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フラマンタスの刃69

 深く寝入ったつもりは無いが、殺気も音も立てることなく目の前に誰かが立った気配を感じ、フラマンタスは眼を開けた。

「お疲れちゃん」

 見下ろすとコモドがカウボーイハットのつばを上げて微笑んでいた。

「コモド」

「そよん。迎えに来たけど、そっちは大変だったみたいね。ひどいにおいだ」

 コモドはおどけてそう言ったのかは分からないが、フラマンタスは居心地の悪さを感じた。

「すまない、俺は指揮官失格だ。これではただの匹夫に過ぎない」

「そんなことないない。みんな理解してるよ。フラちゃん、責任感強いからね。俺達を危ない目に合わせたく無かったんでしょう?」

「そのつもりだった。だが、現実はもしかすれば、みんなを見殺しにするようなことをしてしまった。おそらく、向こうでもゾンビ騒ぎになっているだろう」

「そうだね。だから早く帰ろう。でも向こうなら大丈夫でしょう。もっと自信をもってみんなを信じなさいな」

 コモドが言い、フラマンタスは彼の後を続いて森を歩み始めた。

 暗い森の中を身体を屈ませ、フラマンタスは枝葉を潜り歩んで行く。途中、一歩も立ち止まらないコモドには驚いた。彼には道が見えているのだろうか。

 遠くからフクロウの鳴き声が聴こえた。

 街道へ出るのは思ったより時間がかかった。十五分は歩いただろう。コモドが火打石を鳴らして松明を灯した。宵闇に光りが輝く。そこも首を分断されたアンデッドと化したゴブリンの亡骸でいっぱいだった。コモドの言う通り、みんな上手くやってくれたようだ。フラマンタスは安堵した。

「こんなところじゃ野宿はしないよね。先の方だと思うから行ってみよう」

「ああ」

 二人が歩んで行くと、街道脇に焚火の灯りが見えた。

 アネーリオが飛び出した。

「フラ兄ちゃん?」

「戻った。すまない」

 焚火を囲んでいた一同が立ち上がった。

「フラマンタス!」

 ギュネが駆けつけてきた。

「矢がこんなに刺さってるわ。大丈夫なの? どこか痛むところとかある?」

 フラマンタスのハリネズミ姿を見てギュネは驚いたようだった。

「幸い籠手や鎧に突き立ってるだけです。それと、みんな、心配かけてすまなかった」

 フラマンタスが謝罪すると、ギュネがかぶりを振った。

「アンタのせいだけじゃない。でも、無事でよかった」

「ギュネさん……」

 瞳に涙を溜めてギュネが言い、フラマンタスはもう一度謝罪しようか悩んだ。

「フラちゃん、俺らもご飯にありつこうぜ。腹が減っては戦はできぬ。黒の乗り手のこともあるんだから」

「そうだな」

 コモドが言い、焚火に歩み寄ると、残った皆も労いの声をかけてきた。フラマンタスは嬉しく思いながらも、いかに自分が向こう見ずなことをしたのか自省した。

 保存食を食べ、見張りを決めて一同は枯葉の上に横たわり外套を羽織った。フラマンタスはダニエルと未明までの見張りに立った。



 2



「ここはどの辺りなのでしょうかね」

 火の番をしながらダニエルが尋ねてきた。

「さぁ……分からんな」

「遠くに来たことだけは確かですね。それもずっとずっと」

「そうだな」

「私はゾンビにならずにこうして生きています。マリアンヌ姫様が発明されたワクチンは成功だったということでしょう」

「そうだな、ダニエル。ここで別れても良いんだぞ。誰も文句は言わない。君は良くやってくれた」

 火に照らされるダニエルの憂いの残る顔を見てフラマンタスは心からそう促した。そうだ、彼はよく戦ってくれた。マリアンヌ姫のワクチンも彼が言うように成功していた。ゾンビになったら自分を処分してくれという彼の旅の目的はもはや達成されたも同然だった。

「いいえ、まだまだ行きますよ。そのために更に強くならなければ」

 フラマンタスより三、四歳程若い実直な彼は静やかな笑みを湛えてそう言った。

 が、ふと、その顔が険しくなる。

 フラマンタスにも聴こえる。遠くから響く馬蹄の音が。フラマンタスの脳裏を冠を戴いた黒の乗り手の首領の姿が過ぎる。

「皆さん起きてください! 敵襲です!」

 ダニエルが呼び掛けている間に、フラマンタスは敵が来る方向に進み出て行く。

 背後で仲間達が集う気配を察した。

 ゴブリンにゴブリンゾンビに今度は黒の乗り手が来る。運命神は次々俺を殺すべく勝負を仕掛けてきている。もはや、天運は俺には無い。

 フラマンタスは腰の鞘から十字剣を引き抜いた。

「シュー!」

 眼前に展開する黒の乗り手達が灰色の馬を飛ばし迫り来る。

「フラちゃん、ハリネズミのままじゃん」

「この鎧は役目を果たした。次に買い替えるまでこのままだ」

「いっその事、そのまま旅を続けたらどうだ? 悪くないぜ、その恰好」

 コモドの次はヒューが声を掛けてきた。

「それじゃ、駄目よん。好きな人を抱きしめられないじゃん」

「そうだな。来るぞ!」

 コモドとヒューが声を交わし、黒の乗り手が突っ込んで来た。

 敵の刃が空を切る。

「打ち合うな! 圧し折られる!」

 フラマンタスは三つの刃を避けて言った。

 勢いのままに通り過ぎて行った黒の乗り手達が馬首を返して再び疾走する。

 フラマンタスは先頭に立つ黒の乗り手を見た。王冠を頭に抱いている。奴を斃せればこの無限地獄のような悪夢から解放されるかもしれない。

 だが、王冠の乗り手が挑んだのはヒューだった。

「敵大将と見た! 姫様のために、そっ首いただくぞ!」

 ヒューが咆哮を上げる。

 敵も味方も間合いを取り、彼の長柄の戟から逃れつつ、戦った。

 コモドが、ダニエルが、アネーリオとマリアンヌ姫が、戦っている。

 フラマンタスも巨体を豹のようにしならせ、柔軟に刃を避けた。

「シューッ!」

 剣が突き出されるが避け、フラマンタスは十字剣を逆に突き返した。

 黒乗り手は悠々と避け剣を戻し、反撃に移ろうとする。

 と、乗り手の背後にいつの間にか回っていたギュネが新品の槍を繰り出した。

 槍先は乗り手の後頭部を打ち貫いた。

「シュアーッ!」

 底冷えするような気味の悪い声を上げて、乗り手は馬ごと消えた。炎のような形の呪われた剣を残して。

「よし。だけど、こいつら斃しても復活するのよね。ヒューが戦ってる身なりの良い奴が鍵だとアタシは思うわ」

「さすがギュネさん、同感です。それとお見事でした」

 フラマンタスは彼女に惚れ直していた。

 ダニエルが、アネーリオとマリアンヌ姫が押されている。

「ギュネさん、ダニエルの加勢を頼みます!」

「任せて!」

 ギュネは溌溂と応じて僅かな焚火の灯りの中、干戈を交える仲間のもとへと走って行く。

 フラマンタスも咆哮を轟かせ、アネーリオとマリアンヌ姫の助太刀に加わった。

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