もある気がする。立っているのが嫌になるほどだ。まさか風邪という敵にやられるとは思わなかった。

 意識が混濁する。

「フラマンタス?」

「ギュネさん、少しだけ休ませていただきます」

 フラマンタスは干し草の上に身を横たえた。

 と、ひんやり気持ちが良い感触が額を捉えた。

「熱がある」

 手を離したギュネが言った。

「だけど、眠っちゃだめよ、フラマンタス。武器を見張って無きゃ」

「分かってます。有事の際は動けるつもりです」

「オーケー。アタシは薬師を見つけて来るわ」

 彼女はそう言うと雨の降りしきる街の中へと飛び込んで行った。

 フラマンタスは彼女の厳しい檄を受け、横になりながらも見張りを続けたのであった。

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