フラマンタスの刃67
真新しい墓地がある。大きく、そして墓石は真ん中にたった一つだけ、犠牲者が安らかに眠れるように、神のもとへ無事に導かれるように。ここに集った人々はかつてそう願い、祈りを捧げた。
その彼らが眠るための墓地を今、自分達が掘り進めている。何という運命を神は与えてくれたのか。一つ分かったことがあるとすれば、運命の神はフラマンタスにほぼ微笑んでくれないということだった。
あまりにも惨い仕打ちにフラマンタスは静かに怒りを燃やしていた。足で押し突き立てるスコップが深々と土を穿った。
「マリアンヌお姉ちゃん」
粛々と穴を掘る中、アネーリオが口を開いた。
「なぁに?」
マリアンヌ姫は無理に笑みを作った様だった。
「今度、俺に、体術を教えて欲しいんだ」
「体術を? それならフラマンタスさんが」
マリアンヌ姫が言い終わる前にアネーリオは言った。
「剣ならフラ兄ちゃん、乗馬ならヒューさん、料理ならギュネお姉ちゃん、ちんちんならコモド兄ちゃん、だから体術はマリアンヌお姉ちゃんに一番教わりたいんだ」
少年の言葉にコモドがぼやく。
「俺っち、すっかり変態枠なのね。何でだろ」
「コモドさんは良いですよ。私なんて名前すら出なかったんですから」
ダニエルが肩を落として応じた。
小さな戦士はもしかすれば、この場に少しでも活気が戻ればと思って言ったのかもしれない。フラマンタスは怒りが冷めてゆくのを感じた。剣なら俺か。ありがたい言葉だ。
「確かに体術ならマリアンヌ姫様に教わった方が良いだろう。現役で使いこなしている」
フラマンタスが言うとアネーリオは頷いた。
「私で先生が務まるかな」
小さな戦士の熱い視線を受けてマリアンヌ姫が不安げに言う。
「姫様なら大丈夫ですよ」
ヒューが元気づけるように笑みを浮かべる。
「よーし、アネーリオ君、時間があったら特訓だね!」
「うん! じゃなかった。はい! よろしくお願いします!」
アネーリオは声を上げて敬礼した。
彼はまだ十三歳。入隊できるのは十五からだ。だが、すっかり気分は教会戦士のようだ。それもそうだ、共に窮地を抜け、修羅場を潜り、不条理な戦いも経験した。ゾンビの首を断ち切る力と共に、心も戦士として成長したのだろう。そんな未来の後輩の意気込みにフラマンタスは元気づけられた。
「さぁ、夜になる前に終わらせてしまおう」
フラマンタスは声を上げて一同を鼓舞した。
2
新たな犠牲者の埋葬も終わり、一同は無人の町で、少々良心が痛むが、物資を補給していた。この時期、そろそろ本格的な寒さが来る。みんな揃って茶色の外套を手に入れたが、フラマンタスの分は、二着分をギュネが裁縫で縫い繋げてくれた。
そしてそのギュネだが、武具屋で槍を手に入れた。先端が小さく三つ又に分かれた槍だった。教会戦士の倉庫にも同じ物が支給品として置かれていたのをフラマンタスは思い出した。
彼女が槍を軽々扱う様を見てフラマンタスは感心した。確か、御祖父さんに教わったと聞いた。
保存の効く食料やカンテラの燃料、松明をヒューが連れてきた馬のペケに積み、一同は昼前に町を後にした。
幻の城までどれぐらいだろうか。真紅の屍術師に勝ち、これ以上、無益な犠牲者を出さずに済むようにしたい。
幻の城といえばイシュタルだ。彼女の目的は何なのだろうか。ゾンビも斃せないというのに真紅の屍術師の居城に挑む、その理由は何なのだろうか。ウルフという戦士がいるため、勝ち目はあるのかもしれない。もしかすれば、自分達が着く前に全ては終わっているかもしれない。足並みを早めるべきだろうか。何故なら、真紅の屍術師を自らの手で討ちたいからだ。このフラマンタスを軸に多くの犠牲者を出すよう仕向けている、かの邪術師には自分こそが挑み、勝ちたかった。
「ねぇ、みんな、そのまま歩きながらで良いから、聴いてくれ」
後ろからコモドが囁いた。
「どうしたんです、コモドさん?」
ダニエルが小声で尋ね返す。
「道の両側から大勢につけられてる。人か魔物かは分からないけど」
「大勢だと? おおよその規模は?」
ヒューが尋ねる。
「左右に二十人ぐらいずついるから、五十人。そら来たぁっ!」
コモドが声を上げる。
街道の左右から甲高い声を上げて影が幾つも飛び出してきた。
「隊列を崩すな! ペケを囲んで陣形を組んで!」
フラマンタスは声を上げ、相手を確認した。
子供のような背丈はアネーリオ少年ほどある。茶色の肌の上には粗末なボロ布を纏っている。手には各々違う雑多な武器を持っていた。頭に角のようなコブが二つある。目は赤く、口は端まで裂けていた。牙を見せてにじり寄って来る。
「ゴブリンか」
フラマンタスは声を落として言った。
「荷物が狙いだろうな」
ヒューの声が反対側から聴こえた。
「そちらの指揮はヒューに任せる。みんな、気を抜かないで!」
そう言い放ち、フラマンタスは、続々増える魔物の群れの真ん中に飛び込み、力の限り剣を薙いだ。
手が、顔が、血飛沫と共に千切れ飛ぶ。
これが開戦の合図となった。
フラマンタスの隣にはギュネがいた。長槍を頭上で旋回させて、気合一刀の下にゴブリンに斬り付ける。ゴブリンは身体を斜めに裂かれ倒れた。
ゴブリンの興奮する声が更に高くなる。あちこちで聴こえ、武器を手に襲い掛かってくる。
フラマンタスは勇躍する小柄な影を幾つも断ち斬った。
ヒューが絶えずマリアンヌ姫を気遣う声を出している。任せても大丈夫だ。問題は、ゴブリンがいるということは近くに住処があるということだ。ゴブリンは知能がある。援軍を呼びに走る可能性もあれば、どの道、仇名す害敵としてこの地の平和を守るために滅ぼさなければならない。教会戦士とはいうが、アンデットなどの前に、本来の主な敵はこういったゴブリンやトロルなどの魔物達だった。アンデットなど、ろくでもない研究者が生み出した少数が時折現れる程度だった。奴が現れるまでは!
と、一体が背を向けた。
逃がすか!
フラマンタスは立ち塞がる二体のゴブリンを瞬く間に切り伏せ、逃げるゴブリンの後を追い駆け出した。
左手の森の中へゴブリンは駆け込んだ。
フラマンタスは茂みを走り、枝枝を掻い潜りその後を追う。
「フラマンタス!」
ギュネの呼ぶ声が後ろから聴こえたような気がした。




