フラマンタスの刃63
ゾンビ達はこちらが石畳に足を踏み入れた瞬間に、まるで雷撃にでも打たれたかのように振り返った。
マグナスは既にここを突破したのだろうか。だとすれば戦闘を避けて行くのが賢いやり方だ。マグナスが強くても一体、一体に時間をかければ包囲され身動きが取れなくなるだろう。
マグナスがここを行ったなら、彼は賢いやり方を選んだということだ。
「フラちゃん、指揮を」
コモドが言った。
「まずは横一列に隊形を組んで、敵を排除する。一体とも見逃さず殲滅する。それが我々の任務だ」
フラマンタスの指示の下、仲間達が陣形を整える。
まだ新鮮な姿のゾンビ達が凶悪な声を上げて歩んで来た。
2
それから三か月後。
幾多の危難を乗り越え、東の果てへの旅は続いていた。フラマンタス達の進んだ道の後ろに生きている人々は殆どいない。皆、ゾンビになって襲い掛かって来た。
野営中の一同をフラマンタスは見る。
ギュネとコモドは人がいなくなった村から失敬してきた塩漬けの川魚を、木の枝で通し、焚火の周りに刺している。
アネーリオと、マリアンヌ姫は手合わせしていた。マリアンヌ姫の格闘術ではゾンビは殺せないが、すぐ側にはアネーリオがいる。少年の成長は早く、ゾンビの首を刃で分断できるまでの力を身に着けていた。ダニエルは懸命に剣を研いでいる。彼の武器も一般の衛兵が使う片手持ちのサーベルから、両手でも扱える剣へと変わっていた。大勢のゾンビを相手にしてきた彼らはもはや修羅の境地に足を入れたのかもしれない。全員が、頼もしい仲間であり、戦士だった。
フラマンタスは顔を上げた。
「隊長、何か聴こえます」
ダニエルも手を止めて元来た道を見詰めている。
「馬蹄だね。それも大きな馬だ。それが一、二、三、四、五騎」
コモドが言った。
全員が立ち上がっている。
フラマンタスは街道脇の茂みから出ると、秋の夕暮れに照らされる影を見詰めた。
何とも言えない気分になった。警戒と、危機感、そして懐かしい心が入り交ざる。懐かしいなどと何故、思えるのだろうか。
「シューッ!」
黒の乗り手達が三か月ぶりに姿を現した。
黒いフードで頭を覆い、ベールの下で蛇の様な声を上げ、黒い薄手の外套を羽織っている。間違いなく黒の乗り手達だった。
黒の乗り手達は大きな馬の上で、あの燃え盛る炎の様な形の剣を鞘から抜いていた。
「どうやら、消滅してなかったみたいね。それともこいつら、新規に補充されたの?」
飛び出しながらコモドが誰ともなく問う。
「そんなことを言っている場合じゃ無いわよ。ほら!」
ギュネが言った瞬間、黒の乗り手達は馬を寄せて斬りつけて来た。
「敵は五体! いつも通りの組み合わせで戦え!」
それは、マリアンヌ姫とアネーリオを一組にしてという意味だ。
「ギュネさん、ダニエル、油断はしないように!」
「はい!」
「分かっているわ!」
そうしてフラマンタス達は敵に挑んだ。彼の魂の一撃を黒の乗り手は危な気なく受け止めた。
「見たか、我々とて、これまで遊んできたわけじゃない! 今日こそ、貴様らを冥府へ送ってやる!」
仲間達の勇猛な声が響く中、フラマンタスは刃を合わせている敵を見た。その敵は少しだけ他と違っていた。頭に白銀の王冠を抱いていたのだ。
「そうか、お前がボスだな。奇遇だが、こちらのボスもこの俺だ!」
フラマンタスは一撃、二撃と入れたが、敵の剣は追いついてくる。
敵はベールの下で「シューッ」と、吼えながら重い斬撃を見舞って来る。形勢が変わった。侮ったわけでは無いが、さすがに強かった。
周囲を一瞥する余裕さえなかった。仲間達の声が優勢だったり窮地だったりもする。この首領さえ討ち取れば、敵は算を乱すはず。つまり鍵は俺に掛かっている。劣勢を覆す鍵を。
「何だ、敵の増援か!?」
ダニエルの驚く声が聴こえ、街道を見ると、一騎の騎馬が砂塵を巻き上げ、グングン迫って来ていた。馬上の乗り手は、身体を上げ、長い武器を薙ぎ払うべく構えている。
くっ、万事休すか!?
拮抗している戦線を見てフラマンタスは思わず弱音を胸の内で吐いていた。
だが、騎馬は物凄い勢いで乗り込んで来ると、武器を旋回させ、瞬く間に黒の乗り手の三人の首を落とした。
乗り手と馬は消え、武器だけが落ちる。呪われた武器だ。それを黒の乗り手のボスと、残った二人が慌てて馬を向けて拾い上げると、抱えて、自らが駆けて来た道を引き返して行った。
「かたじけない。助かった」
フラマンタスは馬上の主に言った。右手に戟を提げ、左手で兜のバイザーを上げる。
「ヒュー!」
現れた顔にマリアンヌ姫が驚き、嬉しそうに言って駆け付けて来た。
ヒューは下馬すると、跪いた。
「遅くなりました姫様。あなたの戦士、ヒューは只今を持ちまして復帰します」
「ええ、頼りにしているわ。ありがとう、ヒュー」
マリアンヌ姫が歓喜していた。
と、コモドの声が聴こえてた。
「あーあ、魚の方は駄目だわ、焦げちゃった」
「魚が駄目でも干し肉があります」
姫はたくましくそう言い、コモドの後を追って茂みに入って行った。
ヒューの目が一同を見回し、フラマンタスを凝視した。
「そうか、奴はいないんだな」
仲間達は既に街道脇の茂みの中へ入っている。
ヒューの言う奴が誰なのかフラマンタスにはすぐに分かった。
「事情があって行ってしまわれた」
「そうかい。死んだわけじゃないなら安心した。奴なら独りでも大丈夫だろう」
老戦士は真剣な顔でそう応じた。
「二人とも、食事になさいましょう。干し肉と乾パンですよ。干したフルーツもあります」
マリアンヌ姫が茂みから顔を覗かせて言った。
「それは良い。食べ物なら私も持参いたしました」
ヒューが馬を下りてくつわを取りながら茂みへ入って行く。
「ヒューさん、その馬は?」
アネーリオが尋ねる声がする。
「こいつはな、旅の途中で出会った俺の相棒だ。名はペケ。こいつは賢いし、重い荷物にもめげることは無い。脚力もあるし良い馬だ」
ヒューが言った。
黒の乗り手が現れた、このタイミングでヒューが戻って来てくれたのはありがたい。
そしてフラマンタスはかつての仲間に思いを馳せた。
マグナス、あなたは今どこにいるのですか?
秋風が吹き抜ける音がした。
程なくして名を呼ばれ、すっかり闇に囲まれた茂みの中に咲く、焚火を囲む仲間達の元へと、フラマンタスは戻ったのだった。




