フラマンタスの刃65
阿鼻叫喚の町は、生存者の声も、亡者の声も止まなかった。
フラマンタスはギュネとともに急行し、町中を駆け回ってゾンビを掃討し、生存者を救った。だが、まだまだ救いを求めている人々はたくさんいる。コモドやマリアンヌ姫らの方も頑張っているだろう。
ギュネは折れた槍の変わりに、衛兵のゾンビから拝借したサーベルを手にしていた。
二人は再び大通りに戻った。と、驚くことに、ゾンビたちが前方、左右から詰め寄って来ていた。前には十体、左に五体、右に八体。半包囲されていた。
「そんな、この辺りは制圧したはずなのに」
ギュネが隣で言った。フラマンタスはどこから手をつけようか迷っていた。もう距離は殆どない。
「何を迷っている!」
突然、くぐもった声が聴こえ、影が後ろから飛び出し、十体ものゾンビ達に突っ込んでいた。影は我武者羅に動き、それでいて洗練された手並みで次々ゾンビの首を長剣で刎ねていた。
「ギュネさんは下がって」
フラマンタスは左側に躍り出た。
動きの鈍って来たゾンビ達は瞬く間に十字剣の餌食となった。
そうしているうちに謎の助っ人は残る方角に飛び出し、これも一網打尽にした。
「ありがとうございます、助かりました」
フラマンタスが言うと、鉄仮面を付けた戦士はかぶりを振った。
「いや、気にするな」
さすがに二メートル五十のフラマンタスよりは低く百八十ほどの背丈だろうか。身体を甲冑で覆っている。
「旅の方ですか?」
「そうなるな。ウルフだ」
「フラマンタスです」
二人は握手を交わしたのだが、そこにあの謎の女性イシュタルが現れた。
「アンタはこの前の」
ギュネが驚きと非難の入り混じった声を上げた。この女性は旅の目的地を同じとしていたが、不意に旅立ってしまったのだ。
「イシュタルさん、ご無事でしたか。心配していました」
フラマンタスは心の底から安堵して言った。
「旅の目的地が同じなら御同道しませんか?」
フラマンタスが声をかけた時にはイシュタルは先に東へ向かって歩み始めていた。
「ウルフさん、あなたは?」
「フラマンタス殿、どうやら貴殿らと御同道は難しいようだ。幸運を祈る」
ウルフが去る。その背に声をかけられずにいた。
それにしてもウルフの戦い方は訓練を積んでいる戦い方だった。教会戦士の精鋭中の精鋭といっても過言ではないだろう。あれだけの人物を在野にしておくのは勿体無い。
「フラマンタス、一度戻りましょう。制圧できてなかったみたいだから、宿が心配だわ」
ギュネが言い、もっともだとフラマンタスは頷いた。
2
引き返すと、そこは亡者だらけだった。宿の閉ざされた扉を何度も何度も粗雑にゾンビ達は叩き、引っ掻いていた。
「戦士さん、助けてくれ!」
二階から助けた男が言った。
「今すぐに!」
フラマンタスは突進した。十五体ものゾンビを相手に次々刃を振るった。ギュネも漏れた一体と対峙していた。彼女の得意なのは槍だ。サーベルでは扱いがぎこちなかった。
フラマンタスはすぐさま助勢に入り、この場は平定した。
「助かったよ!」
二階から男が言った。少なくともここには老若男女二十人近くが避難しているはずだ。
「鍵はまだ開けないで下さい、一晩かかるかもしれませんが、必ず良い報告を持ってきます」
フラマンタスはそう言うとギュネとともに先へ進んだ。
先へ進んだのだが、ゾンビ達が綺麗さっぱり討たれていた。胴体と切り離された首が転がっている。
「あのウルフとかいう人の仕業かしら?」
ギュネが尋ねてきた。
「ええ、そうとしか言えませんね」
ゾンビは結局東門まで本物の亡骸となって斃れていた。
ウルフ。教会戦士に欲しい逸材だ。
だが、フラマンタスはウルフの戦い方が誰かに似ているような気がしてならなかった。さほど知り合いというほどの同僚のいないフラマンタスだが結局、誰と似ているのか思い出せなかった。
悲鳴が聞こえ、ギュネが言った。
「向こうからよ!」
「行きましょう」
二人は再び駆け出した。
結局、夜を過ぎても町は制圧できなかった。助けた人数も多ければ、斃したゾンビはその倍以上になる。ワクチンが必要な事態も二度ほどあった。
角から影が飛び出した。
フラマンタスの十字剣と戟がぶつかった。見知った顔だった。
「ヒューか」
「何だ、フラマンタス脅かすな。灯りぐらい点けろ」
カンテラを手にしたマリアンヌ姫が出てきた。その後ろからはアネーリオが。
「そちらは制圧完了か?」
「そのつもりだ」
ヒューが応じた。
「歯切れが悪いな」
「死体野郎達は通った後からも湧いてくるからな。引き返さないと安全かどうかも分からんだろう」
宿の一件を思い出す。
「それもそうだ。ギュネさん私達も引き返そう。宿の人達に朗報を伝えなくては」
「コモド兄ちゃんとダニエル兄ちゃんはどうするの?」
アネーリオがフラマンタスとヒューを交互に見ながら尋ねた。
「あいつらなら大丈夫だろう。そうだろ、フラマンタス」
「ああ。そうだな。では、後程」
フラマンタスはそう言うと元来た道を引き返し始めた。ギュネがアネーリオからカンテラを譲り受け火を灯す。その炎は通りに転がる死体という死体を照らすのだが、まるでまたそれらが起きてきそうな不安に襲われた。
「首は刎ねたんだから大丈夫よね」
ギュネが不安げに尋ねてきた。
「ええ、起き上がりませんよ。明日はこれらを生存者の方々と協力して供養しましょう」
「そうね」
三日月が薄い雲に隠れている。二人はその下を注意深く歩いて行ったのだった。




